AmexAmexxx
2015-01-08 23:24:25
6644文字
Public OcculTrigger
 

10 YEARS AFTER


 再会は偶然だった。

 その日、俺は咲の予防接種の為に病院を訪れていた。
 本当は律さんが連れて行く予定だったのだけれど、緊急で『仕事』が入ってそれどころじゃなくなってしまったのだ。
 お陰で朝から咲は拗ねている。
 普段はきょーちゃんきょーちゃん、って言ってくれるのになー。こういう時はお父さんがいいんだよなー。お父さん大好きだもんなー。
 オンナノコって難しい。

うーさき、ちゅーしゃやだー
「でも注射しないとお熱出してしんどくなっちゃうぞー。お熱出したらもっといっぱい注射されんぞー?」
うー

 あ、しまった。
 咲のただでさえ低いテンションを更に下げてしまった。俺の馬鹿。
 今にも泣きそうな顔をしている咲の頭をよしよし撫でてみるけれど、機嫌は直りそうにもない。

「さーきー。大丈夫だって、すぐ終わるって」
おとーさんいっしょにきてくんなかったー
「お父さんお仕事だから。朝からごめんって謝ってただろー?」
きょーちゃんはおしごといかなくていいの?」
「俺はいいの。」

 今日は律さん、小難しい話しに行ってるし。
 俺がついていくと逆に邪魔になるやつだ。理解出来ない。
 分かるようになりたくて時々勉強してみたりはするんだけど、まあ、頭が爆発する方が早い。

 にしても順番待ち長い。
 病院ってほんっと待ち時間長いよなあ。暇だ。
 咲が泣き出す前に終わってくれればいいんだけど。
 律さんは上手に咲をあやすけど、どうにも俺にはそういうのは苦手過ぎて。
 一緒に遊ぶのはいくらでも遊ぶんだけどなー

あれ?恭ちゃん?」
「へ?」

 思いがけず名前を呼ばれて。
 ぱっと顔を上げると、そこには白衣を着た女医さんが立っていた。
 ―――見覚えがある、どころじゃない。
 忘れる訳がない。
 首から下げているネームプレートに確かに書かれた、見知った名前。

 『橘 憂凛』の文字。

ゆりっぺ」
「わ、ホントに恭ちゃんだ!久し振りー」

 嬉しそうに笑って。
 女医さんは―――ゆりっぺは、咲と視線を合わせるように屈みこんだ。
 突然現れた見知らぬ人に、不安になったんだろう、咲が俺の服の裾をぎゅっと掴んで離さない。

「初めましてー。この子恭ちゃんの娘さん?」
ああ、いや、律さんの。つっても血繋がってないけど」
「あ、茅嶋さんかー。はじめまして、お名前は?」
っ、え、とかやしまさき、です
「咲ちゃんか。先生は橘 憂凛といいます。よろしくねー」
たちばなせんせ、ちゅーしゃする?」
「んー、咲ちゃんに注射するのは別の先生だなあ。注射、怖い?」
「きらい!」
「じゃあ、注射が嫌いじゃなくなるおまじないしてあげるね?」

 ごく自然に。
 俺の服を握っている咲の小さな手を包み込むように握ったゆりっぺは、その手を俺から離させると自分の額に押し当てて。
 痛くなーい、怖くなーい。なんて、言っている。
 ああ、ゆりっぺ、本当に医者になったんだ、なんて。
 格好を見たらすぐ分かるようなことを、今更のように思う。

「これで怖くないよー、大丈夫だよー」
ほんと?」
「ホント!」
「わーたちばなせんせ、ありがとう!」
「ふふ、どういたしましてー」

 おお。
 呆気に取られている間に咲の機嫌が直った。すげえ。
 咲とゆりっぺがにこにこしている。
 何だろうこの、現実味ない感じ。

 あの時。
 ―――ゆりっぺに二度と会わない、と言われたあの日から、多分もう、10年は経った。
 目の前の女医さんは、大人だ。
 あの頃とは全然違って。
 でも確かに、ゆりっぺで。

 よし、と立ち上がったゆりっぺは、俺を見て笑う。
 その笑顔は、あの頃と変わらない。

「咲ちゃん、予防接種?」
「あ、うん」
「終わったら時間あるー?私夜勤明けで、もう勤務終わりなんだー」
ある、けど」
「ホント?じゃあ待ってるね!」
「えっ」

 ひらひら。
 手を振って、ゆりっぺは立ち去ってしまった。
 追い掛けようにも咲がいるし。
 いやその前に、すっげえナチュラルに待ってる、って言われちゃったけど。

 俺どうしたらいいんだ?これ。

「きょーちゃん、たちばなせんせーおともだち?」
「へ?あ、うん、俺の昔の友達

 友達。
 ―――友達、だった。俺にとっては。



+++




 予防接種で、咲は泣かなかった。
 いざ注射を見たら泣くかぐずるかするかと思ってたけど、そんなこともなかったし。
 「たちばなせんせがおまじないしてくれたからぜんぜんこわくなかったよ!」らしい。
 子供ってよく分からない。そんなもんか。

 ゆりっぺはどこにいるんだろう、と思ったら、入り口前のベンチに座ってのんびりコーヒーを飲んでいた。
 会計を終えた俺と咲を見て、こっちこっち、と手招きする。
 咲は嬉しそうにゆりっぺの方に走って行くし。
 すっかり懐いてんなあ。あっという間に。
 ちょっと妬く。くっそー、負けてる。

「たちばなせんせ!ちゅーしゃこわくなかったよ!」
「ホント?おまじない効いたねえ」
「ありがとー!」
「ふふ、よしよし。咲ちゃんよく頑張ったねー」

 ゆりっぺに頭を撫でられて、咲は嬉しそうだ。
 困った。
 俺が苦笑いした理由を、ゆりっぺは察したのか、どうか。
 傍らに置いたコンビニのビニール袋から缶コーヒーを取り出して、俺を手招きする。

 あー、もう!
 なるようになれ、だ。
 考えても仕方ない。
 諦めて、俺はゆりっぺの隣に腰を下ろした。

「はい恭ちゃん、奢ってあげるー」
「さんきゅ。いただきます」
「ひっさしぶりだねえ。恭ちゃん相変わらず私服ジャージなんだね」
「んー。やっぱ楽だし動きやすいし。『仕事』ん時はスーツ着ないと律さんに怒られるけど」
「茅嶋さんらしー。今も茅嶋さんと『お仕事』してるんだ。すっかり本業にしちゃった感じ?」
「ん。俺、律さんの相棒だから」

 10年前にはまだ考えられなかった未来に、俺はいる。
 あれだけ『仕事』に俺を巻き込みたがらなかった律さんが、俺と一緒に『仕事』してるんだから。
 それでも大学時代は何度も「恭くんは俺のことなんて気にしないで恭くんがやりたいことをやればいいんだよ」って言われたけど。
 まあ、俺が選んだ道だから。
 何も、後悔はしていない。

「陸上はー?やめちゃったの?」
「んー、競技としては。大学時代結局日本代表の選考には漏れたしー、俺の実力ってそんなもんだよ」
「そっかー。めっちゃくちゃ速かったのにー」

 ―――て、いうか。
 俺は大学に入ってから、タイムが伸びなかった。
 ずっと陸上に打ち込んできたけれど、―――多分、陸上より打ち込みたいものを、ちゃんと自覚してしまったから。
 俺が進むべき道を、決めてしまったから。
 だから、タイムは伸びなくなってしまったのだと思う。
 そのことに関しては本当に後悔なんてない。俺は走ることが好きなだけで、記録に拘ってきた訳でもないし。
 元々好きで走っていただけだ。
 すっぱり陸上を辞める、いい理由になった。

 陸上で生きていこうと思える程、俺は陸上に打ち込むことは出来なかった。
 それだけのは話だ。

「ゆりっぺはホントにお医者さんになったんだ」
「うん。小児科だよー」
「ああ、だから

 さっきさくっと咲をあやしちゃった訳だ。
 俺の隣で本を読み始めた咲を見つつ、思う。
 そりゃ勝てない。
 毎日毎日泣く子を相手に奮闘しているってことだし。

 すっげえ、なあ。
 並大抵の努力じゃない。
 ゆりっぺは元々頭は良いけれど、高2の終わりに突然医学部を進路に決めたのだから、かなり大変だったはずだ。

「すごいなー、ゆりっぺ」
「ふふ。毎日頑張ってるよー。大変だけどー、やり甲斐あって、毎日充実してる」
「そっかー」
「恭ちゃんは?」
「俺はもうたいっへん。覚えることあり過ぎだし、すっげえ色んな人に会うし、英語わっかんねえ
「茅嶋家当主の相棒でしょ?そりゃ大変だよ。でも頑張ってるんだねえ」

 顔を見たら分かるよ、なんて。
 嬉しそうに、けれど少しだけ寂しそうに、ゆりっぺは呟く。

 あの時ゆりっぺが捨てたもの。
 自分の存在そのものを否定した、生き方。
 ―――この10年、どんな思いをしただろう。
 きっとすごく大変だった。
 自分の半分を、『狐』としての自分を封じて、ただの『ヒト』として生きる、なんて。

 けれどその道を選ばせてしまったのは俺だ。
 ゆりっぺの人生を、大きく変えてしまった。

「あ。松崎先輩今何してんの?」
「なぎちゃんはねえ、相変わらずミミズみたいな字読んでる。あ、院出て助教さんになったんだよー」
え、マジで」
「マジで。いつか教授になるんだってー。私国文学の世界よくわっかんないから、なぎちゃんが言ってること時々分かんないけど楽しそう。何かね、卒論で安倍晴明云々かんぬんの論文書いて教授にすっごい気に入られたらしいよー」
「松崎先輩らしいっちゃらしいなあ

 10年も経てば、色々ある。
 皆、いろんな道に進んでいる。
 律さんや俺のように、『こちら側』の生業を本業にしているのは多分そこまで多くない。

 何してんのかなあ。
 未だによく会うのは琴葉先生だけど。律さんの主治医だし。
 あの人は独立してちっちゃなクリニックをやっている。この間受付に普通に小夜ちゃんが居た。見なかったことにした。
 他にも『仕事』絡みでちょくちょく会う人もいるっちゃいるけど。
 たまにはあの頃のメンバー揃って同窓会!みたいなの企画してみようか。
 いやいや、スケジュールが合わないな。確実に。
 まず律さんが掴まらない。

「ところで恭ちゃんカノジョとかは?」
「あーいやーそれどころじゃねーしてか」
「きょーちゃんはさきとけっこんするんだよ!」
「あ、そうなの?」
「うん!」
コレだし」

 苦笑い。
 咲のヤツ、本読んでるフリしてちゃんと話聞いてるし。こえー
 ドヤ顔の咲の頭を撫でつつゆりっぺに視線を向ければ、ゆりっぺは咲を見てニコニコしていた。

「ちなみに咲ちゃん16になる頃って恭ちゃん何歳?」
「あー38?39?たぶんそんなん
「ヤバイね犯罪だね」
「笑えねー

 犯罪って言われた。
 ていうか咲と結婚する予定とかないんですけど!
 まあそんなことを口にしたら咲が泣くから黙っておこう。
 泣いてる咲をあやすのは苦手だ。
 あと咲泣かせたら律さんに怒られる辛いあの親馬鹿

「あのね、恭ちゃん」
「ん?」
「私、結婚するんだ」
へ」
「このタイミングで恭ちゃんと逢えたのミラクルだなー」

 穏やかな表情で。
 淡々と告げたゆりっぺは、大人の女の人の横顔をしていた。
 あの頃とは全然違う。
 俺の知らない、ゆりっぺ。

そっか、おめでとう」
「ちなみに相手はなぎちゃんです」
「マジで!?」
「つい一昨日プロポーズされてしまいまーした」
 
 へへ、と。
 照れくさそうに笑うゆりっぺは、幸せそうで。
 ああ、よかった。
 こんな顔が、見られて。

「うわー松崎先輩うわーてかいつから付き合ってたわけ?」
「えとね、私が大学卒業したくらいかなあ。2、3人彼氏は作ってみたんだけど上手くいかなくってー、ていうか、結局なぎちゃんの傍が一番落ち着くことに気付いちゃってー、口説き落とされたカンジ」
「うわーマジでていうかあの人プロポーズとかすんのな
「あ、でもなぎちゃんのプロポーズひっどいんだよー!『いい加減籍入れていいか』だよ!?ご飯食べながら!もっとロマンチックに言えないのかな!」
「うわやべえ超想像出来るやべえ」
「1年半くらい前から2人で住んでてね、クリスマスに籍入れることになったの」
「そっかーそっか。おめでとう、ホントに」
「ふふ、ありがとー。嬉しいなあ、恭ちゃんに報告出来ちゃった」

 予想外だ。本当に。
 予想外で、嬉しい報告だ。

 松崎先輩は今でも俺が嫌いだろうか。きっと嫌いだろうけれど。
 ゆりっぺに好きだと言われて、けれどその気持ちには応えられなくて、そして泣かせた俺が嫌いだと、あの人ははっきり言った。
 大事な大事な、松崎先輩のお姫様。
 この10年で、とうとう自分のモノにしたんだなあ。
 一途だなああの人。すごい。

 ―――でも、うん。
 良かった。

「結婚式すんの?」
「んー、もうちょっとしたら考えるつもり!やっぱウェディングドレス着たいよねえ」
「そっかそっか。図々しく呼んで!とか言っていい?」
「もちろん!その時は茅嶋さんも招待させてね?なぎちゃん喜ぶし。あ、咲ちゃんも是非是非」
「うん。じゃあ、楽しみにしてる」

 俺に二度と会わない、と泣いた、あの頃のゆりっぺはもういない。
 優しい顔をした、お医者さん。
 幸せそうな、一人の女の人だ。

 噛み締める。
 時間が経つ、って、すごい。
 変わらないものも、変わっていくものも、すごく多くて。
 ―――またこんな風に、ゆりっぺと話が出来るだなんて思ってなかった。

 不意にポケットの中で何かが震える感触。
 あ、電話。
 取り出すと、着信は律さんからだった。
 あ、やべ。予防接種終わったって連絡してねーや。
 難しい話し合いは終わったんだろうか。

「咲ー。お父さんから電話だけど出る?」
「おとーさん!?でる!でる!」
「ん」

 本を放り出して目を輝かせる咲に電話を渡す。
 立ち上がって何故かくるくる回りながら電話に出た咲は、すごく嬉しそうに何か喋っている。
 ホントお父さん大好きだなあ。
 律さんは「咲は恭くんの方に懐いてる」って言って時々拗ねてるけど、全然そんなことはないのだ。
 分かってない。
 咲は律さんがいるから、安心して俺に甘えてくれるんだ。

咲ちゃんて、何で茅嶋さんがお父さんなの?血繋がってないって言ってたよね」
「ん?あー、咲はちょっと『仕事』で両親亡くした『ウィザード』の子。んで律さんが引き取った」
「へえーそういうとこ茅嶋さんだよねえ
「あのひと変わんねーよ。相変わらず」

 相変わらず、優しい。
 立場が変わっても、それは変わらない。
 だから俺も安心して一緒に『仕事』が出来る。

「きょーちゃん、おとーさんがおしごとだからかえってきてー、だってー」
「お、マジで。じゃあ帰るって言っといてー」
「はーい」
「ごめんね恭ちゃん、忙しいのに引き止めちゃって」
「いや全然。久々にゆりっぺと話せて楽しかった」
「うん、私も。また会えると思ってなかったし。ね、また会える?」
松崎先輩にブチギレされそう
「大丈夫だよ、なぎちゃん私には甘いもん」
「知ってる」

 笑ったゆりっぺが立ち上がる。
 ちゃり、と聞こえた金具の音が何となく気になって、ふと視線を動かせば。
 ゆりっぺの鞄につけられていたのは、見覚えのあるキーホルダー。

 ―――ああ。
 10年ぶりに会った俺の友人たちは、皆、元気にしているらしい。

「じゃあまたね、恭ちゃん。招待状って茅嶋さんの実家に送ればいいのかなあ」
「それが一番確実かなー。楽しみに待ってんな、ゆりっぺと松崎先輩の結婚式」
「絶対来てね!忙しいから無理って言ったら怒るよー?」
「意地でもスケジュール空ける!」

 律さんも行きたいだろうし。
 もし『仕事』が被っても、意地でソッコー終わらせてやる。
 てか、ゆりっぺと松崎先輩が結婚するって聞いたらあのひとどんな顔するんだろ。ちょっと楽しみ。

 ひらひら手を振って、去っていくゆりっぺを見送って。
 大きく伸びをして、深呼吸。
 帰ったら『仕事』だ、気持ち切り替えなきゃ。

「帰ろっかー、咲」
「うん!」

 咲と手を繋いで、車へと歩き出す。
 10年ぶりの再会は、幸せな報告と共に一旦、心の奥にしまって。

 帰る場所は、いつも通り。