よつもり
2024-11-13 22:32:43
3133文字
Public 考えたこと
 

生成AIの話題について(2024/11/13時点の話)


Xデー(Xなだけに)たる11月15日を目前に盛り上がっておりますね。
皆様いかがお過ごしでしょうか。

なんせよつもりは文章畑ですので、このAI生成の話題については、
よつもりが何を言っても畑違いの門外漢が適当言っている形になってしまうので口を噤んでいたところですが、
それはそうと、思うところはいくつかあり。
また、二次創作者に宛てた注意喚起ツイートが大バズリしているのも目にしまして、
文章畑とはいえ、二次創作者という項目には当てはまりますので、この点私はどう考えるか、ということを少し書いて見ようかなと思った次第です。

一応、パスワードで鍵をかけます。よつもりのポストを普段目にされている方は、
なんとなく「まあ、よつもりならそう言うだろうね」というような範囲を出ないことだろうと思います。
しかし、よつもりのことを良く知らない方がご覧になるとまた火種になるかもわかりませんので、
一応、鍵、かけときましょうね。

☆ ☆ ☆

というわけで、雑感を。

「すぐに決断しないとまずいことになる」
「今声を上げないと大変なことになる」
「すぐに対策しないと後で後悔する」

という言い回しに関して、私は全般的に懐疑的です。

とは申しますものの、
このような言い回しをされる方や、
このような文言に応じて対策をされている方に関しては、それはそうと一理あるという了解をしていますので、
私と違う考えだからだめ、ということは思いません。

今回は絵という分野についてが大きく取り上げられていて、先にも書いた通り、よつもりは違う畑におりますので、
どこか対岸の火事を眺めているような気持ちで眺めております。
火事を眺める野次馬としての発言と思って読んでください。これは本当に無責任な文章ですから。
無責任な文章を書いているということについての責任は負っています。

というわけで、更に思うところ。

感情を掻き立てる言い回しと、感情に掻き立てられての行動は、あまり良いと思いません。
確信があっての行動で無い行動は、後悔が含まれそうです。
どうしたらいいかわからない時は、とりあえずその場に留まって様子見でもいいのでは。

と、私は思います。
Xデーが設定されているので、どうしてもその日に間に合うように決断をしなければいけないという風潮がありますが、
それもそうだよなあと思う一方、少し留まってその後の経過を見てから、自分の腑に落ちる身の処し方を選べば良いのではないかな。と、私だったら思うかな。
「少し留まって様子を見たとして、データを回収されたらどうする?!」と思われるところもあるでしょうが、

……そうですねえ。ここで、そういった「お前はそう言うけれども留まった結果何かあったら責任取れるのか」みたいな感じのニュアンスが含まれる反論が発生するであろう状況が、やっぱり危ういなと。

自分の変化って自分で納得して決めなければいけないと思うのですが、けっこう多くのひとがよく分からないまま「ここは危ない」「みんな移動している」「残ったひとは意識が低い」「対策をしない人は相手に与している」みたいな言葉にわーっと押し流されるようにしてこれまで培ったものを変化させるとしたら、それはちょっと、危ういかも、という気がします。
納得があると良いと思うのですが、果たしてどれだけの人が納得して変化を決めたのだろうと。

☆ ☆ ☆

様々な言葉が流れてきますが、
「私と同じ立場・私と同じ経験をしたひとは、私と同じ結論に達するはずだ」
というような期待がある呼びかけに関しても、私は懸念を抱きます。
多分、人間っていくらかバリエーションがあるので、もし同じ立場で同じ経験をしたとしても出力される結論には違いが出ると思う。

それと、私は、「連帯」に関しても懐疑的です。
同じ属性の者同士で団結して声を上げていくというのも、それは分かるのですが、
その連帯に入らない人を排するような風潮になってしまうのは良くない。

「連帯」もそうですし「運動」もそうです。
けれどもそれをしている人たちに関しては、それはそういう信念と行動を選んだ人たちだなと思うだけです。
ただ、私とは違うなと思う。
私はかなり個人的な人間だなと自分でも思います。

☆ ☆ ☆

文章という表現方法を選んでも、その考え方には星の数ほどの違いがきっとある。
同じように、絵という表現方法を選んだ人でも、今回の問題に対して思うことは、きっと様々なんじゃないかなと思います。

本当は、難しくて考えたくない。調べるのも嫌だ。なんだか嫌だけどみんな決めているから私も決めなきゃ。
みたいに思って、けれども何かに急かされるように急いで自分の立場を決める方もいらっしゃるかと思います。
その鬱憤や呪詛をイーロンにぶつけてみたりしてね。

何が正解かはまだわからないと思うんですよ。
Xを立ち去るのが正解なのか、それとも残るのが正解なのか。
絵を消すのが正解なのか、それとも残すのが正解なのか。
対策をするのが正解なのか、それともしなくても正解なのか。
正解がわからないから、みんなそれぞれが正解だと思うことを言うんですよね。

という、正解が乱立する中で本当は何が正解かは今のところ分からないですし、
時間が経ったら分かるというものでも無いだろうと思います。

そんな中で、もし何か正解を選び取らなければいけないと思って急いで正解に飛びつくのならば、
その選んだ正解は本当に正解だったと、自分の選択は正しかったと、
そう思い込む努力がその後必要になります。

となると、自分が選んだ正解以外の選択肢を批判したり、
自分の選択を延々と釈明し続けたり、
自分の感情(Xやイーロンの態度が不快で嫌な思いをした)を押し出し続けたり、
なにかそういう、不自然な正当化が必要になってくるだろうなと思って、

そういうのはちょっと、大変。

☆ ☆ ☆

変化って、ふわっと、が一番良いと思います。
ふわっと変わる。
「あっ、今だな」と思う時に、さっと変わる。
時期を待っているとそういう変化ってあります。
だから、そういう変化に任せて、少し待つ、ということをしてもいいと思うんですよ。

ただ、待つを選ぶにしろ、変わるを選ぶにしろ、その責任はすべて自分にある。
そこだけ分かっている必要があって、それさえ分かっていれば、多分大丈夫。

☆ ☆ ☆

「二次創作者は推しを守るために生成AIに反対を」というようなポストについては、
私ははっきりと、それは違うかなと思っています。

そもそも二次創作自体が、公式からしてみればノイズです。
二次創作がグレーゾーンだという建前も、長年の建前建築の成果であって、
実際、海賊版と表裏一体なところはあります。

「私は推しを生成AIで生成されたくないので、二次創作にはウォーターマークをかけてほしいです」
という言い回しならまだ言いたいことが分かるのですが、
「二次創作者はAI学習を禁止しろ」「推しを守るため」という、何か感情に訴えかけるような言い回しをして、
それをしないひとを「推しを守らない態度の人」というようなニュアンスに固めてしまうような言い回しは、
良い呼びかけではないと思います。

いろいろな立場や選択の人がいますよ。一概に二次創作者とはいっても、思うことは様々です。
自分の選択と違う選択をした人に、レッテルを貼るようなことは、よくない。

☆ ☆ ☆

というわけで、最近思うことを書いてみました。
今後どうなるでしょうね。推移を見ていきたいと思います。