ミロキサ

湿度の高いヒューマノイド

 可愛いお姫様、勇敢な少年、悪い魔女に傲慢な王様。パステルカラーにビビットカラー、とびだす仕掛けとかくれんぼ。理不尽教訓めでたしめでたし。
 キサラギは次はミロになにを読んで聞かせようかと考えつつ、砂埃に塗れた体をシャワーで流していた。
 今日は風が強く、砂地の広がる大地は空気が黄色く見える。一緒に食料の買い出しに行ったミロには先にシャワーを使ってもらったのだが、果たしてあの坊やはちゃんと髪を乾かしているかしら。ミロの大雑把さを把握しているキサラギは身支度を促す絵本はなかったかと思って首を振る。ミロはそこまでこどもではない。キサラギがミロに絵本を読み聞かせるのは、彼の情緒の発達を促すためのものである。気に入ってくれているようなので純粋に喜んでほしいのもあるが。
 ざっと濡れた前髪を掻き上げ、風呂を出たキサラギはよれた服に着替えた。リビングへ顔を出せばきちんと髪を拭き終えているミロがいて、キサラギは(ほらな)と少し前の思考を笑う。
「なんだ?」
 シャワーから戻るなり笑っている自身をミロが不思議そうに見てくるので、キサラギは緩く首を振り「いや?」とまた笑う。
「お前に焼ける世話がどんどん減っていくなと思っただけだ」
 意味が分からないというように目をきょとんとさせるミロに、このヒューマノイド心は分からないかもしれない。キサラギは人間の親ではない。根本的な部分で、一パーセントの偽りもなくキサラギがミロの自立を心から望むことはないだろう。ヒューマノイドであるキサラギのなかで、これはミロの成長を喜ぶことと両立する。
 何気なくミロから濡れたタオルを受け取り自身の分と併せて洗濯機へ放ってくると、キサラギはミロの座るソファの隣へどっかりと腰掛けた。
「今日の飯はなにがいい?」
……グラタン」
「珍しいものきたな」
 そういえば、いつか読んだ絵本のなかに出てきたと思い出し、キサラギは頷く。存外、こども舌のミロは可愛らしいものを好む。出会った当初は食事など栄養補給ができればそれでいいと言わんばかりであったが、絵本のなかに出てくる料理や菓子を作るうちに本人も好きなものや嫌いなものを自覚するようになった。大変結構、喜ばしい。
「俺ばかりじゃなくて、キサラギが食べたいものも偶には選んだらどうだ?」
 肉とブロッコリーをごろりと入れて差し上げようと考えていたキサラギは、じいっと窺ってくるミロに片眉を上げる。
 ミロはキサラギを人間のように扱う。ヒューマノイドとして区別していない。以前、別の「キサラギシリーズ」を見かけた際には思うところがあったようだが、着地点は「『キサラギ』はヒューマノイドである」というものにはならなかった。
 だからといってヒューマノイドに飲食は本来必要ないということを、キサラギはいまさらミロに説く気はなかった。共に食べることでミロの食も弾むようだから。飲食機能の搭載万歳。
「俺も丁度グラタンが食べたかった」
「そうなのか?」
「少し嘘だな。お前が食べたいって言うから俺も食べたくなった」
……なんで嘘を混ぜるんだ」
「お前との会話を少しでも増やしたいから」
「普通に話せばいいだろ」
「じゃあ、俺が捻くれ者だから」
 む、とした表情。いい加減なことを言っていると思っているのかもしれない。間違ってはいない。少しでもミロと会話したいというのはほんとうだけれど。
「今度は偏屈者が主人公の本でも探してみるか」
……俺はこの前読んだ冒険ものの続きがいい」
「そうか? それならそうしよう。気に入ったのか?」
「うん。お前が研究所に行っているとき、読み返してる」
 このシーンが好きで、あのセリフはどういう意味だったのだろうか、とミロは感想を続けた。
「へえ……
 一人で読むほどに本に親しんでいるとは初めて知った。それはそうだ、本は必ずしも読み聞かせるものではない。口がなくとも目だけで楽しめる娯楽である。一人で暇なときに最適。
 そう理解するが、キサラギはついミロをじっと見つめてしまう。
 自分の役目、自分がミロにできることが、近いうちにまた一つなくなるらしい。
 ヒューマノイドとして嫌だと思う。バディとして喜ばしく思う。
「どうせなら俺がいるときにしろよ。偶にはお前が俺に読んでくれ」
 しかし、長年稼働しているキサラギは柔軟に返答できる。自分にさせてくれないのなら、せめてその時間をくれ。キサラギはミロの育つ心に寄り添っていたいのだ。べったりと、影のように。
「分かった。お前のほうが、慣れてると思うが」
 いいのか? というように若干眉を寄せるミロにキサラギは莞爾として大きく頷く。
「回数重ねなきゃ慣れようがないだろ? よし、しばらくはお前に読んでもらうことにしよう」
……キサラギが読むほうが好きだ」
 不満の滲む声と視線に、キサラギは思わずミロをぎゅうっと抱き締めた。キサラギの大事な人間はなんと可愛らしいのか!
 急に抱き締められたミロは「キサラギ?」と戸惑いつつ背中に腕を回してくる。以前はどうしたらいいのか分からないというように泳いでいた腕が、こんなにも抱き締め合うことに慣れている。
「一日ずつ交代にすればいい。まあ、読まずに寝る日もあるだろうしな?」
 キサラギは堂々とミロの膝に乗り上げて、みだりがわしく腰を揺する。背中に触れるミロの指先が僅かに食い込み、重たげな瞼が持ち上げられる。じっとキサラギを見つめてくる目には早くも若い熱が揺れていた。
 態と唇の端にキスをすると、反射的にぎゅっと目を閉じたミロが不満そうな顔をする。
「ふは、怒るなよ」
「怒ってない」
「そうか……なあ、ミロ」
「なん、っ」
 腰を揺する。擦り付けるように。
 切なげに眉を寄せたミロの頬を撫でながら、キサラギは今度こそ彼の唇に口づけた。ごく軽く。羽が掠める程度に。
「飯、遅くなってもいいか?」
 返事は我慢できないというように性急なキスだった。キサラギはミロの後頭部に手を回し、口を開いて彼と舌を絡める。覚えたての頃はがむしゃらだったキスも、ミロは随分と上手くなった。
 これからもミロは戦う以外のことをどんどん覚え、どんどん巧みにこなすようになるだろう。体だけではない成長を遂げていくだろう。
 それでも。
 本では教えられないこと、得られないものをキサラギはミロ与えることができる。ミロを満足させることができる。
 ミロには生きていくために様々なことを知っていってほしい。沢山のものに触れて、心を育ててほしい。
(でも、俺以外を知らなくてもいいだろ?)
 喰んだ唇、はしたない水音。
 キサラギはミロの熱に手を伸ばし、口角を上げた。
(──俺だけが知ってればいいだろ?)