砂塵
2024-08-27 16:05:11
2381文字
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水隠り【ネップリサンプル】

9月1日のエアブーオールジャンルイベント「VEGA & GOOD ONLINE-240901-」で公開するアシュクロ短編小説です。当日にはセブンイレブンのネットプリントでコピーできるようにします。

『水隠り』
アシュトン×クロード
全年齢/A5/12p(コピー代はまだ不確定です)
サークル:すなばこ
文、その他:砂塵
EDから約二年後。海沿いのホテルでゆったりとした時間を過ごす二人の話。描写メインやおい小説です。
冒頭約3pの本文サンプルです。エアブー当日はよろしくお願いします。

「なあ、この近くにホテルがあるらしいんだ。行ってみないか?」
 海沿いにあるハーリーの宿屋で、のんびり朝食を摂っていたときだった。窓の外から海鳴りが聞こえている。今日も出来映えの良い目玉焼きをつつきつつ、クロードの話に耳を傾けた。
「ホテル? ハーリーに?」
「ううん。ハーリーから少し行ったところにあるらしいんだ。話を訊いた感じだと、リゾートホテルみたいな印象だったな」
「リゾートホテル……?」
 あまり耳馴染みのない言葉に、首を傾げる。クロードが「まあ、泊まるのを楽しむタイプのホテルかな」と付け足した。なるほど、普通の宿屋より歓楽的なホテルなのか。クロードは蒼い瞳をきらきらと輝かせ覗き込んでくる。
「次の目的地もまだ決まってないし、たまには息抜きで行ってみないか?」
 祓い落としの方法を探す旅に出て、二年と少し。いまだ目的の方法は見つからず、ダンジョンに潜っては項垂れる日々だった。進展はまったく無く、途方もない旅を続けている。けれどもぼくとしては、表向きの理由でしかなかった。クロードは一生懸命祓い落としの方法を探してくれているが、ぼくは見つからなければいいと思っている。見つからなければ、クロードはずっとぼくの傍にいてくれるから。
 ぼくは最後の一口を口に放った。
「いいよ。ちょっと興味あるし」
 提案を受けると、クロードは目を細めて破顔した。朝ご飯を食べ終わったら早速準備しよう。楽しげに話すクロードを見ていると、ぼくも気分が良い。ギョロとウルルンも心なしか嬉しそうだ。
 そうしてぼくたちは、旅の準備をしてからハーリーを出立した。昼はもう過ぎていて、予定よりハーリーを出るのが遅くなってしまった。夏の日差しが強いので、日除けの帽子を被り、バーニィに乗って海沿いを走る。バーニィに乗っていると海風が体に当たり、涼しい。歩いて行くより汗が引いていった。真夏の陽光が海の表面を撫で、光の粒子を撒き散らしている。各地を巡ってはいるが、一人旅をしていた頃はあまり海沿いを歩かなかったので新鮮だった。クロードに出会ってから、ぼくの世界は急速に広がっている。
 噂のホテルに着いたのは、日の暮れる時刻だった。水平線に太陽が沈んでいく。空は紅色に火照り、反対の空には薄らと三日月が昇っている。建物の壁は木製で、白く塗られていた。海辺に建てられているのですぐ痛まないか気になったが、よく見ると壁一面に巨大な紋章が描かれている。地の紋章で痛むのを防いでいるのかもしれない。ホテルのロビーに入ると、カウンターに中年の女性がいた。髪を後ろでひっつめているが、きつい印象はなく、優しい目元の女性だった。鮮やかな緑色のワンピースに、白いエプロンを前にかけている。よく見ると、裾にレースがついてあって、控えめな華やかさがあった。かといって華美すぎることもなく、目に痛くない。ホテルのロビーも、老朽化はしているが手入れは欠かしていないようで、壁には向日葵やムクゲなどの夏の花が飾られていた。その清潔さは、どことなく海の中を彷彿とさせる。
「いらっしゃいませ。二名様ですか?」
「はい。二泊三日くらい泊まっていきたいのですが……
 対応する女性に、クロードは伝えた。二泊三日もこのホテルで過ごすのか。日程はあらかじめ相談されていなかったが、特にすることもないしいいだろう。雰囲気も良いし、照明で使われている洋燈も趣味がいい。ここで旅の疲れを癒やせたらいいなと呑気に考えていた。
 女性がカウンターから出てきて、部屋まで案内してくれる。カウンターの脇にある短い螺旋階段をのぼる。ぼくらの部屋は二階の右端だった。「今日はお客様が少ないのですよ」と女性は教えてくれた。誰にも邪魔されずのんびりできそうだ。二階の右端の、白い扉の前に立ち、クロードに部屋の鍵を渡していた。
 「七時になったら夕餉をご用意しますので、下のテラスに、裸足でどうぞ」
 夕飯の時間を予告して、女性は階段を下りていった。ぼくたちは顔を見合わせて、鍵穴に細長い真鍮の鍵を差し込む。かちゃり、と抵抗なく扉が開いた。白い扉の向こうは、広めのベッドが二つと、海の見えるベランダが設置されている。ベランダにはチェアが二つあり、その真ん中に白い円形のテーブルが置かれていた。窓を開けると、すぐにベランダに行ける仕組みになっている。雄大な海の景色に圧倒され、胸がどきどきした。はしゃぐ心を抑えられず窓を開けてベランダに出ると、日が落ちかけている紫の海が広がっている。白い柵に手をかけて、潮風を存分に浴びた。クロードが隣で柵に肘をついてぼくを覗き込んでくる。
「気に入ったかい?」
「うん。こんなに綺麗な海、見たことないよ」
「僕も。地球では、あんまり海を見たことなかったから……
「ぼくも同じ。ぼくの故郷は砂漠の中にあったからさ。海とは無縁だった」
 他愛も無い話をして、二人で顔を見合わせて笑う。部屋の探索はこの辺にして、裸足になって下にあるというテラスに出た。ダークブラウンの木材で出来た広い床に、白いテーブルとチェアのセットが六台置かれている。海との距離が近すぎる気がした。すぐ目の前に、海の白い波があって――ざざ、とテラスの床を濡らしていった。クロードが下穿きの裾を捲って前へ出た。彼に倣って、ぼくも裾を捲ってついていく。海の波に素足を晒すのが、少し怖かった。ぼくに背中を向けて海を眺めているクロードの影は深い。水平線には、日の没した光の線だけが浮かび上がっている。まだ夜空は明るいが、やがて星の齢が訪れるだろう。クロード、と名前を呼ぶと、ん、と返事をして振り返ってくれる。生白い素足が、黄昏時に映されていた。潮はクロードの足首だけではなく、ぼくの足までさらっていく。夏の夜の、海の温度は少し温かった。