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みすず
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創作
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にるなる
余裕
姫瑠はいつも余裕がある。
成海は姫瑠が焦ったり驚いたりしているところを見たことがなくて、どうにか驚かせることはできないかと考えたこともあった。後ろから急に抱きついてみても、死角から飛び出てみても姫瑠は「わぁ、どうしたのぉ?」とにこにこ成海に笑みを向けるのだ。
人はどうでもいいものに対して一定調子を取ることがある。成海もそれを知っているけれど、姫瑠が自分に対してそう思っていないことも知っている。名前を呼んでくれる声は優しくて、抱きしめてくれる腕は離さないようにとばかりに力強かった。照れくさくてちょっとだけ逃げる素振りを見せれば「嫌なの?」と首を傾げられ、そんなわけないと成海が抱きつき直せば満足そうに笑ってくれるのだ。
だから、成海は姫瑠に好意を抱かれている自覚がきちんとあるのだけれど、それでも彼の余裕振りには難しい顔になってしまうのだ。自分は姫瑠に対して胸がどきどきと忙しなくなってしまうのに、姫瑠はそんなことないのだろうか、と。
「──どうしたのぉ?」
姫瑠の家、成海はノートの上にぺたんと頬をつけて隣に座る姫瑠を見ていた。
「勉強、飽きちゃった?」
成海は姫瑠にテスト前の勉強を見てもらっていた。
相手に教えを乞うていながらべちゃりと姿勢を崩してしまうのはよろしくないが、成海は頭を巡る数字やら歴史やらに脳を圧迫され、そこから逃避するように姫瑠のことを考えて呆けてしまったのだ。成海の頭は幾つものことを同時に詰め込めない。
「飽きてはねえけど
……
」
「疲れちゃったのかな。ちょっと休憩しようか」
「
……
ごめん。教えてもらってるのに」
「いいよぉ。あんまり急いでも覚えられないでしょ?」
姫瑠はそうは言うが、成海は彼が勉強に苦労しているところを知らない。いつも成海に教えるばかりで、姫瑠は自分用のノートを取っている様子がないのだ。
多分。そのはずだ。余裕な姿を崩さず、テストの点数はいつも。
「成海。おかわりコーラでいい?」
「えぁ、あ、うん。ごめん、ありがとう」
「そんなにごめんって言わなくていいんだよ」
くすくす笑って立ち上がる姫瑠は、きっと空になったコーラのおかわりを取りに行ってくれたのだろう。他人の冷蔵庫を開けるわけにはいかないので見送るしかないが、成海はせめてとその間に姿勢を整える。ぱらぱらと捲るノートには姫瑠が書き込んでくれたポイントがある。
(そういえば姫瑠ってこんな字を書くんだな)
以前にも勉強を見てもらったことは何回かあるのに、成海は毎回新鮮な気持ちになる。まるで初めて見たかのようだ。成海は自分自身の感覚に変なの、と思う。
「どうしたの? やっぱり疲れちゃった?」
「ううん、大丈夫。さんきゅな」
「どういたしましてー」
戻ってきた姫瑠が注いでくれたコーラをちびちび啜り、しゅわしゅわという炭酸の弾ける音を聞く。
「姫瑠はさ、勉強とかあんまりしなくて平気か?」
「そんなことないよ。授業ちゃんと聞いてるし、成海と一緒にしてるじゃない」
「俺に教えるばっかじゃん」
「ひとのを見てると自分も勉強になるんだよ」
「
……
そっか」
姫瑠にとっては勉強しているからテスト前でも余裕なのか。彼の余裕のひとつが分かって成海はほっとする。姫瑠だって理由もなくなんでもできるわけではないのだ。人間なのだから当然か。
けれども、成海がほんとうに知りたいのは姫瑠の余裕が崩れるところだ。
「なぁに? なにか気になってるの?」
まるで成海の心を見透かしたように姫瑠が訊いてくる。テーブルに頬杖を突いて口角を上げる姫瑠は楽しそうであった。
「
……
姫瑠ってさ、なにか驚くことってねえの? どきどきしたり」
正直に訊ねた成海に姫瑠はくすくす笑って頷く。
「んふふ、成海にはよくどきどきしてるよ」
「
……
そんなふうに見えねえけど」
「ええ? そんなことないよ。成海が可愛くていつもびっくりしてる」
「っは?」
思いもよらないことを言われて成海はひっくり返った声を上げる。
姫瑠から可愛いと言われることはある。多分、よく言われている。成海はいつまでもそわそわしてしまうけど、姫瑠は自身の言葉に反してそのときもどきどき様子は見えない。いまのように他人へ可愛いと言うことに照れた様子はなく、さらりと言ってのけるのだ。成海だって感じる思春期なりの気恥ずかしさを姫瑠から感じたことはなかった。
「いまも目を丸くして可愛い」
「驚いてるわけじゃねえじゃん
……
」
「でも、どきどきしてるよ? おいでぇ」
両腕を広げた姫瑠。そこに飛び込めというのだろう。
勢いで抱きつくことはいくらでもできるけど、改めてとなると成海は恥ずかしさで戸惑う。戸惑うけれど、広げられた腕のなかに行けば抱きしめてもらえるのだ。成海はふらふらと近づかずにはいられない。
ぽふ、と姫瑠の腕のなかに入って彼の背中に腕を回す。
「もうちょっと下にいって?」
「え?」
「僕の胸に耳あてて」
促されて成海はそろそろと姫瑠の胸に耳をあてた。心音が聞こえる。姫瑠の温かい
……
温かいはずの体温を感じる。服の上だからかよく分からない。
「どきどきしてるでしょ」
どきどきしている、ように思う。少しだけ速いように思う。やっぱり服の上だからよく分からない。
「
……
分かんない」
ほんとうは分かるのに成海は分からない振りをした。
「もっとちゃんと
……
直接聞かせてくれないと分かんない」
「ふぅん
……
?」
姫瑠の声音が変わった。
そうっと見上げて成海はぞくぞくした。
「じゃあ、ちゃんと教えてあげる」
成海は自分の手でいつも飄々とした姫瑠の余裕を崩したかった。いま、それが叶おうとしている。
ほうと息を吐いてうっすらと開いた唇は、押し倒されてからすぐに姫瑠の唇と重なった。とろりとひとつになるような心地良い口付けに成海は目をとろりとさせ、その視界に姫瑠の顔を映す。
ああ、その顔が見たかったのだ。
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