イェラグに送る本を選んでくれないかーー、旧知の仲であるこのロドスのドクターにそう頼まれたのが3ヶ月前。本を選べと言われても送り主や目的が分からなければどうしようもない。ドクターに尋ねるとウウンとしばらく唸ってから、「年頃の、物語が好きな女の子に送る本」とだけ言われた。果たしてどういう経緯なんだろうかそれは、と思いつつドクターのすることだからきっとワケがあるに違いない。それならば、と揃えたのはヴィクトリアのオーソドックスなファンタジー小説だったが、どうも先方はこれを殊のほか気に入ったらしい。暫くもしないうちにドクター経由で届いた手紙には、丁寧な御礼の言葉ととともにまた本を貸してほしいと書かれていた。自分の手元にある本は一応ロドスの所有物だから勝手に貸すわけにはいかない。そこで再度ドクターに確認を取りに行くと、相も変わらず書類に埋もれた机の奥からドクターは言った。
「ああ、それなら問題ないよ。彼女はじきにロドスにオペレーターとして赴任する予定なんだ。ただ少し調整に時間がかかっていてね。こちらに来られるまでの暇つぶしに、本を貸す約束をしたんだ。しかし、思っていたよりも読むのが早いな。次の本を持ってきてくれたらお返事をしておくけど、うわあ!」
可哀想に書類の雪崩に巻き込まれてしまったドクターにこれ以上仕事を増やすわけにもいかず、配送は自分で手配しておく旨を申し出ると、書類の山の奥底から一言、「それなら、イェラグに届けるのはマッターホルンかクーリエに頼むといいよ」と声が聞こえた。なるほどイェラグのことならばカランド貿易の彼らに頼むのが適策だろう。それにしても本が好きなイェラグのオペレーターとは一体どんな人物なのだろうか? すこしの興味と使命感から返事の手紙を書いた。本を気に入ってくれて嬉しいです。自分はロドスの図書室の司書をしている者でーー、次の本をお送りしますーーできたらあなたの好きなことや興味のあることを教えてくたさい。これからも本をお送りしますから……こうして彼女、プラマニクスとの文通は始まったのだった。
オペレータープラマニクスがロドスに赴任して1ヶ月が経った。彼女がこちらに来て初めて対面し、自分が文通をしていた相手がよもやイェラグの国家元首ともいえる巫女様だと知った時は、余りのことにサッと血の気の引く思いだったけれど、彼女はそれを感じ取ったのかすぐさまこう言ったのだった。「ここでは私はプラマニクスなのです。けして遠慮などなさらないでください。あなたにやっと会えて嬉しく思ってます」と。その温かな微笑みとイェラグの透き通った冷たい空気のような透徹さが、手紙の文面から滲んでいた彼女の人柄のままだったので嬉しかった。
「自分も会えて嬉しいよ、プラマニクス。君と話せるのを楽しみにしていたよ」
「改めて御礼を申し上げます、司書さま。あなたの貸してくださった本はどれも素晴らしいものばかりでした」
「そう言ってもらえて良かった。君が手紙に書いてくれる本の感想をいつも楽しみにしてたよ。ロドスにはしばらくいるのかい? こちらにいる間はいつでも本を読みに来てほしい。図書室、というか自分の執務室の場所はーー」
「ドクターにお聞きしました。なんでもあなたがたくさん本を持ち込んでいらっしゃるから皆さん図書室と呼んでいるんだとか」
「ハハ……、そうなんだ。幼いオペレーターたちがよく本を読みに来てくれてね。それから、司書さまはやめてくれないか。自分の名前はーー」
そうしてプラマニクスは、ロドスにいる間はたびたび自分の執務室に訪れるようになった。それは時々お忍びの、どうやらオペレーターの業務をサボってきているようであったけれど、彼女のような特殊なオペレーターが本を読んでのんびりしているのはきっとロドスが平穏無事な証左だろう。
「幼い頃、母が読み聞かせてくれたものだったのです」
「え?」
イェラグのバター茶の入った良い香りのするマグカップを両手に包むように持って、プラマニクスが懐かしむように呟いた。彼女の口もとで温かそうなバター茶の湯気がほのかに立ち上って、行ったこともないイェラグの吐く息の白くなるような冬の寒さを想った。
「あなたが最初に送ってくれた、あのヴィクトリアのおとぎ話です。幼い頃に母が暖炉の横で読み聞かせてくださいました。また読みたいと思っていたのですが、本のタイトルを覚えていなかったのでずっと叶わずじまいだったのです。だからあなたがあの本を送ってくれた時、私とても嬉しくて」
「そうなんだ。ヴィクトリアに行ったことは」
「私はまったく。あなたは?」
「昔、すこしだけ」
「そう」
彼女はそうして目をスッと細めて、バター茶に視線を落とした。彼女の兄ーーカランド貿易の社長、シルバーアッシュ・エンシオディスは、かつてヴィクトリアに留学をしていたという。そうしてもしかすると彼女の母も、ヴィクトリアに由縁があったのかもしれない。最初に送ったあの本は、ヴィクトリアの家庭でよく読み聞かせられているものだ。イェラグにいる物語が好きな女の子に、外国のおとぎ話なんてどうだろうかーー。自分は最初たしかそんなことを考えていた気がするけれど、物事は思っているよりもずっと複雑なのだろう。彼女も彼も、そうして自分も、ドクターだって、そう。ロドスにいるものは皆、それぞれの物語を持っている。それを敢えて聞くことはお互いにしないけれど。
「いつか、イェラグに行ってみたいな」
「ええ、きっと。いつかいらしてくださいね。イェランガンドも祝福してくださいます」
プラマニクスはにっこりと微笑んだ。彼女のおかげで、寒くて冷たいはすのイェラグがなぜだか暖かく感じられるようになっていたけれど、きっとそれは暖炉の暖かさなのだろう。暖かな暖炉の火の前でバター茶を飲むイェラグの冬。
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