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みすず
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Arcana Catedral
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フォンタラ
タラッタさんのお衣装変わった頃
「きみの髪、またきれいになったねえ」
椅子へ座らせたタラッタの長い髪を梳かしながら、フォンソは機嫌の良い声で言う。飴色の櫛を通す暗い色の髪は一度も引っかかることなく毛先まで行き届き、艶めきながらさらさらと落ちていく。
「フォンソが手入れをするからだろう」
「タラッタくんがもとからきれいだったんだよ。手入れだけじゃこうも輝かない」
きみは美しいから、と続けるフォンソに身動ぎするタラッタの尖った耳は、ほんのりと赤くなっている。これだけ美しい青年であれば悪魔といえど千も万も賛辞を聞き慣れていそうなのに、タラッタが慣れた顔をするところをフォンソはあまり見たことがない。恐らくは賛辞を向けられてもまったく興味を持たずに聞いてこなかったのだろうと思う。あとは、というか大きな理由にそれを言っているのが自分だからという自覚がフォンソにはある。何百年も生きているだろうに、タラッタの恋に物慣れない反応はフォンソの胸をよく掻き乱した。
「
……
今日はどうしようか。結うかい?」
「ん、フォンソの好きにしていい」
「そう。最近は涼しいからこのままにしようか」
フォンソは最後に丁寧に櫛を通し直し、タラッタの背中を流れる髪に満足を顔へ浮かべる。
タラッタは以前と違い露出のまったくない装いをしている。彼の肌へフォンソが散々に刻んだ愛咬の痕を隠すためである。自分でしでかしておきながら、他者から下卑た想像をさせるのが嫌だと抜かしたフォンソにタラッタが衣服を改めてくれたのだ。だというのに、手足の長さが引き立つ襟も詰まった装いはフォンソのいままで特に有していなかった別の欲を煽り、タラッタの肌には情交の痕が以前よりも多く残っている。フォンソはタラッタに関して我慢がなかなか利かない。我慢してもタラッタが喜ばないのを知っているから尚更だ。
「はい、できたよ」
櫛を置き、軽く持ち上げた後ろ髪をとさ、と落とせばタラッタが確かめるようにひと筋指で梳いた。
「ありがとう
……
いつも丁寧だな」
「きみのことだからね」
「そ、そうか」
上擦った声を上げるタラッタが可愛らしくて、フォンソは整えたばかりの髪を乱さぬようにしつつ彼の頭を丁寧に撫でた。指先に当たる角は触れすぎると落ち着かなくさせてしまうからほどほどに。いつだったかはやりすぎて、朝から長くベッドに留まることになった。フォンソとしてもそのほうが望ましいのだが、残念ながら聖職者には「お清め」以外の務めもあるのだ。
「きみと朝寝がしたいよ」
「ん
……
俺も、だ」
恥じらいに染まった頬へ口付けて、フォンソは離れ難い気持ちを隠さないまま櫛を片付けようと手に取った。
「
……
そういえば、良い櫛を扱う商人が街へ来ているらしいよ」
フォンソはふと昨日見かけた若い聖職者がきゃらきゃらと笑い声混じりに話していた姿を思い出し、櫛の穏やかな曲線をなぞる。櫛ひとつで髪への影響は随分と違うのだとはフォンソも知るところであるし、タラッタの髪や爪肌に気を配る身としては大変気になる内容だったのでつい耳をそばだてたのだ。
「久しぶりに一緒に出かけないかい?」
「行く。いつだ?」
「今日は難しいけど、申請は出しておくから明日かな」
悪魔を伴って大聖堂を出ることは自由気ままにとはいかない。手続きさえ踏めばあとは連れ出す聖職者の責任なので、フォンソは毎回この煩わしい手続きを終えたらさあ自由だとタラッタとともに出かけるのがいつものことであった。仕事の範囲ですという顔で長期外出を申請し、外でなにかと帰還を遅らせることもある。愛おしいと触れることにさえ務めが付きまとう大聖堂からなるべく離れ、タラッタと二人きりでいたいのだ。
「分かった。ふふ、楽しみだ」
「欲しいものはある?」
「
……
いや、あまり浮かばないな」
宙へくるりと視線を回してからタラッタは首を振った。
大きな屋敷を丸ごと宝箱として世界中から欲するままに宝をかき集めていたタラッタは、すっかりその欲を見せなくなった。出会ったときは集めてもどうせ奪われるのだからという諦めが大きかったが、その理由も方向も随分と変わった。フォンソにとって途方もなく嬉しいほうへと。
「どうした?」
「うん?」
「笑っていた」
「きみのことを考えていたからだね」
フォンソはタラッタの頭を胸へ抱き寄せる。椅子に座る彼もすぐにフォンソの腰へ長い両腕を回し、頬を擦り寄せた。
「私はきみに愛されているなあ」
「当たり前だろ」
なにを言っているんだとばかりの声音。実際、タラッタはなにを言っているんだと思っているだろう。水のように与えられる愛情にフォンソはもうそれなくしては生きていけないのだ。
「
……
明日はタラッタくんに櫛を買おうと思うんだよ」
「俺に? 使うのはフォンソになると思うが
……
」
「それでもね」
贈ったとしても実際にはフォンソがタラッタへ使うことになるだろう。それをタラッタも自然に受け止めているのがフォンソには嬉しい。彼の生きる時間に自分が当たり前に含まれているのだ。
「名入れができるそうだから少し楽しみなんだ」
タラッタの金色の髪をやわく梳いてから、フォンソはタラッタの手を取って手のひらに指を滑らせる。
θ´αλαττα
「あっている?」
フォンソの指がくすぐるように手のひらを辿るのに肩を震わせたタラッタが、ほろりと呼気を落としながら頷く。
タラッタの名はフォンソが平素使うことの多い文字ではない。だが、フォンソは当然その名前を書けるように覚えた。もし喉が枯れたとしても文字でタラッタの名を呼べるように。彼自身がいてくれるのだからそんな日は来ないとしても、愛おしい相手を構成するものはなにであれ知っておきたい。大切に自分のものにしたい。
「
……
フォンソの名前も入れろ」
「贈り物だからね。贈り主としてちゃんと名入れを頼むよ」
「ん。楽しみだ
……
今すぐ欲しいな」
「ごめんね
……
一日だけ我慢できる?」
「
……
できる」
むう、とした顔。ぎゅう、と抱きついてくるタラッタを抱き返し、フォンソはもう一度ごめんねと言うつもりで「可愛いねえ」と言ってしまったのだがタラッタは怒らず、むうとした顔をそのままに頬を赤らめている。
愛おしさが込み上げて止まず、タラッタの角の先や頭に何度もキスを落としているとくい、と服を引っ張られた。キスを止めて見つめれば顔を上げたタラッタがさらに顔を赤くしながらじいっと見つめ返してくる。
「
……
キスしてもいい?」
つん、と唇をつつきながら問えば、小さく出された舌が指先をちろ、と舐めた。それを了承と取ってフォンソはタラッタの唇に自身の唇を重ねる。途端、暗くなった周囲と全身を包む柔らかな感触。タラッタの翼がフォンソを囲んだのだ。
(
……
次の鐘までに出られるかな)
聖職者には「お清め」以外の務めもある。だが、フォンソにとってタラッタの翼に包まれた空間は居心地が良すぎるのだ。心からの安寧が得られる場所から出るのには当然のこと相応に苦心する。
ましてやちむちむと口付けを繰り返してはタラッタがうっとりと金色の目を細めているのだ。
(
…………
次の次の鐘までには出られるかな)
フォンソは潔く次の鐘までに部屋を出ることを諦め、タラッタの隙のない衣服の釦へ手をかける。寛げた襟の下、覗いた鎖骨にくっきりと浮かぶ歯型は部屋を出る頃には数を増やしているだろう。
もしかしたら明日の外出はできなくなるかもしれない──
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