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みすず
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創作
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冬人と水樹さん
夜中
今日は夜更かしをしよう。そんなことを言い合ったわけではないが、その日は常よりも夜が深かった。
冬人が先ほどまで水樹と観ていたのは犬が主人公の映画。飼い主に出会うために何度も生まれ変わる犬の姿は涙で濡れたティッシュを大量に作ることになり、続編が出ていると分かってもしばらく観るだけの体力気力はないように思える。まるで雪山で見つけた山小屋へ這いつくばっていくような体の重さでタオルを冷やし、冬人は水樹と並んで目の上に乗せていた。
「目がじんじんする
……
これ明日絶対に腫れてるから休みでよかった」
「
……
休みだからちょっとくらい泣いても平気って話してたんだけどね」
「冬人さん、それは言わないお約束
……
」
なんの映画を観るかの候補には水樹が挙げた心霊ホラーもあったが、冬人は「いやいやいや
……
」とそっと不穏なあらすじを指す水樹の手を押さえたのだ。それがまさかこんなことになるだなんて、とタオルの裏で冬人はぎゅっと目を瞑る。
「水樹くん、水分足りてる?」
「それは大丈夫。ただ余韻がすごくて
……
」
「うん
……
思い出す全てに泣けてくるな」
ふたり揃って鼻をず、と鳴らす。
なんとなく言葉が途切れると外を走る車の音も聞こえず、冬人はタオルを持ち上げてちらりと時計を見た。深夜。
もうこんなに、と若干驚いて、いくら休みでも徒に睡眠時間を削るのはよろしくないだろうと水樹へ声をかけようとしたとき、とん、と肩に水樹の頭が乗った。
「
……
水樹くん?」
寝たのだろうか。
「ふぁい
……
」
起きていた。だが、その声は随分とぼんやりしている。
「
……
そろそろベッド行こうか。眠いでしょ」
苦笑しながら雑に座卓へタオルを放り、冬人は水樹が頭を乗せるのとは反対の腕を伸ばして彼の頭へ触れる。色素の薄い髪から同じシャンプーの香りがすることに慣れたのは、慣れたつもりになったのはいつ頃だろうか。ほんとうはちいとも慣れていやしなくて、冬人は気づくたびに心臓が跳ねるのだ。
「うん
……
うん、はい
……
」
「いやいや、寝ないで。体痛くなるよ」
「いや、寝てないです
……
ねてないよ
……
」
寝落ち寸前の人間の声である。
これはいけないと思いつつ、寄りかかってくれる体重や温度が心地良くて冬人は伸ばした手で水樹を揺り動かすことができない。
(どうしよう
……
いや、どうしようじゃないんだけど)
それにしてもどうしよう、と悩んでいるうちにとうとう水樹の呼吸は穏やかに安定してしまい、呪文のように繰り返していた「寝てない」の声も聞こえなくなる。
完全に水樹が寝入ってしまったことを悟り、冬人は伸ばしていた手を下ろして代わりに膝掛けを手繰り寄せる。エアコンも扇風機も必要がなくなった季節は肌寒く、冬人はソファの上に膝掛けを置いていたのだ。冷え始めた外からやってくる水樹を案じてというのもある。
片手で広げた膝掛けを水樹の肩へ掛けようとして、冬人はもう一度広げ直すと自分も含めて腹まで掛かるようにした。ふたりくっついて分け合ったほうがぬくといし、水樹が起きていればこうしただろうと思ったのだ。彼の振る舞いを見ていると冬人は己の独り善がりに気づくことが珍しくなかった。
(
……
おやすみ)
声には出さず唇だけを動かして、冬人は水樹の肩に自身もそっと身を寄せる。水樹は一瞬身動ぎしたが目を覚ますことはなく、こちこちと鳴る秒針は数えていると幾許もしないうちに穏やかなホワイトノイズへと混じった。
──すう、と重なり合った呼吸音が乱れたのは、外が青く薄明るくなった頃。
冬人は夢現に半身がひやりとしたのを感じたが、少しもすると再び暖かな温度が戻ってきて意識を浮上させることはなかった。
現実には目を覚ました水樹がいて、寝ぼけ眼を擦りこすりベッドから薄掛けを持ってきた彼は冬人と自身へすっぽりと薄掛けを被せたのだ。眠る前の冬人が想像していたように。
冬人は眠りながらも水樹の体温を求め、彼の肩へ頭をずり、と乗せる。乗せるだけでは飽き足らず、水樹が再び寝入る頃にはがっしりと腕を巻きつけていた。眠っている人間は欲に忠実である。
寄りかかり、抱きつくとは、つまりそのまま体重をかけ続ければやがてふたりの体勢は冬人が水樹を半ば押し倒したような形になっていく。こうなれば流石の重さに水樹はそのうち再び目を覚ますことになるだろう。果たして彼はそのときにどうするだろうか。冬人を起こすのか、そのままにするのか。可能性の内で確かなことは、水樹が抜け出そうとしても冬人は早々には腕を離さないだろうということである。欲に忠実なので。
時計の音がこちこちと鳴っている。針は進む。外では早起きな飼い主との散歩を犬が喜んでいる頃だろうか。
カーテンの隙間から差し込む光。照らされる冬人と水樹の寝顔は安心し切ったように穏やかである──いまは、まだ。
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