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みすず
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創作
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冬人と水樹さん
どんぐり
──人生が本であったなら、彼と出会うまでの人生にはなにが書いてあっただろうか。
「冬人さん、冬人さん。小さい秋見つけました」
そう言って冬人の自宅を訪った水樹が両手でそっと差し出して見せたのは、帽子を被ったどんぐりであった。
もうそんな季節なのか。涼しくなったとは思ったけれど、と冬人はまばたきをしてからゆるりと微笑む。
「どこで見つけたの?」
「来る途中の公園。なんとですね、天啓が如く僕の頭の上に落ちてきたんですよ。地面にはまだ見当たらなかったから、今年一番のどんぐりかも」
初物のどんぐりをいいでしょう、とつまんで見せてくれる水樹に頷いて、冬人もそのつやつやぴかぴかしたどんぐりに見入る。水樹の笑顔のような擬音。
「それとっておくの?」
「うん。飾ろうかなって」
「じゃあ、虫がいないか確認しないとね」
「どうやるんだっけ。調べよ」
座卓にころりとどんぐりを転がして、水樹がスマホを叩き始める。その様子を眺めながら冬人はどんぐりをつまみ、くるりと回転させてみた。帽子のついたどんぐりは上手く回転せず転がりそうになったので、座卓から落ちないように捕まえる。
「んふふ」
「うん?」
隣の水樹から忍び笑いが聞こえ、冬人は顔を上げる。
水樹はスマホで顔を半分隠しながら、晶晶とした目を冬人へ向けていた。
「なんかさ、冬人さんもそうやって遊ぶんだなって」
目を細める水樹は微笑ましそうで、こども染みたことをしてしまったかと冬人は気恥ずかしさにそっと視線を逸らす。だが、水樹がほろりと吐息混じりにどんぐりへ手を伸ばし、冬人がしたようにどんぐりを回転させるので視線は自然と引き寄せられた。
「病院でも季節になるとナースステーションとかに飾られてたんだ。爪楊枝で駒にしたり、手足つけてキャラクターみたいにしていたり。置いてあった人形のネックレスにされてたりもあったな。懐かしいや」
病院でのことを話す水樹の表情にも声音にも暗いものはなく、ただ彼は懐かしそうに思い出を語っている。
冬人は水樹が病のことでつらそうな顔をしているのを見たことがない。達観したような、老成というには透明な表情を浮かべた横顔ならば知っている。体調が悪いときですらひとり静かに「ゆっくり」と過ごしていた水樹は、苦しいことよりも楽しいことを見出すのが上手だ。それを「そうやって過ごしてきたのだろう」などと安易にまとめることはできない。
「あ、さっき調べたら出てきたんだけどさ。どんぐりのなかでも椎の実って美味しいらしいよ」
冬人のぬるま湯の感情を察したのか、水樹が軽く両手を打って表情を明るくさせた。
「へえ。椎の実ってどんぐりの仲間なんだ」
「こういう殻がついてるんだって」
水樹の話題に乗れば、彼はスマホでいかつそうな殻のついた椎の実の画像を見せてくれた。実だけを見ると黒々としたどんぐりだ。
「上手く炒ったりトースターにかければ美味しいんだって。栗みたいな味がするらしいよ」
「
……
じゃあ、今年の秋は探してみようか」
「うん! 椎の実って食べたことないや。どんぐりを食べると思うと野趣に富んでいますね
……
」
うむうむと頷く水樹に冬人も「そうだね」と短く頷き、そのあとはふたりで椎の実を拾える場所や他の調理方法を調べた。
それが秋の入り口の頃のこと。
「──見て見て、秋見つけた! 帽子付きのどんぐりだけどすごく大きいですよ。これはどんぐり界の大物ですね」
すっかり長袖が必要になった涼しい日、水樹がいつかのように両手で差し出す丸々とした帽子付きのどんぐり。椎の実ではないが愛嬌のある丸っこさに冬人は笑い「いいものを見つけるなあ」と水樹の目利きに目を細める。
「いやいや、椎の実ハンターの冬人さんには負けますよ
……
」
椎の実を拾いにきたふたり。拾った椎の実を入れる袋は冬人のほうが若干重たげだ。
「これは俺が他に目がいかないからだよ」
昔からそうだ。水樹と出会わなければ冬人は沢山のものを見過ごしてきた。大人になって椎の実を拾いに来ること自体もなかっただろう。冬人はこれを児戯染みているとは思わない。自分の人生が、思い出が分厚くなるような面映ゆさがある。人生を本にするのなら、冬人の本は水樹の姿が幾頁にも渡って続いているだろう。そのことがとても愛おしい。
「このどんぐり、独楽にしてみようかな。丸いから丁度良さそうじゃない?」
「うん、いいんじゃない。それなら俺もそれっぽいの探そうかな」
「お、冬人さんと独楽勝負するなら最強のどんぐりを探さないと」
「どんぐり鑑定士の日永さん、独楽に適したどんぐりはどんなのですか?」
「敵に塩を送るのはどうかと思いますが、特別に教えましょう。まずはですね
……
」
恐らくは事前に調べていたのだろう。即興とは思えない説明をする水樹に頷きながら、冬人はそれらしいどんぐりを探す。椎の実拾いはひとまず中断。こういう部分でも水樹がいたからこその楽しい横道であった。冬人ひとりであれば椎の実を拾うという用だけ済ませる。
「水樹くんと来れてよかったな」
「僕も冬人さんと来れて良かった! あとは椎の実が美味しく料理されるかで今日という日に花丸がつくか決まりますね
……
ううん」
言ってから水樹は自分の言葉を打ち消した。
「美味しくなくてもさ、冬人さんと楽しかったって思い出だけで百点だよね。来年、リベンジするっていう楽しみにもなるし」
太陽に丸っこいどんぐりを翳す水樹の横顔はぴかぴかしていて、冬人は眩しいような心地になる。
思い出だけで百点。水樹の本には今日という日に、自分といる日に花丸がつくのだ。
そのことが嬉しくて、照れくささに視線を揺らがせた先。
「
……
俺も秋、見つけた」
ころりと丸いどんぐり一つ。
お揃いのようなどんぐりを拾った冬人に、水樹は「写真撮ろ!」とすっかり板についた構えでカメラを手にする。
カシャ、と機械的なシャッター音。冬人の手のひらに乗るふた粒のどんぐり。水樹と拾い上げた思い出。
──本日、晴天。秋の日。これからも続く頁の一枚は百点満点の花丸である。
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