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ギャビィ
2017-01-07 17:18:40
3895文字
Public
クロセル
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無題
SFRJクロ♂セル♀長期休暇と巻き込まれボスナくん
「私も」
ベッドから立ち上がろうとしたところでタオルケットの中から声が聞こえた。まだいくらか生温いシーツの上をセルビアの手が伸びてきて、態とらしく緩慢な動作で俺の背中に触れる。腰骨を辿る指先はいやらしく、むず痒くなるような鬱陶しさで心底不快だった。ベッドの上に散らばった髪の束が浜辺の波を思わせるのは、ここがアドリア海にほど近い場所であるからかもしれないし、それともただの気の迷いかもしれない。そういえば昨夜は、ひとつだけ点けた電球の微かな橙の光が総てその髪を照らすためだけに使われている気がして、苛立ちのままに引っ掴んで怒られたものだ。太もものあたりで遊んでいる指先を、昨夜髪を掴んだのと同じように取り上げて睨みつけると、セルビアは気だるげに横たわったまま目線だけをこちらに遣して柔らかく笑った
勘弁してくれ、と思った。
「エスプレッソがいい」
無駄に人懐っこい笑みを浮かべたセルビアは、どうせ後になって文句を言うくせにあまり馴染みのない淹れ方でコーヒーの注文をして、俺はしゃがんで、ダイニングの横に備え付けられた小さなキッチンのシンク下の戸棚を開けていた。一体何をしてるんだろうか、俺は。昨日のあれはどう考えても失敗だった。夕飯も食べずにセックスばかり、思春期の餓鬼じゃあるまいしそんなにガッついて何になるんだ。馬鹿なんだろうか。折角の長期休暇なんだからもっと有意義な使い方があっただろうに。手前に置いてあったジェズベをどかしてコンロの横に出し、その奥にあったマキネッタに手を伸ばす。そこで、そういえばこの家にコーヒー豆は置いてあったか。と、今更な問題を思い出して、一度顔を上げた。普段住んでいる屋敷と違って、こっちの家は滅多に使わない。実を言うと、ここから2時間ほど車を走らせた場所にちゃんと公費で宛がわれた仕事用の別宅があるのだ。海岸沿いで仕事が続いた時にも大抵はその事務所の方に居るもんだから、此処に来るのはもう半年ぶりになるだろうか。久しぶり訪れた小さな海辺のコテージは、埃被ってるもんだとばかり思っていたら、ドアを開けた瞬間に夏らしく乾いた風がサッと流れただけでまるきり以前のままだった。「何だ、思ってたよりも綺麗じゃない」そう呟いたセルビアの横で、俺は少し驚いていた。
コーヒー、コーヒー
…
。そう心の中で呟きながら、コンロの上の戸棚を片っ端から開けてみる。何はともあれ一杯のコーヒーがないと一日が始まらないのは、この土地がオスマントルコの侵略に晒されたあの頃からいつの間にか滲み付いてしまった習慣なので、例え時が止まっていたようなこの家であっても、どこかにそれなりのものがあるはずなのだ。--もしかするとエスプレッソ用のコーヒー粉はないかもしれないな。あれはカフェで飲むものだから。そんな予感を薄々感じながら開けた一番右の戸棚はクッキーの瓶と乾麺だった。真ん中の戸棚は食器類だ。それじゃあ左端を、と戸棚を開けて、俺はすぐにそれを勢いよく閉じた。コーヒー粉を見付けたからじゃない。戸棚を開ける瞬間に、あるものを見たからだ。
「ボスナ!」
「あー、やっぱり此処だったかあ」
音も立てずに現れたボスニアはいつも通りのんびりとした口調で声を掛けてきた。反対に俺はドッと汗をかき始めている。
「お前、何で此処が、つーか何か用か?あっ、ていうかどうやって入って」
「何慌ててんの?スプリットの仕事場の方に居なかったからここだろうなと思って。前に一度こっち来た時泊めてくれたろ。ほら、コロッセウムにライブ見に行った時。用は
……
まあ、後で話す。入れたのはアレだ、お前、いつも合鍵郵便受けにいれてるだろ」
言われて思いだした。一昨年の今頃、プーラの円形闘技場であったコンサートにふたりで一緒に見に行ったのだ。あれはなかなか楽しかったな
…
。そう思い出に浸るのも束の間、ベッドルームの方から「ねえ、コーヒー一杯淹れるのにどんだけ掛かってんの?」と尖がった声が聞こえてくる。彼奴、さっきまでベットでぬくぬくとしてた癖に偉そうに
…
!
「あー
…
、セルビアが居んのね」
ボスニアが少しばかり困惑したような声を出す。俺は目を覆って項垂れる。橙の灯の中で光っていた麦穂のような髪を適当に垂らしたまま、殆ど裸のセルビアが立っていた。
本当に、勘弁してくれ。
※
なぜ俺はこんな状況に陥っているのだろうか。
「フルバツカ、いい加減機嫌直せよ」
真正面のソファに座っているもののけして目を合わせようとしない男に、ジェズベごとコーヒーを差し出しながら声を掛ける。そもそも来客のはずの俺がコーヒーを淹れる羽目になってるのも不思議な話だけれど、当の家主がさっきからこの調子で黙り込んでいるんだからしょうがない。キッチンの上の左端の戸棚からコーヒー粉見つけ出して「とりあえずコーヒーでも淹れようか?」と聞いた時、俺は最高に気遣いの出来る男だったと思う。拗ねたようにそっぽを向いて煙草を吸っているクロアチアの横では「えー、エスプレッソじゃないの!」とセルビアが不満気な声を上げている。そもそも何でセルビアが此処に居るのか
…
という理由はなんとなく分かるのだけど、それにしたって、だったらお前は何でそんなに堂々としてるんだ。と思わなくもない。勝手に来た俺が悪いのだけれど。まさか下着姿でリビングに登場されるとは思わないじゃないか。
「それで、何で此処へ。休暇中だろ」
「ああ、大した用じゃないというか
…
寧ろ用はないんだけど」
「はあ?」
いよいよ怒り始めたクロアチアが語気を強めているが、それだって、お前半分は自分のせいだろと思ってしまう。セルビアをこの家に入れたのは他でもないお前なんだから。けれどそう言うと更にややこしいことになるのは目に見えている。腑に落ちなさにため息を吐きながら俺はふたりを見る。3人掛けのソファのひじ掛けに凭れ掛かって半ばヤケになりながら煙草を吸う男。ソファの真ん中に足を組んで不遜な様子で煙草を吸う女。本当に、何でこんな目に俺が合わないといけないのだろう。来なきゃ良かった。後悔と帰りたい気持ちの一心で、俺はざっと説明をする。
「昨日たまたまベオグラードに用が有ってヘルツェゴビナとふたりで行ったんだよ。それで、次いでだからセルビアに会っとこうって話になって。ほら、ヘルツェゴビナはいつも会うわけじゃないだろ。で、屋敷に行ってみたらフルバツカのところに行ったってヴォイヴォディナとコソボに言われて、」
「はあ?!」
声をあげたのはクロアチアの方だった。あー、やっぱりな
……
。湯を沸かしている間に、ソファに無言で座るふたりの背中を眺めながら薄々見当をつけていた事の次第は、どうやら殆ど想像と違っていないようだ。
「お前言ったのか!」
「だって本当のことじゃない」
「でも黙っとくって決めただろ」
「だから別に、会いに行くぐらいおかしな事じゃないでしょ。家族なんだし」
まだ何か言いたそうなクロアチアが「家族」という言葉にグッと口を噤む。一瞬場が静まったタイミングに無理矢理ねじ込むように俺は更に話を続ける。
「ま、居ないならしょうがないってことで普通にサラエボに戻った。そしたら夜になってスロベニアから電話がきて」
「まさか」
「フルバツカがそっちに居るって聞いたんだが、話せるかって」
「何で?」
不思議そうな声をあげるセルビアには答えずに、俺はクロアチアの方を見る。
「あー、
……
悪かったよ。勝手に名前出して」
「どういうこと?」
「休暇に入る前に聞かれたんだ、何処に行くのかって」
「それで嘘ついたわけ?!最低ね」
「嘘じゃねえよ!明後日には会う予定にしてた、そうだろボスナ」
「そうだねえ」
クロアチアが煙草をテーブルの上の灰皿で潰す。俺も煙草吸うことにして適当にテーブルに放ってあったライターを取った。勿論会う予定にしてたのは本当のことだし、別にそれが無かったとしても口実に使われるくらい構わないのだ。ただひとつ文句を言いたいのは、
「お前ら打ち合わせくらいちゃんとしてくれ
…
」
「うっ、」
煙草の煙と一緒に漏れ出た声は自分でも情けないほど憔悴仕切っていた。クロアチアは苦虫を噛み潰したような顔をしている。それにしたって、スロベニアに適当に誤魔化したり、ふたりともに連絡がつかないとなると何か事件なんじゃないかと心配したり、こっちの身にもなって欲しいものだ。
「別にお前らがふたりでデートしてても気にしないけど、隠すつもりなんだったらちゃんとしようぜ」
「迷惑かけたな
…
」
「いやだから、別にいいんだってば」
クロアチアが気まずそうな顔のまま叱られた子どものように眉を下げる。セルビアは、何も悪いことなんてしてないとでも言いたげにツンとしたまま煙草の煙を吐いた。ふたりとも本当に、思春期の餓鬼じゃあるまいし勘弁してほしいものだ。こっちだって別に怒りたいわけじゃないのだ。
「あのさ、俺はお前らがその、そういうことしてても別に良いっていうか」
「そういうこと?」
「あ〜もう!だから、付き合ってても好きでも別に良いってこと!だから、」
「別に好きじゃないわ」
シンと静まり返った場の空気を裂くように、もう一度念を押すように、セルビアが「好きじゃない」とハッキリとした声で宣言して、そうしてテーブルの上の灰皿で灰を落とした。頼むから、こんな状況になってまで今更そんなことを言うんじゃないよ。
視界の端でクロアチアが、ギリッと唇を噛んだのが見えた。
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