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みすず
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Rabbit in the RooM
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笙祠と喰斑さん
独占欲
書き物の仕事が重なり、忙しい日々が続いた。
料亭の品書きや個人の好む詩の書き起こし、そして今回は珍しく商品ロゴの依頼もあり、会うのに間が空いた喰斑から「痩せた?」と心配そうに訊かれた笙祠は苦笑いしながら顎を撫でるのであった。
「お前ほどじゃない」
「ん゛ん
……
俺のは元からだよ
……
」
「それも問題だろう」
抱きしめれば骨のあたる喰斑の体を笙祠はよく知っている。食欲が極端に少ないわけではないようだから体質と睡眠不足が影響しているのだろう。あまり煩く言うつもりはないが、心配ならば笙祠のほうもしているのだ。自分と会わない間、喰斑はどれだけ眠れたのだろうか。
「いまは俺のことはいいの。体調に変わりは? 休まなくて平気なの
……
?」
「多少根をつめただけで大して変わらねえよ。お前だって集中作業することはあるだろ?」
「あるけどさ
……
」
納得していない喰斑の顔に、笙祠はさてどうしたものかと目を逸らすように店内を見渡す。
落ち着いた店だ。笙祠はこの店に流れる時間が好きで、殊喰斑が奥でデザインを描き起こしているところを見るのが好きだった。
「
……
新作はあるか?」
「もう
……
まだ取り掛かってないけど、デザインだけはあるよ。見る?」
「いいのか?」
「うん」
手招きする喰斑のほうへ寄っていけば、彼は取り出したスケッチブックをぱらぱらと捲ってから笙祠へ差し出してくれる。
受け取ってわくわくした気持ちを抱きながら見れば、花を意匠にしたアクセサリーのデザインが数ページに亘って描かれている。絵として見ても美しいが、試行錯誤の窺える走り書きもあり、笙祠は目を細めながら指でなぞる。
「いいな
……
これは椿、じゃねえな」
「うん。山茶花。似てるけど椿とは違う華やかさがいいなって。笙祠さんの庭にもある?」
「うちには一重咲きの椿しかないな。咲くにはまだかかる」
「そっか。咲いたら見に行ってもいい?」
「いつでも来たらいい。他の花もあるしな」
花木を好む笙祠の庭にはいつもなにかしらの花が咲いている。いまは金木犀が独特の香りを放っているが、冬も深まれば椿が雪を被りながら咲くだろう。喰斑の感性をくすぐるのであれば好きに来て見てまわればいいと笙祠は思っているし、言っている。職業柄、笙祠が不在にするのは多くないことであるし。
「ありがとう。これ作り終えたらかな
……
遊びに行くね」
「どっちも楽しみにしてる」
作品が出来上がるのも喰斑が遊びに来るのも。
「出来たら連絡するよ。いまのところピアスとリングでデザインしているけど、笙祠さんは他に欲しいアクセある?」
鉛筆片手に笙祠の手からスケッチブックを受け取った喰斑が新しいページを開きながら訊ねるので、笙祠は「んー
……
」と唸る。
「そろそろコートも出すしな
……
ブローチか。胸元に飾りたい」
「ブローチね。笙祠さんのコートってどんな感じのが多かったっけ」
「それ以上訊くならオーダー料金取れよ」
「しっかりしてるなあ
……
ありがたいけどさ」
相手のイメージを聞いてデザインを起こすのであれば、それはもう特注扱いするべきだと笙祠は思う。良いものは安く買うべきではないとも。
「オーダーってことにするならもっと意見聞きたいんだけど」
「下手に口出すより自由に作ってもらうほうが好きなんだがな。お前の腕も感性も信頼してる」
「すぐに喜ばせるんだから。じゃあ
……
こういう感じで
……
」
スケッチブックに視線を落とした喰斑の頬に、長い黒髪がひと筋落ちる。その様に目を惹かれて注視すれば、喰斑の目の下の隈に改めて気づいた。げっそりと目が落ち窪むというほどではないものの、やはり笙祠がいない間は睡眠不足に悩まされていたのだろう。
他の誰かを誘えばいいのに。
そんなこと、とてもではないが言えなくなっている自覚が笙祠にはある。喰斑に安らいだ眠りを与えられるのは自分であってほしくて、見知らぬ相手の腕のなかで眠る喰斑を想像するのさえ面白くないと感じるのだ。酷い独占欲である。心身に影響する喰斑の深刻な悩みに対して身勝手が過ぎる。他者に執着することのなかった笙祠は己の独占欲を良いものだと思えず、苦々しく感じた。
「笙祠さん?」
「いや
……
お前、今日は用事あるのか?」
「ないけど
……
」
「そうか
……
店閉めたあと飯でも行かねえか? 構わねえなら泊めてくれ」
「いいの? ちょっと寝不足だったから助かるな。一緒にご飯食べれるのも嬉しいし」
鉛筆を止めてにこにこと笑う喰斑の頭をくしゃりと撫でて、笙祠は「じゃあ、一旦帰って改めて迎えに来るわ」と努めていつも通りに笑う。
「
……
ねえ、笙祠さん」
「なんだ?」
「ほんとうに無理してない?」
笙祠の雰囲気の違いを感じたのか、また心配そうな顔をする喰斑に笙祠は西洋的に肩を上下させた。
「まさか。今夜から耐久セックスだって余裕でできる」
あけっぴろげな物言いに喰斑は苦笑したが一瞬後には悪戯っぽい表情を浮かべ、鉛筆を持つ手で笙祠の顎を軽く持ち上げる。
「笙祠さんがしたいならいいけど?」
ん? と楽しそうに上がっている口角を見て、笙祠は怯むより先にその唇を奪っていた。
「今夜はキスだけでいい」
「
……
そう? それなら俺からもしないとね」
離した唇同士が再び合わせられ、しっとりとした呼気が零れる。
夜の気配にはまだ遠い、戯れのようなキスに笙祠は頭がじんと痺れる心地がした。素肌の熱を必要としないほどの満足感。
「
……
これ以上は店の邪魔になるから帰るわ」
「ん、分かった
……
終わったら待ってるね。デザインも仕上げておくから」
「ああ、楽しみにしてる」
名残惜しさでたっぷりの胸の内をすぐに会えるのだからと宥め、笙祠は店のドアを開ける。戸口に立った喰斑がドアを押さえるのに礼を言い、軽く手を振るだけで前を向いた。
笙祠の頬を金木犀の香を乗せた風が撫でる。ひやりとした秋風。直に人肌への恋しさは増すばかりとなるだろう──
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