よくよく考えてみると、俺も彼も、理想の家族ってものに支配されていたのだった。俺は不義の子の疑いをかけられ、そのせいで母は死を覚悟して婚家から逃げ出て、結局はウタヤで死んでしまった。ミスルンさんは実際に不義の子で、それを理由に死と隣り合わせのカナリア隊に差し出された。俺たちは似たもの同士だった。
俺は父の顔も名前も知らないけれど、それは母が知らせなかったからだけれど、時折彼女を殺そうとした父が恋しくなる。ミスルンさんだって、自分を身勝手な理由で産んだ母や、それに逆らえなかった父を思い出す日があるはずだ。それほどにお兄さんとの関係は良好なものだったし、俺はそれに憧れるくらいだったから。
でも、俺がミスルンさんを羨ましく思うのは、多分身勝手な話なんだろう。彼は自分を卑下するあまり迷宮の主となり、多くの人の命を奪ったのだから。そしてあの人は、それを静かに後悔し、懺悔し続けているのだから。
孤児院の子どもたちが黄金城にやってきたのは、侍女たちが忙しく城を行き交う、そんな朝のことだったと聞いている。冬が近づく足音がする、そんな朝のことだと聞いている。
彼らは大きな荷馬車に乗って城を訪れ、ライオスさんに謁見したようだ。そこで孤児院で覚えた歌を歌い、孤児院で作ったクッキーを渡し、孤児院で織った布を献上し、王への忠誠を誓って感謝を述べた。実際、ライオスさんは孤児院の子どもたちにことさら目をかけていた。多分、迷宮の騒動で父母を亡くした子どもたちが気になったのだと思う。彼はいっとき迷宮の主であったから、あの悪魔に身体を乗っ取られていたから、自分だけ幸せになるのをよしとしなかったのだろう。それくらい、彼は慈悲の目を国民に向けていた。俺はそれに感激した。捨て置かれた子どもたちは、どうしても過去の俺を思い出させたから。
俺はその日、いつも通りに宰相補佐に与えられた執務室で仕事に励んでいた。ヤアドが寄越した仕事は瑣末なものが多かったが(それは俺の能力を見極めた結果なのだろう)、俺はそのどれもに必死になり取り組んだ。彼は政治能力に長けた人で、俺はそんなヤアドの教育を一身に受けていたから。でも、王の間から聞こえてくる軽やかな歌声や、きゃあきゃあとはしゃぐ声を聴いているうちに、俺はいてもたってもいられなくなった。そう、子どもたちに会いたいと思ったのだ。自分が書類に向かい、あるいは交渉ごとをし守っている子どもたちに、直接会いたいと思ったのだ。
(ヤアドは怒るだろうか……)
仕事を放り出して、王の間に行く俺を彼は咎めるだろうか? 俺はそんなことを考えたけれど、結局螺旋階段を降り、子どもたちがいる部屋に向かった。でもその時の俺は、あんなふうに守るべき子どもたちに会いたいと思ったのに、なんとなく気が急いていて、なんとなく落ち着かない気分だった。可哀想な子どもたちを見物に行くような気分で、なんとなく罪悪感があった。
分かっている、俺は自分の傷を確かめたいのだろう。自分と同じ境遇の子どもたちが笑っているのを見て、慰められたいのだろう。家族というものを正当に失った彼らを、俺は羨ましく思っているのだろう。人の不幸なんてさまざまなのに、最低だと思う。でもやっぱり、羨ましかった。俺だって義母であるミルシリルに慈悲深く愛され育てられたというのに、孤児院の子どもたちが羨ましくてしょうがなかった。
でも、俺は王の間を訪れて、打ちのめされることになる。そこには多種多様な人種の子どもたち――トールマン、ハーフフット、エルフ、ドワーフ、ノーム、オーク、コボルトがいた。そしてそんな彼らを受け止めるのはライオスさんだけでなく、これから孤独に生きねばならないさだめを背負ったマルシルであり、俺が残してゆくことになるミスルンさんだったからだ。
俺はミスルンさんを見た時、どうして、と思った。どうしてあなたがここにって、どうして傷口を眺めるようなことをしにって思った。後に知ったところによると、西方エルフが孤児院に出資していたらしいのだが、それでだって、外交官であるパッタドルでなく、彼でなければならなかった理由が俺には分からなかった。
孤児院の子どもたちが去っていったのは、彼らが王付きの料理人たちが作った昼食をとった後のことだった。彼らは笑って去っていった。自分が不幸だなんて、思ってもいない顔をして。
俺はそれを見て、子どもたちに優しい目をやるライオスさんや、マルシル、ミスルンさんを見て、理想の家族に囚われているのは自分だけだと思った。みんなとっくの昔にそれらを乗り越えていて、俺だけがまだ自分の目を憎んでいるのだと思った。
「カブルー? 今日は口数が少ないな。昼食の間も上の空だった」
「そうですか?」
「そうだ。お前はいつも、口から先に生まれたみたいなのに」
俺とミスルンさんは子どもたちが帰った後、執務室で紅茶を飲んでいた。それはミスルンさんが持ち込んだもので、彼は流麗な手つきでそれを淹れてくれる。俺はそんな紅茶に口をつけ、さっきの子どもたちの幸せそうな顔に、家族を失っても強く生きる彼らと違って、成人してもまだ青い瞳にコンプレックスを抱く、母を不幸にした青い瞳が受け入れられない自分を悔しく思った。
「あなたがキスしてくれたら、治るかもしれませんよ。おとぎ話みたいに」
「もう大丈夫みたいだな。よかったよ」
「ねぇ、キスしてくださいよ。駄目ですか?」
するとミスルンさんが笑い、俺の額に口付けてくれる。子どもをあやすようなそれに、俺は少しだけ腹を立て、それよりもずっと彼を愛おしく思った。俺も、そろそろ一人で歩き出さねばならない。この人のように前向きに、迷宮やモンスターに固執するのではなく、この国の未来を考えねばならない。
俺はこっそりと、理想の家族に支配された自分を捨てる決意をする。俺はこの人と生きていきたい。この人を一人残すことになっても、彼と二人で生きていきたい。俺はそう考え、ミスルンさんの手を握った。
「カブルー?」
「今日、屋敷に行っても?」
「……答えは分かっているくせに」
ミスルンさんがまた笑う。今度は子どもみたいに、喜びにあふれた顔で。俺はそれを見て、たとえ理想の家族になれなかったとしても、この人と不器用に生きていきたいと思った。そして人生がついえる時、この人とともにありたいと思った。それが許されるのかどうかは分からない。でも、俺は自分の傷をなぞるのではなく、この愛しい人と、ともにありたいと思ったのだ。心の底から、理想を手にできなくても、少しでもよりよい関係を築きたいと思ったのだった。
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