砂塵
2016-12-25 01:09:20
4769文字
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執筆家の贈り物

第三回文アルワンライに参加させていただきました!お題は【クリスマス』です。同じ会派の四人がわちゃわちゃしたり、最初の頃から一緒に戦っている秋声とオダサクが夜道を歩いたりしてます。腐成分はありません。 #文アル版深夜の真剣文字書き60分一本勝負

現在、秋声は暗鬱だった。

「どうして僕がこんな格好……




 秋声は全身鏡に映る自分の情けない姿に、暗澹たる想いがたちこめていくのを感じた。曇天がかかるように、心が鈍くなっていく。げんなりしてため息をついた。
「しゃーないやろ。わしら一番の先輩やし。それに飛びっきりのサプライズってことでええやん!」
「君はいいのかもしれないけど……
 暗くなる秋声とは対照的に溌溂としている織田は、だぼだぼの衣装に着替えている最中だった。
「なんで僕がサンタなんだ……
 赤い服に赤い帽子。所謂サンタの姿をした秋声は、思わずこめかみを手で押さえた。トナカイの衣装を颯爽と着た織田は、鏡の前で落ち込んでいる秋声の両肩に両手を乗せる。
「よく似合ってるでー?」
「嬉しくない……
「ほい、おひげ」
「うぐ……
 背後から白い髭をつけられた秋声は、ヒキガエルのような声を出し、顔を顰めた。
「穴があったら入りたい……
「大丈夫やって。秋声を馬鹿にする奴なんておらん」
「確実に島崎が取材を要求してくるだろうけど」
「それは……まあ、ご愛嬌ってことで!」
 秋声は再び深い息を吐いたが、気持ちに踏ん切りがつきそうだった。鏡に背を向け、織田に向き合う。
「仕方ないね……。どうせやるしかないんだろ?」
「せやな!」
 織田は赤い球体を鼻につけて笑った。トナカイの鼻のようだった。織田は「間抜けなやっちゃなー」とぼやいたが、実に楽しそうにしている。
 秋声と織田が珍妙な格好をしているのは、図書館でクリスマス会なるものをするからだ。司書は最初の頃から一緒にいる秋声と織田に、サンタ役とトナカイ役を命じ、司書が用意した贈り物を配る任務を課した。秋声は眉間に皺を寄せ、織田は陽気に笑って、承諾したのだった。

「秋声、オダサク、出番だよ」
 扉の開く音がしてそちらに視線を注ぐと、中野が穏やかな表情でひょこりと顔を出した。
「二人とも、いい格好してるね」
「それは皮肉かい?」
「まさか。すごく似合ってるよ」
 中野は遠回しに意見を言ってくる傾向にあるが、今回はまっすぐに自分の思いを伝えているようだった。それはそれで複雑な気持ちになるのだが、秋声はもう何も考えないことにした。
中野が部屋に入ると、続いてもう一人が中野の後ろについて入ってきた。
「まったく、なんで俺が準備なんて手伝わなきゃなんねーんだよ」
「たまにはいいんじゃないかな。それに秋声とオダサクをサポートするのも僕たちの役目だよ」
「そんな役目かってでた覚えはねーな」
 黒帽子に金髪が映えるその姿は中原のものだ。中原はいかにも面倒だといった表情だったが、俺を視界に入れると、にまにまといやらしく笑ってきた。実際年齢より幼い見た目をしている中原の顔が、更に幼く見える。
「徳田ぁ……なにそれやべーかっこしてんな! ひひ! おもしろすぎだろ!」
「はあ……君はそういう反応すると思ったよ……
「そんなしけた顔してんじゃねーよ! サンタさんがそんな不機嫌そうにしてたらガキが泣いちまうだろ!」
 爆笑しながら中原は秋声の背中を遠慮せず叩いた。その勢いで秋声はよろめく。背中がじんわりと痛い。
「なあなあちゅーや。わしは? わしはどうや?」
「お前はさすが板についてんなあー。その姿で酒ついでくれたらもっと面白いと思うぜ?」
「結局酒かいな!」
 豪快に笑う織田と中原の声に頭を痛めながら、秋声は部屋の片隅に投げておいた自分の鞄を手にかけた。
 織田、中野、中原と会派を組んでからしばらく経つ。織田とは最初の頃から一緒に戦っているため大分慣れたものだが、中野、中原はそうではない。中野は会派二を率いていた経験があるが秋声や織田と組んだことは一度もなく、中原に至っては今いる文豪と比べても遅くにやってきた。二人は慣れない環境下でも真剣に戦い、時には仲間を支援した。
 少しくらい労ってもいいはずだ。
 秋声は深海の色をした鞄から、色鮮やかな紙に包装されている箱を取り出した。
「はい……二人に」
 中野と中原に箱を差し出した。長方形の、両手に収まる程度の大きさだ。包装紙の色は気にしなかったため適当だ。二人はきょとんとした顔をして、瞬きを数回繰り返している。
 二人はおずおずと差し出された箱を受け取った。 中原が遠慮がちに受け取ったのは少々意外だった。
「秋声……これは?」
 重治が静かな口調で尋ねてきたが、驚きを隠せていないようだった。
「なにって……一応、クリスマスプレゼント」
「でも僕、何も用意してないし……
「お、俺も……
 戸惑っている二人を見て、微かに息を吐いた後続けた。
「別にいいよ。これは普段頑張ってる二人への、個人的な贈り物なんだから」
 それだけ告げると、中野は顔を綻ばせる。
「ありがとう……嬉しいよ」
 温厚そうに笑う中野とは対照的に、中原は無言で俯いていた。
「中原……気に食わなかった?」
……バカヤロー! んなわけねえだろバーカ!」
 秋声の言葉に中原は食い気味に突っかかった。勢いよく上げた顔は鼻が赤くなっていて、目に涙を溜めている。袖で思いきり目元を拭い、ふんと胸を張った。
「仕方ないからもらっといてやるよ!」
「それならいいんだけど……
 中原の様子に思わず笑うしかなかった。中野も控えめにくすくすと笑っている。
 二人に喜んでもらえてよかった。
「秋声、この中に入ってるの、聞いていいかい?」
「いいよ。と言っても、二人とも万年筆なんだけど。中野のは緑の万年筆で、赤のインクが入ってる。人の作品を赤ペンでチェックしてるって前言ってたから、赤インクのほうがいいかなって思ったんだ。中原のは黄色の万年筆。茶色のインクを入れといたから」
「茶色? なんで茶色なんだよ」
 中原は訝しげに聞いた。秋声は表情を変えず淡々と伝える。
「中原の作品って……僕はあんまり読んだことがないんだけど、秋っぽいなって思ったんだ。作品ってさ、その人の色が出るだろ? 中原はこの色だと思った。だから茶色」
 中原は唇を引き結んで、そしてまた秋声の背中を強く叩いた。
「よく分かってるじゃねーか!」

 静かだな、と思いふと織田に視線を投げると、秋声と目が合った瞬間にまりと猫の笑いを見せた。
「しゅーせー先生、後輩想いなんやなあ」
「う、うるさいな。別にどうだっていいだろ」
「わしはごっつええと思うわあ」
 そう言われてしまうと、自分のやっていることは実は恥ずかしいことなのではないかと疑ってしまう。軽く頬が熱くなるのを感じた。
「なあわしには? わしにはくれへんの?」
「君にはない」
「ひどいわ! しゅーせー先生の鬼畜っ!」
「ほら、用事は済んだし、さっさとみんなのところに行くよ」
「はー……そりゃないわ先生……めっちゃ落ち込むわ……
「はいはい」
 今度は皆に渡す分の贈り物が入った思い袋を肩に担ぎ、四人揃って部屋を出た。中野が最後に出て、扉を閉めると、小さな声で秋声に話しかけた。
「今度は僕たちにも何かプレゼントさせてくれよ?」
 その言葉を聞いて、心に小さな火が灯った。
 火はこんなに揺らめいていて、美しい。
「じゃあ、楽しみにしておこうかな」
 秋声はそう返し、仲間たちに目を細めて微笑みかけた。




「はーっ! 寒っ!」
 クリスマス会を終え、私服に着替え直した秋声と織田は、夜の街を闊歩していた。織田は身を震わせながら手に息を吐いている。
 手袋をつけたまま息を吐きかける意味はあるのだろうかと疑問に思った秋声だったが、あえて口出しせずマフラーに口元を埋めた。
 クリスマス会は大盛況だった。特に新美や宮沢は目を輝かせてクリスマスツリーを眺めていた。クリスマス会が終わった後に一部の人間が飲み始めるまでは良かった。中原や若山といった酒乱を筆頭に、凄まじい騒ぎとなった。秋声と織田は、何かつまみでも買ってこいと外に放り出されたのだった。
 コートとマフラーを着て正解だった。冬の夜は体の芯が凍りつく。容赦ない冷風に心の臓がぎゅっと縮こまった。織田が上着をはおらず外に出ようとしていたが、織田にも防寒着を渡したのは良かった。彼に風邪をひかれては困る。彼はこう見えて体が弱いから。
「それにしても、しゅーせー、あれはサンタさんやなくてナマハゲやったで?」
「仕方ないだろ……。ああいう役回りは慣れていないんだ」
 サンタ役の秋声は、織田や花袋らが言うには恐ろしかったらしい。それでも新美は喜んでいたので、結果オーライなのだろうが。
「だって普通、サンタさんが『悪い子はいねがあ』とか言わんやろ」
「うっ……それは反省してるよ……
「まあ、おかげでみんな爆笑しとったけどな!」
 明るく笑い飛ばす織田に、秋声は微かに安堵した。身が凍える寒さだが、吐く息はどこまでも暖かかった。
……楽しかった、うん、まあ」
「せやなあ……。またみんなでできるとええな!」
「そうだね」
 秋声はコートのポケットに手を突っ込んだ。手に当たる感触に、はっとする。
 そうだ。これを持ってきていたのだった。
 秋声はどうすればいいか迷い、けどこれをそのままにはしておけず、仕方なくポケットから取り出した。
……はい」
「え?」
 差し出された箱に、織田は目を丸くした。織田は反射的にそれを受け取り、まじまじと箱を見つめる。秋声は耐え切れずそっぽをむいた。
……これ、なんやの?」
「クリスマスプレゼント」
「え? だってわしのぶん無いって言ってたやん」
「そんなの、冗談に決まってるだろ」
 贈り物を渡すのは、かなり照れが生じた。中野や中原とはまた違う感情だった。織田は最初の頃から今まで、ずっと共に戦ってきたのだ。軽口も言い合う仲だ。秋声は、織田にある程度心を開いている。織田はどうか分からないが、少なくともそう自分は思っている。
だからこそ、正面から渡すのは異様に恥ずかしかった。結局正面から渡してしまったが。
「うわ……すっごい嬉しいわ……
 横目で織田を見ると、心の底からほっとしたような、優しい笑みを浮かべていた。秋声はぶっきらぼうに付け加える他なかった。
「中野たちと同じ種類の万年筆だけど……
「それなら、わしら四人、似たような万年筆持ってるんやな! おそろや!」
「残念ながら僕は持ってないけど」
 秋声は自分の分を買うのをすっかり忘れていた。否、同じメーカーの万年筆を愛用していたのだが、三日前に壊れてしまった。思い出すと落ち込むが、壊れてしまったものは仕方ない。今は現代機器の使い方を覚え、それで執筆しているため必要ないのだろうが、万年筆の書き心地は非常に癖になるのだ。
 織田はいたずら小僧のような笑みを浮かべ、秋声と同じくコートから何かを取り出した。
……これは……
「秋声が使ってる万年筆。壊れたって言ってたやんか。だから同じやつの新しいの買って、それクリスマスプレゼントにしようと思て」
 それは普段秋声が愛用しているメーカーの万年筆だった。秋声のように包装されているわけではないが、新品のようだった。青い色の胴体は手にすんなりと馴染む。
「わしらのも同じメーカーのやつなんやろ? 会派揃っておそろもええなあ」
……なんだ、君も用意してたのか」
「わしはしゅーせーの分しか用意できひんかったけどな!」
 秋声は寒さで鼻を赤くした織田の笑顔につられて笑った。白い吐息は暖かく、口元を覆い隠した。

 まったく君には敵わないな。

 ちらちらと雪を下ろす夜空を仰いで、二人は歩を進めた。


【執筆家の贈り物】