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はっけ
2024-11-13 17:51:21
2678文字
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ツイッターで呟いてた元犬ちごと元社畜うらはらさんの話
長い長い夏が終わって肌寒い秋がやってきたころ、浦原はやっと解放された。
にっくき弊社、もとい元弊社を退職したのだ。麻痺した神経では憎しみも抱かないのだけれど、新卒で入社して約10年よくあんなところにいれたものだ、そして辞めることができたものだと自分で感心する。
労働基準法違反の常習犯で、子どもがぐりぐりとクレヨンで塗りつぶした黒よりも真っ黒な勤務体制、パワハラセクハラあらゆるハラスメントのオンパレード、最低な職場環境を煮詰めたみたいなところ。列挙すればキリがなく就活生へのアピールポイントなんてひとつもない。
転職を決意してから数か月長引く残暑みたいに粘る人事と上司にやっとのことで退職願いを出して膨大な引き継ぎをこなしていればあっという間に秋に差し掛かっていた。
少ない荷物をまとめてオンボロアパートを退去し、3駅隣のマンションに住まいを変えた。新築ではないけれど、比較的最近建てられた鉄筋コンクリート造りのふたりのための城。一護が人間になってひとり暮らし用の部屋が手狭に感じられたのもあるし、一護のためにまともな人間の暮らしができる空間を求めていたのだ。
転職先は今まで働いていた会社の競合企業。
自分がそこそこ優秀である自負はあったし、
ブラックな元勤務先にいたころから何度も勧誘されていたので、退職からトントン拍子に転職が決まり、浦原はこころ晴れやかに引っ越しができた。
幸いなことに転職先はリモート勤務も推奨していて、週に2日ほど一護を構いながら仕事できるというもので。
朝っぱらから休日出勤の電話が鳴り響くことなく存分に眠って目覚めた浦原は、友人の平子を運転手に新居へ物を運び込んだ。助手席で案内を命じられて渋々スマホを見ながらミラー越しに後ろを見やる。後部座席に座った一護はそわそわと落ち着かない様子で窓の外を眺めたり座席をいじったりして、こういうところは犬っぽいなァと再認識するのだった。
少ない段ボール箱を抱えていけば、一往復で荷物の移動は終わる。まっさらな床にへたった座布団を並べて一息ついていれば、引越し祝いに酒盛りを始める様子もなく、平子は何を勘違いしたのか「ごゆっくり」と言い置いてそそくさと帰ってしまった。「犯罪だけは犯すなよ」という余計な一言を付け加えて。
一護の素性を話していないとはいえ大変不名誉な関係に思われている気がする。浦原が大切な家族に手を出すわけがないのに。
最上階5階の角部屋、我ながらよく借りることができたものだ。駅からは少し距離があるけれど、小高い丘に立つアパートのベランダからの景色は見事だった。一護と散歩に行った河川敷も一護を拾った高架下もよく見える。マンションに繋がる坂道の脇、等間隔に並んだ街路樹はもう少ししたら赤や橙の紅葉が始まって、春には桜が咲くのだろう。新しい門出にぴったりだった。
ぷかり、と紫煙を吐き出しながら土曜日の夕方に行き交う人々をぼんやりと観察する。ベランダの欄干に体重を預けていると、背中に呆れたような声がかけられた。これまでもこれからも変わらない同居人の一護だった
「早速吸いやがってゲンジョーカイフクできなくなるんじゃねえの」
覚えたての単語を使って咎めてくるところがなんともかわいらしい。連れ立って訪ねた不動産屋で新たな知識を得て目を輝かせていたことが記憶に新しい。
「なぁって、喜助さん」
一護の方を向かない浦原に焦れたかわいい元飼い犬はもう一度浦原を呼ぶ。
人差し指と中指に短くなった煙草を挟んだままくるりと振り向けば、眉間に皺を寄せた青年がベランダと部屋の境界に立っていた。サッシがふたりを阻むようにそこに横たわっている。
浦原に遮られても鮮烈な西日が一護の輪郭を縁どって、オレンジ色の髪の毛がきらきらと輝く。好き勝手飛び出す毛先がひとつひとつ光を拾って眩しかった。視覚的な明るさだけではなく彼の存在自体がきらめいて浦原に標の光を与えていた。
新築同然のフローリングはぴかぴかと光っていて、直射日光は痛みが早いと言われたんだっけ、と入居初日からのズボラさに小さく笑いが漏れる。
家具も何もない部屋にふたり。
「くせえ」
「まだ1本目なのに?」
「アンタの煙草の匂い嗅ぐと鼻が馬鹿になりそうなンだよ」
「1年以上も一緒にいるから馴れたのかと思ったんスけど」
「犬のときはレンジフードんとこで吸ってたし、俺がニンゲンになってからは吸ってなかっただろ」
「そうでしたっけ」
「そうだよ。無意識?」
「どうでしょ。まァ、今日ぐらいはゆるしてくださいよ。ボクらの新しい家に乾杯ってことで」
「
……
今日だけだからな」
納得のいかない顔で一護はゆっくりと承諾する。なんとも所帯じみた会話だなァ、と所帯を持ったこともないのにこころの中でぼやいた。
使い古した私物は捨てたし、元々備え付けだった家具は持って来れなかった。だから前の家から持ってきた段ボール箱を中途半端に開けても部屋の床はまったく埋まらない。ふたりも人がいるのに相変わらず殺風景な部屋に真っ白なシーツを広げた。
ベッドフレームとマットレスの配達日を明日にしてしまったせいで秋風で冷えたからだを暖めてくれる寝床はない。
蕎麦殻の枕に頭を預けて左腕を伸ばせば、眠たげな一護が浦原の隣にやってくる。自分よりも高い体温が布越しに伝わってじんわりとからだとこころが熱を持っていく。正真正銘のひとの温もりだった。
こんなに薄いとまた風邪引いちゃうんじゃないか、とふと思う。けれども、また一護が看病してくれるなら嬉しいし一護を看病するのも好きだから悪くはない。甘えたな一護サンは特にかわいいから何度でも見たいのだ。できることなら記録に残しておきたいくらい。記録よりも実物の方がかわいいのは当たり前だけれど。
一護は浦原の家族だ。まともに両親も兄弟もいない浦原の、たったひとりの家族。運命なんぞ信じちゃいないが、天からやってきた、ボクのかけがえのない宝物だ。決して傷つけないしどこへともやるつもりはない。そう強く願いを込めて頬を撫でれば、くすぐったそうにしながらすり寄ってくる。からだに染み付いた反射だとしても浦原への信頼と愛情からくる仕草だとしても、いじらしくてたまらない。ここまで手放したくないと思ったのは初めてだった。
「
……
本当にかわいいなァ」
いつになく甘い声色で言葉を紡いだことに気づかないまま、すぐ横で聞こえる穏やかな寝息に浦原も目蓋を閉じた。
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