AmexAmexxx
2016-05-22 20:29:51
4269文字
Public OcculTrigger
 

20160522後日談


「今日は本当にお疲れ様でした」

 ことん、とテーブルの上に置いたハーブティー。宴会の後片付けを終えてソファでぐったりしていたリツが、驚いたように跳ね起きて。私の顔とハーブティーを見比べて、へらりと情けなく笑う。

……ありがとーモニカさん……、寝てないのに片付け手伝わせちゃってごめんね」
「いえ、お気遣いなく。私よりリツの方が疲れているのではないですか?」
「んー……まあ、何か、慣れちゃった」

 笑うリツの顔は、大人になったとはいえ昔と変わらない。相手が私だからというのもあるのだろう。子供みたいな困った顔で笑って、ハーブティーを飲んで、ほっとしたように息を吐く。美味しい、と小さく呟く声は、じわりと心が温かくなる言葉だ。
 ――正直なところ。リツから報告を聞いた時は、寝耳に水でどうしようかと思ったのだけれど。あの人の聞いていないことを果たして話していいのかどうか、その結末として何が待っているか容易に予想のつく状況で、私はどう立ち回るべきなのか。その後のことを考えてしまえば、どうしても簡単に決断が出来ずに。私の悩みをリツは察知してくれていたのだろう、「何とかしてくるよ」とぼそっと呟いた顔は、確かに大人になっていた。
 ……それでこそユキノの息子、跡継ぎか。変わらないけれど、本当に成長しているのだなと思う。ユキノもリツも、時を止めることなく生き抜いていく分、私を置き去りにしていくのだ。

……怪我の方は?」
「大丈夫。フェンリルがしっかり治療もしてくれたし」
「霊薬を使ってしまったから持ってきて欲しいと言われた時は驚きましたが」
「稀によくある」
……もう少し自分を大事にしてはどうですか。ツバキやサクラが泣きますよ」
「ナイショにしててね」
……全く」

 何度言っても聞かないだろう。本当に、変なところはユキノそっくりなのだから。
 私が呆れたのが分かっているのだろう、リツはまた困ったように笑う。どちらにしろ私を置いて逝くのであろうことは分かっているけれど、出来れば長生きして欲しい。生まれた時から知っているこの子の人生が幸多きものになればいいと願ったところで、その願いがリツ自身に届くかどうか。
 ソファに腰掛けて、自分用に淹れたハーブティーに口をつけつつ。ふと、今聞いておこう、と思った。皆が寝静まっている今ならば、誰にも聞かれる心配はない。

「リツ」
「んー?」
……どうしてそんなに必死になってあの男を助けたのです?『仕事』も今中途半端になってしまっているでしょう」
「あー、それ……『仕事』終わらせなきゃなー……何とかするけど……あ、お母様に名前勝手に使いましたごめんなさいって謝っておかなきゃ」
「それは私が言っておきますし、今回の件は説明すればユキノは好きなだけ使えと言うと思いますよ」
「モニカさんの為でもあるしね」
……そういう意味ではなく」
「そういう意味だよ。モニカさんは、丁野先生助けたくてわざわざ戻って来たんでしょう。お母様に許可も得て」
……リツ」

 ふふ、と悪戯っ子のように、リツは笑う。……全く、見透かしたような顔をして。それでも確かにその通りで、言い返す言葉が見つからない。
 あの男のことは、嫌いだけれど。あの人の為だから。あの男に何かあったら、あの人が本当に壊れてしまうかもしれないから。……それに。

「モニカさんて、本当は丁野先生のこと嫌いじゃないでしょ」
「いえ、嫌いです」
「本気で嫌いだったらどんな理由があっても助けたりしないと思うけど?」
……何の嫌がらせですか」
「たまにはモニカさんの本音を聞かせてくれてもいいじゃん。別に俺以外誰も聞いてないよ」
……まだリツがあの男を助けた理由を聞いていませんよ?」
「んー、まあ、俺は……頼んない人だけど、色々お世話にもなってるし。何だろ、上手い言い方見つかんないけど、丁野先生のことは『仲間』だと思ってるしー……かな」
「それだけですか」
……何ー、嫌がらせ返し?教育実習の時はもっと大人だなーって思ってたけど、付き合っていくとそうでもないっていうか、親しみやすすぎるっていうか?フツーに気を許しても大丈夫だなーって思えたし、多分、まあ、人として割と好きだよ」

 駄目な大人だけど、と付け加えて、リツは照れ隠しのようにハーブティーを一気飲みする。こういうことを言い慣れている子ではないことはよく知っているから、まさか言うとは思っていなかった。……となると、私も言わざるを得ない訳で。
 あの男のことを嫌いかと聞かれれば、私は迷いなく嫌いだと答えるけれど。――多分、それは。

「同族嫌悪のようなものなのだと思います」
……え?」
「エイジアは非常に戒律違反の多い男ですが――失礼、『でした』が、私も彼のことを言える立場ではないので」
……モニカさんが丁野先生を名前で呼んだ」
「失言ですので忘れて下さい」
「失言なの!?」

 くすくす。面白そうに笑うリツに、溜め息。……まあ確かに、ここに居るのは私とリツの2人だけだ。誰も聞かない。誰も知らない。この子は誰にも言わない――分かっている。
 たまには、言ってもいいのかもしれない。私の中にあるもの。懺悔や後悔を。誰も知る必要がないと、そう思っているものを。……いやまあ、多分、ユキノにはお見通し、ではあるのだろうけれど。

……あんな風に言えるのだな、と思いました」
「うん?」
「苦しかったことや悲しかったことを、あの男は、リツや陰陽師に言えるのですね」
……あーれは、俺もびっくりしたけど。あんな大泣きすると思わなかったし。まーびっくりしたけど」
「彼の言うことは……『エクソシスト』に関することには、私もほぼ賛同出来る意見でした。それでも私も、そしてあの男も、下手に長い時間を生きてきていますから。変に大人ぶってしまって、……あんな風に、素直に苦しい、助けて、と、そういうことが言えないのですよ」
……モニカさん」

 自分が今までどんな仕打ちを受けたかなど、思い出したくもない。……いやそれでも、恐らく私が受けた仕打ちに関してはあの男に比べればマシなものではあるだろう。
 私はただ負けたくなかっただけだった。だから必死に努力して、見返そうと躍起になって、そのうちあの人に出会って、焦がれて、救われて――ユキノにも出会って、今では何を言われても特に気にならなくなった。私を認めてくれる人がいて、私を必要としてくれる人がいる。私を『モニカ=カルネヴァーレ』として見てくれる人がいる。それは救いだ。――私を救ったのは、神ではなく人だった。
 だから私は、神に対して敬虔たる信徒で在るべきだとは思っているけれど。それでもあの人の為ならば、そしてユキノや――リツや、私を認めてくれる人の為ならば。神が私の大切な人に牙を剥くのなら、私は神を裏切るだろう。何の迷いもなく、神に引き金を引くだろう。
 そんな私は果たして、『エクソシスト』たる人間であるだろうか。神を否定する行為と、私の想い、何が違うというのか。

「まあ、賛同したところで私はあの男のことは嫌いです」
……ホントかなあ」
「神を否定して挙句に八つ当たりする『エクソシスト』が何処に居ますか。『エクソシスト』として、よりは、『シスター』として私は彼のことを許す訳にはいきません」
「厳しいなー。……神に懺悔して助けを求めてたらまた違ったのかな」
……彼の場合は、まあ、色々と特殊なこともありますから。難しいことは確かではあったでしょうけれど……あの男がああでなければ、私もあの男に対する対応は違ったかもしれませんね」

 もっと出来ることがあったかもしれない。助けられたかもしれない。けれど私には出来なかった。その結果が全てだ。今更何を言ったところで、その事実は覆ることがない。
 私が今後出来ることと言えば、『エクソシスト』ではなく『人間』となった――と言えるかどうかは分からないけれど――あの男を、きちんと生かし、きちんと逝ける『人間』で居させてあげることだろう。私もまた、あの男の嫌う『エクソシスト』の一人ではあるだろうし、私の施しなど受けたくもないとは思う。それでも、私としてはやはり、あの人が気にかけるあの男を放ってはいけないし――それに。

……リツはいいのですか?あんな男の為に『カミ』と『約束』を交わすなど。いつかあの男のせいで死ぬかもしれないのですよ?」
「あー……まあ売り言葉に買い言葉的なところはあったから、ちょっと反省してる」
「ちょっと」
「すいませんだいぶ反省してます」
……馬鹿な子ですね」
「でもさ、きっと俺に何かあったら。本気で死ぬ程大変なことがあったら、助けてくれる人だって信じてるから、いいんだよ、やっぱり。恭くんが俺のこと命懸けで助けてくれたのと一緒」
……信用し過ぎではないですか」
「助けて貰えなかったらその時はその時だねー。……まあでもさ、甘えたい時に甘えられる人が居るのは、幸せでしょ?」
……馬鹿ですね」
「人間は愚かで、だからこそ愛しい、ってどこぞの戦神様が仰ってたから、俺はこの点に関しては馬鹿で愚かでいいや」

 そう言うリツの表情に、何一つ後悔がないことが答えなのだろう。……全く、いつの間にそんなに背負える人間になったのやら。キョウに出会って、この子は本当に大きく変わったのだろうな、と思う。人を助けることも、人に助けられることも、その重みも、この子はちゃんと知っている。
 嗚呼、本当に。だから、人間というのは愛しいのだろう。

……エクソシスト協会とついうっかり全面戦争にならないように気をつけないとなー」
「その辺りは出来る限り手を回します。リツは気にせず『仕事』に集中して下さい」
「うん。頼りにしてます、モニカさん」
「そろそろ休んでは如何です?『仕事』のこともありますし」
「そうする。ありがとう、モニカさん。おやすみなさい」
「おやすみなさい」

 ぐぐ、と伸びをして。立ち上がって礼をするリツに、礼を返して。――無意識に、私は口を開いていた。

「リツ。ありがとうございました」
……、どういたしまして」

 ふふ、と笑ったリツは、ユキノと似たような目をして私を見ていて。……きっと私は、この母子には勝てないのだろうな、と思って、それはとても優しい気持ちになる想いだった。