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みすず
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Arcana Catedral
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ブラフロ
項に印
お清め後の水浴みも済み、夜も更けた時間。ブランカはベッドに横たわりながら感嘆のため息を吐いていた。
「
……
俺の顔になにかあるのか?」
呟くようなフロルの小さな声。
ブランカの視線の先、すぐ近くにはフロルの白面があり、その顔には困惑が刷かている。まじまじと見つめられればそれは確かに困惑するであろうし、居心地も悪くなるだろう。話しながらであればともかく、ブランカは黙ってフロルを凝視していたのだ。問われてはっと我に返ったブランカは「なんでもないです」と首を振るが、散々に見つめられていたフロルは不思議そうに長い睫毛を上下させた。
「それなら何故見ていたんだ?」
身を起こしていれば、フロルはきっと首を横にこてんと傾げていただろう。ブランカはフロルのその仕草が大変に好きであったが、いまは当然の疑問に気恥ずかしい気持ちになり、うろ、と視線を彷徨わせてからフロルの目を見つめる。
「フロルさんが
……
とても綺麗なので、目が離せなくて
……
」
悪魔のなかでも人間を魅了するという淫魔であるフロルからすれば聞き慣れた、あるいはありきたりな賛辞かもしれないが、ブランカにとってフロルほど綺麗なひとは見たことがなく、ふとするとその美しさにぼうっと見惚れてしまうのだ。その気持ちに追いつくくらい、もっとフロルに相応しい言葉で伝えられたらいいのだけれど、色の見えない目によって読書が得意ではないブランカには語彙が足りない。こういう部分でもブランカは自身の視界が悔しくなった。好きなひとへ美しいと告げることさえ儘ならないとは!
ブランカが自分自身に眉を寄せそうになっているのと反対に、フロルは花顔にほんのりと照れたような表情を浮かべる。ブランカがしたように少し視線を彷徨わせながら「そ、そうか」と小さく頷く彼は、硝子でできた芸術品のような触れ難い美しさを持っているのに可愛らしい印象もあって、ブランカの胸はどきどきと忙しなくなる。
ブランカはいつだってフロルに見惚れるのだが、お清め後は一層彼が綺麗だと思う。それは淫魔故に精を受けることでフロルの力が回復するからかもしれないし、情を交わした直後で皮膚を挟むことすらもどかしい離れ難さ故かもしれない。両方である可能性も高い。いや、フロルの姿を見るたびに常に新鮮な感動を覚えているのか。
「僕、フロルさんより綺麗なひとを見たことがなくて
……
あ、オルテンシアさんももちろん綺麗なんですけど! でも、僕が好きなのはフロルさんで
……
!」
「
……
ああ」
「ずっと見ていたいなって思うし、気づいたらじろじろ見ちゃって失礼でしたよね
……
」
「
……
いや、別に構わない。そう言ってもらえるのは
……
」
嬉しい、と呟くようにフロルは言い、面映ゆそう花笑む。その表情がどれだけ美しいか、ブランカの胸を掻き乱すのか、これを説明する言葉だってブランカは持たないし追いつかない。
ブランカはほとんど衝動的にフロルへ抱きつき、ぎゅうぎゅうと彼を抱き締める。ほんの少しでも火照った胸の熱が伝わればいいと思っていると、フロルからも腕を回されてブランカに負けない力強さで抱き締められた。
顔を上げればぶつかりそうなほど近くにフロルの美しい顔があり、花唇が緩やかに弧を描いているのが見える。
ブランカは立って地面に足をつけていれば届かない唇へ自分の唇を重ねた。より一層フロルの腕の力が増して、ぢゅう、と吸われる唇は、舌はあっという間にブランカの体に胸だけでは留まらない熱を灯してしまう。
さっきしたばかりなのに、という理性は好きなひとの前ではあまりにも意味を持たず、唇が離れるなりブランカはとろりとしたフロルの目を見つめながら彼の背中を柔く指で掻いた。
「フロルさん
……
っ」
「ふふ
……
」
微笑みながらフロルが閉じていた胸元を寛げる。真っ白な肌だからか自身が残したばかりの痕があるのが分かって、照れるのに、恥ずかしいのにブランカは目が離せなくなった。
「しても、いいですか
……
?」
答えはほとんど分かっていたけれど、ブランカは飢えた目をしながらフロルに訊ねる。フロルは色欲を肯定するようにブランカへもう一度キスをして「ああ」と頷いた。
「もちろん──ブランカの好きなだけ」
堕落へ誘うような蜜の声。
きっと、こんな囁き声に屈して後悔したものだけが、悪魔を謗る言葉を吐くのだ。
ブランカはフロルを愛している。愛して、幸せそのものである。
誘うフロルへ返すのは、ただただ懸命な愛情のみなのだ。
本日、二度目の水浴み。夜を越えていたが眠ってはいないので本日と数えることにして、フロルのいる部屋へ戻ってきたブランカは寝巻きに着替えようとしていた。水浴みへ行く前にフロルの艶やかに濡れた体はそのままの意味で清めて着替えを手伝ったので、あとはブランカの着替えさえ終われば就寝の時間だ。
フロルを待たせてはいけないと手早く着替えようとしていたブランカは、ふと項がちり、と擽られたような感覚を覚えて後ろを振り返る。
「フロルさん?」
「どうした?」
後ろにはベッドへ腰掛けながらブランカを見ているフロルがいて、彼がなにかをした様子はない。
「
……
いえ、なんでもないです」
首を振るブランカにフロルは「そうか?」とだけ言って、機嫌が良さそうに花顔をにこにことさせている。
ほんとうになにもない、自身の気のせいだろうと納得して、ブランカは項をひと撫でしてから着替えを続ける。
その後ろ姿をフロルがじいっと見ていたのに気づいていたが、きっと待っていて退屈だからだろう。ブランカは寝巻きの最後のボタンを急ぎ留め終え、フロルを振り返る。
「お待たせしました!」
「ああ。早く来てくれ」
フロルが手招きをしている。迷いなく彼の腕へ飛び込めば、情欲が落ち着いても暖かな体。
ブランカは確かめるようにフロルの頬へ手を伸ばし、熱い頬に陶然と感じ入る。色の分からないブランカでも分かるフロルの気持ち。感情。
「好きです
……
愛しています」
「ああ、俺もだ」
今日だけで数えきれないほどしたキスをもう一度。
ブランカは夢のなかでもフロルに会いたいと思いながらうっとりと目を閉じた。
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