砂塵
2024-01-03 16:20:29
2664文字
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モチベ上がんないから途中経過公開【アシュクロSS】

モチベが上がらないので途中経過公開します。アシュクロブロマンス(CP未満になる予定)。全年齢。

 ひたすら無心でまな板の上の魚に包丁を入れていた。滅多にお目にかかれない高級まぐろだ。指先が緊張で固まりそうになるが、手はどうやら捌き方を覚えているらしい。血生臭い腸を抜き取り、できるだけ丁寧に解体していく。ここで焦ってしまっては元も子もない。
 どういうわけか、ファンシティの見世物であるクッキングマスターに挑戦していた。クッキングマスターで勝利すれば高級な食材がもらえる。仲間たちが高級なものを食べてみたいと言いはじめ、白羽の矢が立ってしまったのがぼくだった。いつの間にか仲間内で調理担当にされていたのが運の尽きだった。
 料理は嫌いではない。正しい順番、正しい量を守り、黙々とこなしていくのは性に合っていた。レナも調理はできるのだが、まだ練習途中らしくよく失敗している。そこで確実性の高いぼくが出場することになった。最初は人前に立つと緊張してしまい、普段はしないミスばかりをしていた。しかしさすがにこれだけの回数をこなしていると人前に立つのも慣れてくる。クッキングマスターでは着実に勝利を重ねていた。
 高級まぐろなだけあって赤身は艶やかで血色が良い。握った酢飯の上に赤身を押しつけ、皿にのせる。ちょうどよく時間切れのホイッスルが鳴った。勝者でぼくの名前が呼ばれ、紙吹雪が舞う。今回もどうにか勝利できた。ほっと胸を撫で下ろすと、客席から馴染んだ声が聞こえてきた。
「お疲れ、アシュトン!」
 声の主をステージから見上げると碧の目と合った。頬を紅潮させているクロードが大きく手を振ってくれる。少し照れくさかった。
「たまたま運が良かっただけだよ」
 彼に手を振り返してそう言った。仲間たちが喜んでくれるなら頑張ったかいがある。今日はもらった高級食材で腕を振るわないとな、などと夢見心地の世界でぼんやりと考えていた。

 宿屋のキッチンを借りて皆に寿司を振る舞った夜。寝室でようやく息をついた。花の形をした洋燈が白いシーツを黄昏色に染めている。同室のクロードは上着を脱いでラフな格好をしていた。細身な印象がある彼だが、上着を脱いだ腕はしっかりと鍛えられている。ぼくとは違った筋肉の付き方だ。クロードに倣って服を脱ぎたいが、身体が重く、少しの間寝台に座ったままでいたかった。
「服脱がないのか?」
「んー……、ちょっと疲れちゃって」
「アシュトンもそんなことあるんだな」
 クロードは首を傾け、小さく笑う。随分小悪魔的だ。爽やかな印象があるのに、ふと見せる笑顔には影がある。どこか含みのある笑い方をする彼に皆が惹きつけられる。ぼくもその一人だった。
「脱がせてあげようか?」
「ええ? や、やめてよ。子どもじゃあるまいし」
「いいって。僕とアシュトンの仲だろ。それに、別に子ども扱いしてるわけじゃない」
……じゃあ、手甲だけ」
「任せてくれ」
 クロードな慣れない手つきで手甲の拘束を解いていく。ぼくよりも手の動きが遅く、少々擽ったい。拘束が解かれ、手甲があっさり手から抜けた。クロードは両手で手甲をサイドテーブルに置き、次に保護用の手袋を脱がせてくれた。
「手甲だけでいいのに」
「いいからいいから」
 目を細める彼の機嫌が妙に良かった。手袋の指先を掴んでゆっくり引き抜いていく。汗を吸っているのに、手袋に触れるクロードには躊躇いが無かった。手袋が引き抜かれ、ようやく片手が自由になる。もう片方の手の拘束もクロードが解いていった。
「汗で蒸れてるから臭いでしょ」
「と言ってもなあ、僕も同じようなものだし……。慣れてるよ」
 両手の手甲と手袋を外してくれたが、どうしたことかクロードはぼくの手をいじっている。手の平の皺をなぞる指先は爪が綺麗に切りそろえられていて、清潔な印象のクロードらしい。グローブを外した彼の手の皮は繊細で、眩しい白の甲にはしっかりと骨が浮き出ていた。そんな手が、ぼくの手の皮膚を伸ばしたり、指を絡ませたりして遊んでいる。無邪気な戯れがむず痒い。うまく伝えられなくて言葉にできずにいると、彼が先に呟いた。
……綺麗だな」
「なにが?」
「アシュトンの手」
 驚くぼくを華麗に無視して、クロードは手の平の皮膚を真剣に指先で撫でている。なんだか妙な汗が出てきそうだ。
「綺麗なわけないだろ? 剣握りすぎて豆潰れてるし、古傷ばかりだし、皮膚も分厚いし……
「なに言ってるんだ。綺麗だよ」
 ぼくの手が綺麗なはずがないのだ。レナやセリーヌさんの手ならまだしも、幼い頃から剣を持ち続けた戦士の手が綺麗であってはならなかった。クロードも知らないだけで、多種多様な命を奪ってきたこの手は穢れている。なのに、どうしてそんな美しい青でぼくの手を見つめているのか。
 断言する彼を否定したら傷つけてしまうだろうか。不安になったぼくの口から出てきたのは、しょうもない言葉だった。
「分かった。クロード、甘えてるんだろ」
 案の定、クロードは機嫌を損ねて口をへの字に曲げた。
「甘えてない」
「本当に?」
 撫でる手をようやくとめてくれた。素手で触れ合う彼の温度は優しい。剣だけではない、様々な武器を握ってきた手だ。ぼくとは違った感触がする。綺麗なのはどちらなのか。そんな簡単な答えですら、彼には見えていないらしい。
 指を絡ませた。ゆっくりとまばたきを繰り返す蒼穹の目に、答えを教える。
「クロードのほうが綺麗だよ」
 けれど彼は納得できなかったようだ。洋燈の色と混ざり合った青は複雑な色彩を奏で、険しい顔つきで俯く。
「そんな言葉が聞きたいわけじゃない……
 どことなく彼の様子がおかしい。夜の影が深くなる、そんな不吉な予感がする。身体を起こして覗き込むが、影が暗すぎて彼の表情が見えなかった。
「どうしたの? クロード」
 問うと、絡んでいた手は逃げるように引っ込められた。
……なんでもない。僕は先に寝るよ。アシュトンも早く着替えて寝ろよ」
 クロードはそれ以上の問いかけを拒絶して毛布に身体を埋める。そっぽをむいた白いうなじを見つめるしかない。どうしたら良かったのだろう。また、間違えてしまったのだろうか。でもこれだけは本当だ。
 クロード、君は綺麗だ。
 君が否定しても事実は尻尾のようについてくる。その事実は確実にぼくの心の蝕んでいる。君から目を逸らせない自分がいる。それだけは真実だった。
……おやすみ、クロード」
 ようやく立ち上がって着替えた。装備を外しても身体は鉛で、ひたすらに重かった。