砂塵
2024-08-27 21:17:38
6304文字
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黒い星【展示サンプル】

9月1日のエアブーオールジャンルイベント「VEGA & GOOD ONLINE-240901-」で公開するアシュクロ短編小説のサンプルです。展示作品。

『黒い星』
アシュトン×クロード
全年齢/20000字程度
サークル:すなばこ
文:砂塵
夏の時節、黒い星がアシュトンを呑み込もうとするお話です。シリアス、ラブラブ、ハッピーエンドのいつものやつです。ちょっとだけウルルン×クロード要素があります。
冒頭約6000字の本文サンプルです。エアブー当日はよろしくお願いします。

 暑い。
 じりじりと肌を焼く日射が容赦なく降り注ぐ、砂漠の中心で。廃墟と化した町を見下ろせる砂丘で、ぼくは魔物を討伐していた。
 血しぶき。返り血。汗でへばりつく防具類。なにもかもが黒く見える。空は、雲一つない晴天なのに。
 は、は、と。自分の呼吸音すら煩わしい。魔物の喉元を剣で突き、声帯を抉るように魔物の上に乗っかり何度も何度も突き刺す。暑さで頭がぼんやりとしている。もう休憩しないといけない。けれど、ぼくの心は休息を必要としていない。とにかく、乾いている。廃墟に群がる魔物たちを根こそぎ殺しても、砂漠のように、心臓は乾いている。
 息絶えた魔物の上から退く。頭の天辺を焼く日差しが鬱陶しくて、空を仰いだ。
 そのとき、はじめて見た。大きな大きな、黒い星を。
 ぼくを焼くのは太陽のはずなのに、頭上にあるのはぎらついた黒い星だった。それは太陽さえも呑み込んでいる。底の見えない、深い深い黒だった。こんな昼間から、星が見えるなんてありえない。だけれどもささやかでありながら燃えているそれは、明らかに星だった。瞬間、察する。これは、ぼくの心なのだ。ぼくの中に巣くう、一つの星なのだと。
 灼熱の空に浮かぶ黒い星はぼくを見下ろしていて、いつ喰らおうかと口をあけて待っているのだ。

 ダンジョンの外に出ると、噎せ返る熱風が顔面を直撃する。先程まで暗がりの地下にいたせいか、気温差で目眩がした。途端に首元に噴き出る汗を服の袖で拭う。夏の盛りだった時期よりは幾分か涼しかったが、暑さの残る季節、まだまだ猛暑は厳しかった。
「アシュトン、大丈夫か?」
 ダンジョンから出たばかりのアシュトンの顔色は真っ青で、唇から血色が抜けていた。この暑さのせいか、最近のアシュトンは体調が良くないらしい。魔物相手に油断をしなければ、剣捌きも変わらないのはさすがといったところなのだが、やはり今日のダンジョン探索はやめておいたほうが良かったかもしれない。ダンジョンに潜ったのはいいが、結局祓い落としの方法も見つからなかった。アシュトンはぼんやりした目で頷くばかりだった。ただでさえ普段から顔色が悪いのに、蒼白の頬はいつも以上に色がない。水筒と岩塩の欠片を渡すと、アシュトンは大人しくそれらを口に含んだ。
「早く宿屋に戻ろうか。その前に、アシュトン、手甲だけでもいいから防具を脱いでくれ。そのままじゃ暑いだろう?」
 彼は力無く笑って「大丈夫だよ」と言うが、顔色は悪いままだ。脱水症状でも起きているのかもしれない。防具を脱ぐのを拒否するので、アシュトンの腕を掴んで体を支えた。
「大丈夫だよ。そんなに具合悪く見える?」
「見えるからこうしてるんだよ。倒れられたら困るし。ほら、ギョロとウルルンも心配してるぞ」
 アシュトンの背後で二匹はふぎゃふぎゃと鳴いている。けれども彼はどことなく心ここにあらずといった態度で、相変わらずぼんやりとした目で僕を見つめるだけだった。その視線に気づかないふりをして、前を向く。暑さのせいで、アシュトンもおかしくなっているのかもしれないな。
 腕から伝わるアシュトンの熱がどことなく冷えていて、心配になる。早く宿屋に連れて行ってあげないと。眩しすぎる太陽の下、アシュトンの体を支えながらクロス城下町へ歩を進めていった。
 宿屋に着いてから、自分のことよりアシュトンの防具を脱がせるのを優先した。一人でできると抵抗されたが、力も入れられないようだったので強行した。汗で蒸れた防具、汗を吸って重くなった衣類。やはり脱水症状を起こしているのかもしれない。軽装に着替えさせて、寝台に座らせた。麦茶を入れたコップに梅干しを投入して渡す。「大丈夫なのに」と苦笑するアシュトンを放って、汗で濡れた防具や衣類たちを一旦窓際で干した。少し休んだら洗っておこう。そこまで終わらせてから、自分もジャケットや防具を脱いで、アシュトンのほうへ振り向いた。アシュトンは麦茶に口をつけながら僕の動向を窺っていたらしい。目が合って、少し照れくさかった。
……どうした? アシュトン」
「いいや、なんでも」
 ふ、と微笑まれるので、かけるべき言葉を見失ってしまう。アシュトンはこの夏の間、切ない笑みを時折溢しては僕を惑わすのだった。
 みんなと駆け巡った壮大な旅の後、アシュトンと僕は自然と手を取り合って、祓い落としの方法を探す旅に出た。アシュトンも無事で、ギョロとウルルンも無事でいられるような、祓い落としの方法を探す。そんな途方もない旅をもう一年も続けていた。地球に帰還する道を選ぶこともできたが、アシュトンに責任をとらなければならなかったし、なにより僕自身がアシュトンと共にいたかった。祓い落としの方法を探すという理由もあれば、アシュトンは嫌とは言えないだろう。そんな打算的な思惑もあった。僕は、いつまで経っても素直になれない、ずるい子どものままだった。それでも良かった。僕は、このエクスペルでアシュトンと旅を続けていたい。本人に話してしまえば、関係性が壊れそうだから言わずにいる。アシュトンは優しいから、自分のことは構わず地球に帰れと言うだろう。彼の口からそんな言葉、訊きたくなかった。僕が望んだのだ。エクスペルで、彼と共に旅をすると。
 スプーンで梅干しを崩しているアシュトンに、今後について相談する。
「アシュトン、暑さがマシになるまで探索は休まないか?」
 アシュトンは梅干しを崩す手をとめて、一度麦茶を飲む。濡らした唇を開いて、小さな抗議を紡いだ。
「なに? そんなにぼくのことが心配なのかい? ぼくなら大丈夫だよ」
「そうは言っても、この暑さはさすがに参るよ。アシュトンのことだけじゃなくて、僕もちょっとしんどいんだ。ウルルンなんてバテちゃってるし」
 アシュトンの後ろで、元気なギョロと比べてウルルンは明らかにぐったりしていた。寝台に寝そべり、目を瞑っている。ウルルンの頭を撫でると、弱々しい鳴き声を漏らした。ウルルンの鱗はひんやりしていて気持ちがいい。ウルルンにも麦茶をあげると、勢いよく飲み始めた。ウルルンのつらそうな姿を見て、アシュトンはハッとした表情になった。二匹のことを誰よりも知っているアシュトンが気にかけてあげられなかったほどだ。アシュトンも参っているのだろう。
「な? いいだろ?」
…………でも」
 アシュトンは深く項垂れた。髪の毛が彼の目元を隠す。ゆっくり口を開閉して、噛んで。彼の唇の動きをじっと見ていた。やがて、しっかりと言葉を紡ぐ。
「分かった。潜ってる途中に倒れたら大変だしね」
 どことなく、彼の言いたいことではないと感じた。けれど、どうしてそう感じたのか理由が分からない。アシュトンの、どこか諦念を含んだ表情がそう思わせるのか、汗で蒸れた匂いがそう思わせるのか、僕には判断がつかなかった。「じゃあそうしよう」とだけ返答して、アシュトンから視線を外して軽装に着替える。背中に感じる視線を無視した。彼が時折向ける視線を直視する勇気が、いまだに持てなかった。

 夜になって、夕飯を食べてシャワーを浴びても、アシュトンは元気がなさそうだった。やはり暑さで参ってしまったのか、終始ぼんやりとしていた。疲れてるんじゃないか。今日は早めに寝た方がいいな、と声をかけると、あどけない様子でうん、と頷いていた。アシュトンが寝台に横になるのを見て、僕も寝入る。暑苦しい夜だったが、眠りに入るのは一瞬だった。僕も相当疲れていたらしい。深い眠りに沈んでいく。そのまま朝まで眠りそうな夜だった。
 ふ、と意識が浮上した。どうして目が覚めたのか分からない。夜闇の中から、強烈な視線を感じる。なにかが、僕を見ていた。暗闇の中でもはっきりと分かった。強い視線を目でなぞっていくと、爛々と輝く緑の目と合った。ほっとした。なんだ、アシュトンか。
 彼は僕の枕元に立っている。アシュトンは僕を見ているのに、僕を見ていなかった。僕を通して、なにかを見つめていた。怯えと、深い絶望がある気がして、上半身を起こしてアシュトンに呼びかける。
「どうした、アシュトン?」
 彼の名を呼んだのに、反応が無かった。幽鬼のようなアシュトンに、背筋が凍った。早めに彼を呼び戻さなければいけないと直感し、急いで起き上がりアシュトンの肩を揺さぶる。アシュトン! 強く呼びかけると、目の焦点が合ってきた。
……クロード?」
 状況を理解できないのだろう。幾度かまばたきをして、深く息を吐いた。口元に手を寄せ、体を震わす。なにかに怯えているような挙動だった。
…………あれ? ぼく、一体……
「疲れてるんだろ。眠れないのか?」
 アシュトンは眉間に皺を寄せ、困惑しきりだった。なんだか迷子になった子どものようで、放っておけない。アシュトンの頭を掴んで、僕の寝台に引き寄せた。寝台にもつれこんだアシュトンは、「え、え!?」と動揺している。愉快になって、ふは、と笑ってしまった。
「もうこのまま寝るんだ、アシュトン」
「で、でも……!」
 アシュトンの頭を撫でる。美しい栗色の髪の毛は、寝癖もついておらずさらさらと心地よい感触がする。可愛い大型犬みたいだ。少しかき乱して、頭の天辺から髪の毛の先まで触れる。目元を紅く染めて恥ずかしがっているアシュトンが可愛くて、その丸い頭をかき抱いた。何度も何度も頭を撫でていると、やがて諦めたのか、僕の背中に手を回してくれる。熱帯夜なのに、暑さが気にならなかった。アシュトンの、少し低い体温がそう思わせるのだろうか。
「おやすみ、アシュトン」
 君に穏やかな夜が訪れますように。そんな願いを込めて、アシュトンの耳元にそっと囁いた。

 気がつくと、僕も眠りこけてしまっていた。起きたのは日が昇ってから、隣の体温が消えた時刻だった。アシュトンがいない。昨日の出来事があっただけに不安になった。髪を整え、軽く身支度をして宿屋を出る。ついでに朝食のパンでも買ってこよう。
 アシュトンは宿屋のすぐ傍にあるベンチで黄昏れていた。探す必要がなくてほっとした。まだ眠いのか、目を細めて日光浴をしているアシュトンに声をかける。
「アシュトン、パン買ってくるけど、一緒に行くか?」
 ふ、と。アシュトンが僕を見上げた。アシュトンの目はいつもの緑色ではなく、怪しい紫色に光っている。目の前にいるのは、アシュトンではなかった。
……ウルルンか」
「そう残念がるな。すぐに返してやるから」
 ギョロとウルルンは、滅多にないが、時折こうしてアシュトンの体を借りて行動することがある。今回アシュトンに憑依しているのは、青い鱗のウルルンらしい。ウルルンがベンチの端に寄ったので、隣に座った。すると、ウルルンは僕の顔の輪郭を指先でなぞる。アシュトンの顔が近くにあって、不意にどきりとしてしまった。
「なんだ? 甘えたいのか?」
「ふふ……本当は此奴にこうされたいくせに、鈍感なふりをしおって」
「ウルルン……からかってるなら怒るぞ」
 ギョロとウルルンにはどこまでバレているのだろうと内心焦る。この二匹に悟られるほど、僕は分かりやすいだろうか。アシュトンには悟られていないはずだ、と信じたい。ウルルンは軽装の首元をぱたぱたと仰いで、ふう、とわざとらしく息を吐く。
「この夏は暑くてかまわん。朝は幾分かマシだが……
「ああ……ウルルンは暑いのが苦手だもんな」
 ウルルンはにやりと蠱惑的に笑う。普段アシュトンが見せない笑みに、心臓が跳ねる。突然、首元を掴まれて引き寄せられた。アシュトンの体臭が鼻腔を擽る。キスをされそうになって、咄嗟に突き飛ばした。突き飛ばされたウルルンはくく、と笑って平然としている。
「どうだ? 今だったら此奴を好きにできるぞ。好きにしたいのだろう?」
…………アシュトンの顔で、僕を惑わすな」
「まったく、じれったい奴等だ」
 不機嫌になった僕とは違い、ウルルンは実に楽しそうだ。魔物とはここまで性格が悪いのだろうか。可愛いという認識を改めなければならないな、とアシュトンが憑依されるたびに思う。しばらく二人して黙り込む。朝の爽やかな夏の風が、緑葉を運んでくる。空の青は薄く、これから真っ青になっていくのだろうと予感させる。静かな朝だった。
 やがて、ウルルンが口を開く。
「忠告だ」
……忠告?」
 物騒な言いように、思わず眉間に力を込めてしまう。ウルルンはなんともないように、淡々と語り続けた。
「今まで気づかなんだが、どうやら此奴は黒い星を宿してるらしい」
……黒い星? なんだいそれは」
 なんの話か分からず問う。ウルルンは皮肉っぽく笑った。
「黒い星は、此奴を喰らおうと夏の間中見下ろしている。連れ攫われないように気をつけるんだな」
「なんだって? それは……
 それは魔物のような存在なのか? そう問おうとした。しかし、アシュトンの目の光が弱まり、緑色に戻る。ウルルンが肝心なところで引っ込んだのだ。アシュトンは幾度かまばたきをして、ゆっくり僕を見る。首を傾げて、不思議がっていた。
「あれ? ぼく、なんでここに……
……アシュトンか?」
「え? うん。当たり前じゃないか。変なこと訊くなよ」
 ふあ、と大きく欠伸をして、「朝って過ごしやすいんだねえ」と呑気にしているアシュトンとは反対に、僕は心臓が喧しく鳴っていた。ウルルンによると、アシュトンを苦しめている理由がなにかしらあるらしい。どうにかして理由を探り出したいが、アシュトンが応じるかは怪しいところだ。もし僕に気づいてもらいたいなら、アシュトンは既に僕に相談しているはずだ。それとも、相談できないほど、自分は頼りない? ……後ろ向きになるのはやめよう。今は、前にある問題に目を向けなければ。
 まずはアシュトンの様子を注意深く観察する。朝のアシュトンは軽装なのも相まって過ごしやすそうにしていた。パンを一緒に買いに行く。昨日は調子が悪そうだったが、今は落ち着いているようだ。朝陽を浴びて、綺麗な翠玉の目がきらきらと光る。ねえ、クロード。朝食終わったら鍛錬に出かけようか。腕を鈍らせたくないしね。彼の声はピアノの旋律のように美しい。僕が息のしやすい視線と、声。……なにを見蕩れているんだ。それどころじゃないのは分かっているはずなのに。
 パンの入った紙袋を持っていると、アシュトンが横からかっさらって持ってくれた。良い匂いだね、クロワッサン。いつものとおり優しく微笑むアシュトンに、ほっとする自分がいる。昨日の夜のアシュトンは、やはり少しおかしかったかもしれない。じゃあ、なにがアシュトンを狂わせているんだ? ……黒い星?
「なあ、アシュトン……
「ん?」
 黒い星って、知ってるか? そう尋ねればいいだけの話なのに、言葉が出てこなかった。今ここで問いただしても、まともな返答をもらえるとは限らない。もっと用心深くアシュトンを観察してからでも遅くはないだろう。なんでもない、と首を横に振ると、変なクロード、と笑われる。胸が痛んだ。アシュトン、君はどんな苦しみを抱えているんだ。その傷口を、僕に見せてはくれないか。無性に抱きしめたくなって、けれど人目もあって……人目がなくても、そんなことできやしないのだけれど。
 君が苦しまないように、すべてを退けてあげられたらいいのに。ちっぽけな僕は、隣に並んで歩くしかできなかった。