AmexAmexxx
2017-04-03 19:11:57
3234文字
Public OcculTrigger
 

3x Years After


 パパが死んだのは、私がまだ6歳の時だった。
 ある日突然死んでしまったパパのことを、私はあまりよく覚えていない。いや、そう言うと少し語弊がある。覚えている、ちゃんと。帰ってきたら必ず遊んでくれて、色んなところのお土産を買ってきてくれて、時々買い過ぎてママに怒られたりしてて。いつでもパパとママは仲良しで、今でも私にとっては憧れの夫婦像だし、そして私にも弟の玲生にもとても優しいパパだった。
 私はパパによく似ている、らしい。「頭は圧倒的に憂生ちゃんの方が良いけどね」、と言っていたのは咲パパだっけ。咲パパも私と咲が子供の頃に――というか私のパパが死んだ次の年に亡くなってしまったから、やっぱりそれほどよく覚えていないんだけど。
 でもまあ、私がパパに似てる、っていうのは本当なんだろう。残ってるアルバムとか見ると、そこに映っているパパと私はよく似てる、と思う。それに性格的にも――これはパパの生業を継いで、私も『ヒロイン』になったからかもしれないけど。そしてパパに似ているから、私は今の『仕事』をしているんだろう。茅嶋の当主である咲の『相棒』として、世界各地を駆け回る、今の『仕事』を。



+++



 待ち合わせ場所に着くと、待ち合わせの相手は既にそこに居た。変わらないな、と思いながら手を振ると向こうも此方に気がついたらしい。ぱっと表情が輝いて。

「うーちゃんっ、お帰りなさい!」
「ただいまママ……っ、転ぶ転ぶ待って!?」
「あ、ごめん」

 正面から思いっきり抱きつかれて、ふらっと転びそうになる。何とか踏ん張ったけど、抱きついた張本人――ママはけろっとした顔で私を見上げて、穏やかに笑う。……ああもう、本当に変わらないんだから。
 傍から見れば、私たちは姉妹のように見えるだろう。しかも多分、身長が低いのも手伝ってママの方が妹に見える。間違いなく。……私、身長もパパ似だからなあ……、玲生はママ似の身長だからちっちゃくて、「男なのに……!」ってよくぶつぶつ言ってるけど。
 ママの年齢は……いや、伏せておこう。でも少なくとも私の倍はあると思ってくれて間違いない。それなのに、20代と見紛う外見なのは彼女が『半人』――を通り越して『化生』になってしまったから、というのが大きいのだと思う。時間を、止めてしまった。それにはまあ、色々と事情があるのだけれど……、それは別の話だ。私が勝手に話していいことじゃない。

「玲生は?」
「れーくん、国試前だからねえ」
「あー……今回は会えないか……
「国試が終わってもあの子救命志望だから、もうほっとんどおうち帰ってこないだろうねえアレは……

 そう呟くママの顔は、誇らしそうで、でも寂しそうだった。
 玲生が医者を志したのはママが――今は辞めてしまったのだけれど――医者だったからで、そして玲生自身子供の頃はあまり身体が強い方ではなくて、結構病院のお世話になったからだろう。思春期を迎える頃にはそういうのも落ち着いて、それどころかあの子は『半人』なものだから病弱設定は何処にいったの?ってうっかり聞くくらいには元気だった。聞く度に真面目に設定じゃないし!って言い返してくる玲生は可愛い。ま、体力には自信あるだろうし、心が折れなきゃ救命医も務まるだろう。普通に生きて普通に滅茶苦茶頑張っている弟のことは、誇らしい。
 2人でゆっくり歩きながら、近況報告。とは言え喋るのは殆どが私だ。『仕事』先でこういうことがあって、ああいうことがあって。くだらない話も真剣な話も、うんうん、と頷きながらママはしっかり聞いてくれる。

「うーちゃんに怪我がなくてよかった」
「大丈夫だよ、私は。アリスも居るし」
……何回アリスちゃんに助けて貰ったの?」
「ナイショ」
……むー。後でアリスちゃんから聞き出してやる」
「やーめーて!……だって咲に怪我させたくないんだもん」
「そういうところがパパそっくりねえ、ホント」
……アリスにも言われる、それ」

 ママに無駄な心配は掛けたくない。いつでも私は元気な私でママに会いたいし、ママの前では元気な私で居たい。……まあ、でも、私が『仕事』を続ける限り、ママは私のことを心配し続けるんだろう。
 今でも鮮明に覚えている。咲の『相棒』になる、と言った時、ママは狼狽えて、見たことがないくらい取り乱した。あんなママを見たのはあれが最初で最後だ。きっと脳裏に過ぎったのは、死んでしまったパパのことで――ママは今でも、パパのことが大好きだから。パパと同じように死んで、私までママを悲しませて苦しませちゃいけない。それだけはずっと思っている。私の信念のようなものだ。
 決して、『仕事』で死んでしまったパパのことを責めるつもりはない。ママのことを置いて逝ってしまったパパのことを、責めようと思ったことは一度もない。パパはパパの信念を貫いて死んだことを、私は知っているから。教えてもらったから。ママがいつも、話してくれるから。

「ねえ、ママ」
「ん?」
「ママは最近、どう?……元気?」
「見ての通り、元気だよ。心配しなくて大丈夫!」
……うん、ならいいんだけど」

 ……本当かな。
 私はずっと、ママのことが心配だ。今はママの傍にいつでもいられる訳じゃないから、余計に。
 知っている。ママは知らないかもしれないけれど、私は知っている。ママはパパが死んでから、一度も泣いていない。悲しい映画を見ても、身近な誰かが亡くなっても、一度も泣いていない。パパが死んだことを、未だに消化しきれていなくて――それを私が知っているのは、アリスが時々心配そうにぼやいているのを聞くからなんだけど。
 今はママの傍に、一緒に居てくれる人がいる。でもそれはパパじゃなくて、パパを喪った痛みはママの中にずっと残っている。消化出来る日はきっと来ないのだろうけれど、そしてそれほど大好きな人を喪ったことがない私にはその喪失の本当の意味を知ることは出来ないけれど、……ねえママ、ママは本当に、それで良いの?なんて、そうやって聞ける日は、いつ来るんだろう。
 ママは、パパにもう一度逢いたくて――ただそれだけの為に。

「それよりうーちゃん、そろそろママはうーちゃんの彼氏のお話が聞きたいな?」
「うぐ」
「いつ紹介してくれるのかなー」
「しない」
「えー。うーちゃんのケチ」
「咲と時哉が結婚してから自分のこと考えようと思ってるから」
……ということはうーちゃん、今の彼氏と結婚する気あるんだ」
……
「あるんだー?」
……ママの馬鹿」

 上手く話をはぐらかされたなあ。そしてもう軌道修正は出来ない。にやにやするママから目を逸らして、溜め息。
 ……彼氏……うん、まあ、紹介してもいいんだけどさ……うん……ほらまあ……うん。何ていうか気恥ずかしさもあるし、それにやっぱり、ママが寂しいんじゃないかなって思ってしまう。ただでさえ『仕事』で一緒に居る時間が少ないのに、結婚なんてした日にはママと居る時間がもっと減ってしまう。こんなこと言ってるとマザコン、とか言われちゃうのかなあ。まあ、否定する気はないんだけど。間違いなく私はママっ子だし。

「あ、うーちゃん、暫く日本に居るでしょ?」
「え?うん」
「れーくん適当に引っ張り出して一緒にごはんくらい食べようね」
「あは、そうだね。玲生会いたいなー」
「ってうーちゃんが言ったらすぐ出てきそう」
「玲生はお姉ちゃんっ子だもん」
「ママヤキモチ妬いちゃう」
「ママには私が居るからいいでしょ!」

 笑う。笑って、誤魔化す。――ねえママ、私も玲生も、大人になったよ。もっとたくさん、色んなこと話してくれていいんだよ。いつまでも守られてばかりの子供じゃないよ、ママのことだって、私たちは守れるよ。
 私がそうママに言える日は、いつか来るだろうか。