しゃどやま
2024-11-13 19:01:03
1794文字
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【宗戴】間違えないで

花吐き病の宗戴のやつ。

「宗雲さん。兄さんに会ってほしいんです」
 白昼のウィズダムに訪れた雨竜は、蒼白な顔のまま言った。席にも付かず、早口に言う。寝ていないのか、目は伏せられていた。
 俺は腕を組む。座るよう促した。崩れ落ちるように座った雨竜は、スマートフォンをちらりと見る。連絡を待っているようだった。
「高塔の社長は今、誰とも面会謝絶の入院中と聞いたが」
「はい。病気に……なりまして」
 雨竜は苦々しく言う。これを伝える事自体が、罪であるかのように。
――花吐き病です」
「誰かに片思いしているということか」
「はい」
 花吐き病。現代の奇病で、片思いをすると言葉と共に花弁を吐く。両思いになれば百合を吐いて終わる。それ以外の治癒方法は無い。
 高塔戴天という男が病むにしても、最も残酷なことだと思った。
 俺は表情に出さず言う。
「彼は顔もいい、家柄も申し分ない。正式には結婚できなくとも、愛人に囲って結ばれることはできるだろう。会わせてやればいい」
「それが……誰が好きとも語らないんです」
 雨竜は膝の上で拳を握る。ふがいなさを握り潰すように。兄弟だというのに、語られない孤独を感じさせた。
「僕との朝食中に一輪花を吐いて、それをすぐ飲み込み、それ以降一言も話していません。吐き気がこみ上げるたび飲み込んで、体の中に異物が溜まり……このままだと手術で花弁を取り出すことになります」
 俺は眉を持ち上げる。事態は予想以上に切迫していて、雨竜の心は砕けそうだ。
……なんの花だった?」
「え?」
 雨竜は俺の問いに目を丸くする。俺は指を小さく広げ、特徴を聞き出そうとした。
「花によって相手を特定できるかもしれない」
「すみません、小さな花だったとは思うのですが……そこまでは」
「隠したい花か……
 円満な恋ではない。障害の多い、許されない恋。
 あるいは、解決のできない死者との恋。
 雨竜は頭を下げる。切実な声色。
「兄さんに会って欲しいです。僕では気づけないことに気付けるかも……
「わかった。だが、どんな結末になっても受け止めろ」
……はい」
 俺の予測する最悪な結末では、高塔戴天はこの世から居なくなる。雨竜はそれを知らずに、微かに希望の光を目に宿した。


「ここで待て」
 総合病院の一等病室へエレベーターでたどり着き、俺は雨竜を病室の外に留めた。聞かれれば問題のある会話をするかもしれない。雨竜は聞き分けよく頷いた。
「わかりました。兄さんをお願いします」
 軽くノックをし、病室に入る。後ろ手に扉を閉めた。
「邪魔をする」
 風が頬に触れた。心地の良い秋風。
 戴天がいるはずのベッドは空白だ。
 無理矢理こじ開けた窓から吹く風を髪に受け、戴天は怯えた目でこちらを見た。
「馬鹿……!」
 高層階。閉まっていたはずの窓は何かで叩き壊され人が飛び降りられる隙間を開けている。俺は思考を止め戴天に駆け寄る。蒼白な顔をした戴天の動きは鈍く、窓枠を乗り越え終える前に抱きとめられた。手首を捻り上げ、地面に押さえつける。戴天は苦しげに息を止めた。
「ん、んん……ッ!」
「お前は死を選ぶことだけは無いと思っていたが……何をしている!」
 怒りで俺の目の前が赤くなる。恋をするのもいい。病になることもあるだろう。だが。
「雨竜を遺して逝く気か!」
……っは、はぁっ、はあっ」
 組み敷かれる戴天は、大きく息をする。俺を睨みあげた。
「こ」
 薄青色の花が、戴天の唇から溢れる。
「この感情を知られれば」
 青白い唇から、言葉より雄弁に。
「高塔に残れない」
 俺をはその花に目を見開いた。
「勿忘草……
 一つ一つは小さな花だ。無機質な病室の床に、はらはらと零れ落ちていく。
 花言葉は複数あるが――その名の通り、「私を忘れないで」が有名だろう。
 去っていった恋人を追う言葉。俺の唇が独りでに動く。
……お前は、まだ」
「違う、違う! 私が愛しているのは叢雲だけだ!」
 怒りに戴天は表情を歪ませる。屈辱に、花の種類が変わる。赤い花弁が、血のように口元から溢れていく。
「お前のことなど……何も……!」
 赤いアネモネ。
 その花言葉は。
 俺は戴天を押さえつける力を緩める。座らせてやり、背中を撫でる。
「う、ぐううっ……
 迫り上がる次の吐き気に、戴天は震えた。