AmexAmexxx
2015-03-18 22:59:56
4931文字
Public OcculTrigger
 

再会と恋愛と相談と


 その再会は突然だった。

「渚くん?」

 夜。
 講義が終わって、少し調べたいことがあって残っていて。
 いつもより遅くなった時間、大学から駅に向かう途中に突然声を掛けられた。
 聞き覚えのある声。
 ぱっと顔を上げれば、見知った人。

 変わらない金髪の。
 黒いスーツを着た、―――茅嶋さん。

 こうして会うのはいつ振りだろう。
 ほんの数カ月前、琴葉先生に頼まれて彼に関することの調べ事をしたことは、記憶に新しい。

「茅嶋さんご無沙汰してます」
「うん、久し振り。こんなところで会うなんて思ってなかった。元気?」
「ええ、俺は茅嶋さんこそ、」

 吸い寄せられるように、彼の右手に目がいった。
 黒いレザーの手袋が被せられたその手に、大きな傷があることを俺は知っている。
 茅嶋さんが巻き込まれた事件の顛末を、4年も前から続いていた因縁を、図らずも知ることになってしまったから。
 俺の視線に気付いたのだろう、ああ、と茅嶋さんは右手を上げた。

「俺は元気だよ。まだちょっとリハビリ中なんだけどね。術式の組み方を変えたりとかでなかなか前ほど上手くいかなくてさっと、立ち話も何だよね、渚くんこれから時間ある?」
「え、あ、はい!」
「そっか。じゃあ一緒に呑まない?」

 確かもう成人したよね、と言われて、俺は頷く。
 そうだ―――茅嶋さんに最後に会ったのは多分2年前、そう、馬鹿狐と柳川の一件がある前で、まだ俺は大学1年だった。
 あの頃はまだ未成年だったけれど、今の俺は酒も呑むし煙草も吸う。
 法律上、大人、と認められる年齢になっている。

え、あの、いいんですか、俺なんかが茅嶋さんと呑んで」
「そりゃ、俺が誘ってるんだし。駅前に居酒屋あったよねー、確か」

 居酒屋。
 茅嶋さんが居酒屋って言った。
 ていうか茅嶋さんって居酒屋とか行くのか。
 世界屈指の『ウィザード』の名家の出、父親は名の知れた企業の社長、母親は世界で5本の指に入る程の実力者の『ウィザード』、その息子である茅嶋さんが、居酒屋
 に、似合わない

あ。都合悪い?」
「いえ。いえいえいえ。ご一緒させて下さい、是非」
「ほんと?よかった」

 俺の返事に安心したように茅嶋さんは、笑った。



+++




「とりあえず生でー渚くんも生でいい?」
「あ、はい」
「じゃあ生ふたつ」

 茅嶋さんと入った居酒屋は本当に何処にでもあるただの居酒屋だった。
 全国にチェーン展開されてる誰でも知っているような居酒屋だ。
 コートを脱いでスーツのジャケットも脱いだ茅嶋さんはけれど、右手の手袋は外さなかった。

「家とかだったら気にせずに外してんだけど、さすがに人前はねー。未だに傷生々しいし」
「痛くないんですか」
「いや痛いよ。鹿屋先生にもらってる薬切れたら激痛だもん」
治る見込み、ないんですか。本当に」
「ない。でもまあ、仕方ないし。そうだ渚くん、ちゃんとお礼言わなきゃいけないと思ってたんだよ」
「お礼?」
「鹿屋先生と一緒に色々調べてくれたんでしょ?助かった。それに恭くんにも力貸してくれて。迷惑掛けたよね、ごめん。本当にありがとう」

 そう言って俺に頭を下げた茅嶋さんの表情は晴れ晴れとしていた。
 吹っ切った顔。
 俺は何もしていない。ただ調べただけだ。
 それで彼の力になれたとは思えない。
 
 茅嶋さんの力になったのは、きっと。
 俺に頭を下げて、情報を乞うた柳川だろうから。
 真っ直ぐな目で茅嶋さんを助けたいのだと言った、あの馬鹿だろうから。

 あの馬鹿のことは、嫌いだけれど。
 それでもあの真っ直ぐさは、嫌いにはなりきれない。腹立だしいことに。

 何を返そうか迷っていたら、店員によってビールが運ばれてきた。
 はいカンパイ、とグラスを差し出されて、おずおずと乾杯をする。
 居酒屋で茅嶋さんと乾杯とか俺今何か夢でも見てるんじゃないだろうか

茅嶋さんは今、何されてるんですか?」
「俺は家継ぐ準備、の前にリハビリ、って感じ、ほんと。ずっと右手で術式組み立ててたのを左手に変えたから大変なんだよね、慣れなくってさ」
「ああ怪我してると難しいものですか?」
「んー、というより右手に『呪い』があるから、それが魔術に変に影響することに対する考慮」
「ああ、成程。リハビリが終わったら、やっぱり茅嶋、継がれるんですか」
「母についてあちこち行くことになると思う。今までもたまに手伝ってはいたけど、依頼主に会ったり細かい手続きとか色んなこと教えて貰わないといけないからね」
「そうですか相変わらずお忙しいですね」
「そうでもないよ、前に比べたら。今んとこただのニート」

 身体が鈍る、と茅嶋さんは苦笑して、ビールに口をつける。
 ニート、と言う割には今日もスーツだし、何かしら『仕事』でもあったんだろうか。
 そこまで立ち入ったことは聞けない。俺も黙ってビールに口をつけるしかない。

 茅嶋家。
 生きる世界の違う人。
 こういう人たちと知り合うことなんてないと思っていた。本当に。
 それがこうして一緒にビールを呑んでるのだ。やっぱり夢かもしれない。
 頬を抓りたくなる気持ちを押さえて、息を吐く。
 落ち着こう。

「渚くんは?」
「はい?」
「渚くんは、今何してるの?大学の専攻国文学だっけ」
「ああ、はい、そうです。主に中古文学を。院に行くつもりで
「そっか。じゃあ勉強漬けだね」
「まあ、苦じゃないので」
「渚くんらしい」

 苦じゃない、というよりは。
 没頭している間は何もかも忘れられる、というのが大きい。
 現世から切り離されて、ただひたすらに字を追うあの感じ。
 自分の世界に没頭出来る、瞬間。

 ―――

「あの、茅嶋さん」
「ん?」
「茅嶋さんって、お付き合いされている方とかいらっしゃるんですか」
「えっ何急に」
「あ、すいません」
「俺はまあ、いないけど。何、渚くん恋愛関係で悩んでるとか?」
「いや、俺は

 口籠る。
 何を言っているんだろう、俺は。
 何を聞こうとしているのだろう。
 上手く言葉にならずに呑み込めば、茅嶋さんは少し眉を寄せて。

憂凛ちゃんと何かあった?」
憂凛は、関係ないです」

 そう、関係ない。
 アイツに俺は関係ない。
 俺が勝手に―――そう、勝手に、荒れているだけで。

恋人が出来ても、俺、続かなくて」
「そっか、意外だな」
「意外ですか?」
「うん。渚くんは割と誠実な方だと思うけど」
誠実、ですか」

 実際のところかけ離れている。
 かけ離れているどころか『恋人』という存在が煩わしくもある。
 それでも誰かがいた方が、めんどくさくてもそういう存在が居た方が、憂凛が安心するから。
 打算。
 これっぽっちも恋愛感情がなくてもそういう存在が作れるのだ、ということを、俺は知ってしまって。
 結局のところ『女をとっかえひっかえしている酷い男』、という、何ともなレッテルが貼られることになってしまったのだけれど。
 楠に散々言われたことを思い出した。黙ってろあの童貞。

「続かないということは、渚くんが気持ちがないってことかな」
「え」
渚くんにとって憂凛ちゃん以上に大切な人、ってものを作るのは、難しいんじゃないかと思って。違う?」
違い、ません」
「やっぱり」

 見抜かれている。
 いや、この人は知っている、俺が憂凛に持っている感情を。
 恋とか愛とかそういうものではなくて。
 もっと屈折した、何とも言い難い、恐らく『普通』ではない感情。
 ただの恋愛感情だったらきっともっと楽だった。
 俺の人生はアイツの為にある―――なんて、それは重すぎて、そして間違っているものだ。

 分かっていて。
 けれど俺はその感情を捨てる術を知らない。
 憂凛に笑っていて欲しい。
 憂凛に幸せで居て欲しい。
 俺には多分、『それ』しかない。

「憂凛ちゃんは憂凛ちゃん、恋人は恋人、だよ。渚くん」
恋人は恋人?」
「別物。とはいえ難しいけどね。最優先は憂凛ちゃん、その次が恋人、って分かってくれる子がいればもうちょっと渚くんも気楽なのかな」
そんなこと可能ですか」
「まあ難しいだろうね。誰だって、好きな人の一番で居たいものだから。普通はね」
「普通は
「人を愛すると欲が出るから。欲もなく人を愛せるなんて高尚な人間は居ないと思うよ。『カミサマ』だって平等じゃないんだって、俺たちはよく知ってる」

 確かに。
 その言葉に思わず小さく笑えば、茅嶋さんも笑う。

 欲が出る。
 確かにその通りだ。
 俺は何回も、何十回も、もしかしたら何百回も、切り捨てようとしたのだから。
 何処かで諦められない自分が、ずっと燻っている。
 もしかしたらいつか憂凛が、俺を見てくれるんじゃないかと思ってしまう自分が居る。
 そんな日は来ないのに。
 ―――憂凛ははっきり、言ったのだから。

 俺は憂凛の『兄』で在るべきであって。
 その他の存在には、成り得てはならない。
 いっそ本当に血が繋がっていれば、もしかしたら、楽だったのに。
 赤の他人であることが、辛い。

それでも、憂凛ちゃんを好きな渚くんを愛してくれる人が、現れるかもしれないよ」
「憂凛のことを好きな俺が好きな人、ですか」
「そう。世の中に物好きはいるから」
「物好き扱いの時点であまり期待出来ませんね」
「そう?物好きって結構多いよ。いっそ恋とかしたことない子と付き合ってみるのもひとつの手かもしれないし」
「どうしてですか?」
「何も知らない方が、お互いに学んでいけるから。渚くんも、学べるからさ?」

 なんてね、と、冗談のように言いながら。
 けれどそれは少し核心を突かれている気がして、どきりとする。

 恋とか愛とか。
 そういう『まとも』な感情を、俺は分かってはいない。
 重すぎる『それ』を憂凛に向けて生きているだけで、普通のレベルのものを、俺は持てないままで。
 知っていくこと、というのも、確かにひとつの方法かもしれない。
 上手くいかないかもしれないし、これまで以上に酷いことになる可能性だって否めないけれど。

「まあ最悪のところ数打ちゃ当たる」
滅茶苦茶言いますね」
「いや、ホント。女の子は俺たち男よりもものすごく大人の子が居るもんでさ、導いてくれることだってあるよ」
茅嶋さん経験あるんですか?」
「いや、ていうか散々偉そうに話しててアレなんだけどさ、俺は基本ワンナイトラブ多いんです」
「えっ」
「ていうか付き合わない、それが前提。一回きり。本気の子は断る。俺なんかと付き合ってもいいことないからね、家も家だし。そもそも俺が好きな人は死んだから」
「あ

 柳川のお姉さん。
 彼が巻き込まれた事件の、一番最初。
 急にそのことを思い出して、うっかりしていた。
 つい茅嶋さんに対してこんな馬鹿な相談をしてしまっているけれど。
 聞いてはいけないことだったんじゃないだろうか。いくら事件が解決したとはいえ。

 茅嶋さんの表情は、変わらない。
 優しいまま。

「女の子たちは結構それで割りきってくれる、一回ですっぱり諦めたりする。大人だなって思うよ。俺なんかはずるずる引き摺ってきたし。勿論女の子だって世の中色々いるからさ、ずるずる引き摺る子もいるんだろうけど、基本未練たらしいのは男だよ」
「そうですかね」
「そうだよー。女の子はぐずぐず言ってても結局新しい恋見つけたらさっぱりしちゃうもんだよ」
、俺もいつかさっぱり出来ますかね」
「渚くんにその気があるかどうかだよ」

 呟くように応じて。
 茅嶋さんは再び、ビールに口をつけた。
 俺はそれに何も返せないまま、目を伏せて。

 一気に飲み干したビールの味は、なかった。