オルテンシアが大きくなった。成長したというのが正確だろうか。幼女然としてしていた柔らかな肢体はすらりと伸びて、いまやシャーナよりもずっと背が高いのだ。面影をそのままに美しい女性となったオルテンシアに、シャーナは以前にも増してくらくらとしてしまう。
「今日もオルテンシアは綺麗ね」
「ほんと? おねえさまもとってもきれいよ!」
鏡台の前に座らせたオルテンシアの顔を見ながらシャーナはつい毎朝同じことを言ってしまう。オルテンシアも呆れた様子なく同じように返してくれるので、シャーナはいつもくすぐったい朝を迎えていた。
「今日はあまり天気が良くないから少しだけお化粧しましょうか」
「おてんきがかんけいあるの?」
「顔色が悪く見えてしまうことがあるの」
言いつつ、シャーナはオルテンシアの真っ白な頬にむむ、と難しい顔をしそうになる。出来上がったばかりの人形のようにつるりとした肌に余計な粉を足すことは、それはそれで美しいものを台無しにしてしまう気持ちになるのだ。この葛藤はオルテンシアにお化粧をしようとするときいつもシャーナを襲い、シャーナはこの葛藤に同じ結論を出している。最低限でいい。最低限が最適解だ。可憐な花顔は愛嬌満点の笑顔がなによりの彩りになるのだから。
「口紅は最後にして……オルテンシア、今日はどんな髪にしましょうか。三つ編みにしても可愛いし、まだ暑いから高く結ってみる?」
髪型によって雰囲気は変わるので先に決めようとシャーナはオルテンシアに希望を訊ねる。
「んー……おねえさまとおそろいがいいわ!」
少し考えてから鏡越しに向けられる笑顔。この笑顔は幼い頃から変わらない。オルテンシアの成長が急だったのもあって、変わらない部分を見つけるとシャーナは一層微笑ましく感じるのだ。
「そう? では、リボンの色を選んでね」
シャーナはいつも髪をハーフアップにしている。革紐で結んだだけの簡素な仕様は大聖堂へ来る際に貴族気分が抜けていないと見られやしないか案じたが故だったが、今に至るまでここでそんな意地の悪いことを言われたことはない。故にオルテンシアへ可愛らしいリボンを結ぶことも安心して提案できていた。
鏡台の抽斗から取り出した箱には様々なリボンが収められている。細いリボン、レースのリボン、刺繍があしらわれたリボン。オルテンシアに似合うと思い、シャーナは一からこつこつと集めていた。
「これがいいわ!」
ふんふんとご機嫌に箱を覗いていたオルテンシアが選んだのは、縁レースのついた緑色のリボンだ。オルテンシアがよく選ぶもの。
出会ったときからオルテンシアは真っ白な装いをしていたが、しばらくしてから魔法で取り出す服に緑や金の差し色を選ぶようになったことをシャーナは知っている。その理由も知っているので、リボンを見る彼女の頬はほんのりと赤い。緑色はシャーナの目の色で、金は髪の色なのだ。オルテンシアはいつも真っ直ぐに好意と愛情を示してくれる。
(この子の愛情に私は応えられているかしら)
オルテンシアがいなければシャーナはもう太陽が昇るのも月が沈むのも分かりはしないけれど、それをきちんと伝えられているだろうか。時々、心配になってしまう。
「おねえさま、どうしたの?」
鏡越しではなく、振り返ったオルテンシアに直接見つめられシャーナは言葉に詰まる。
「………オルテンシアがとても好きだから、どうしたらいいか分からなくなってしまうの」
おかしいわよね、と髪を耳にかける仕草で顔を隠そうとしたが、それよりも早くオルテンシアがシャーナの手を柔らかく引いた。
「わたしもおねえさまがだいすきよ! だいすきだから、おねえさまとずっといっしょにいるわ。ずっと、ずっとよ! ふたりでいっしょにいればとってもたのしいし、しあわせだわ」
ぎゅうっと抱き締めてくれるオルテンシアの体に包まれる。以前はシャーナがすっぽりとオルテンシアを抱き締めて、抱き上げることだってできたのに。長い腕に背中を撫でられて蕩けるような安堵と幸福を覚え、シャーナもオルテンシアの背中に腕を回し、縋り付くように抱き締める。
「ええ、ええ……ずっと一緒にいるわ。そうね、それが一番良いわね。一番、幸せね」
「ふふふ、そうでしょう?」
鈴を転がすような笑い声を上げるオルテンシアに何度も頷いて、シャーナは同じ体温になった腕を惜しみながら離す。
「……続きをしましょうね。途中なのに、ごめんなさいね」
「おねえさまをだっこできるのだもの。いつでもかんげいだわ!」
影なんてひとつもなく笑うオルテンシアが眩しい。同じくらい光を弾いて眩しい銀にも白にも見える長い髪を梳かし、シャーナはオルテンシアの髪を彼女の希望通り己とお揃いにして緑色のリボンで結んだ。
「よく似合っているわ。とっても可愛いわね」
「ほんとうっ?」
「ええ、ほんとうよ。さあ、口紅も引きましょうね。唇をんーってして?」
「んー」
目を閉じて差し出された花顔。小さな顎に手を当てて、シャーナは紅筆を手にするが、取った色は考えていたものよりも少し濃い。レディの姿になってもあどけなさのあるオルテンシアには少しだけ大人っぽい色。
形の良いふっくらとした唇を損なわないように慎重に紅を引いて、シャーナはそのままオルテンシアへ口付けた。オルテンシアに引いた紅が崩れぬようにそうっと、触れるだけのキスをした。
ぱち、と間近で開かれた銀色の目がゆるりと弓形になる。
再び背中へ回されたオルテンシアの腕、抱き寄せられながら唇がはむ、と喰まれた。
紅が落ちてしまう、崩れてしまう。そう思うのにシャーナはオルテンシアを止められない。自分からも求めて唇を薄く開け、さらに深いキスをねだってしまう。
真白の朝に聞くにははしたない水音。
やっと離れたオルテンシアとシャーナの唇に銀糸が伝った。
「ふふ、うふふ。おねえさま、みて。わたしたち、おそろいね!」
鏡台に映るオルテンシアとシャーナの唇には滲んだ口紅。正しく引いて、正しく分け合っていたならば互いによく似合う色がてらてらと濡れ光っていた。
「わたしたちいっしょだわ」
抱き締められながら歌うように繰り返されて、シャーナは幸福に頭がくらくらした。
「ええ。一緒、ね……一緒だわ」
──人間と悪魔では寿命が違うけれど。オルテンシアの成長よりもあっという間に別れの瞬間が来てしまうかもしれないけれど。
それでも、ずっと一緒。
(あなたとの永遠が欲しいわ。オルテンシア)
くふくふと天使のような微笑みを浮かべるオルテンシアに擦り寄りながらシャーナは願った。
悪魔のように欲深く願った。
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