マイクは助手席に愛犬を乗せて走っていた。ガタが目立つようになるほど乗り回した車の防塵ガラスは黄ばみ、砂塵に磨られ続けた車体は傷だらけである。そろそろ買い替えたいなんて思うものの、整備工場のあんちゃんと冗談を飛び交わす仲になっているのが現実だ。いまもエンジン部分から嫌な音がし始めたので、あんちゃんの元へ向かっている。無事に着くように祈りながら。
その黄ばんだ視界の先に、マイクは二人の人影を見つける。こちらへ向かってぶんぶんと振られる手。
(ヒッチハイクか)
ちょい、と唇を突き出しながらマイクは二人組の前で車を止め、窓を僅かに開ける。全開にはしない。まだまだ世の中は物騒だ。
「街まで乗せていってくれないか?」
「ミロ、挨拶を入れておけ」
「こんにちは」
なんともちぐはぐなふたりであった。開口一番要求してきたのは顔に目立つ傷跡と無精髭のある青年で、彼に挨拶を促したのはやけに生っ白い肌の男。
今までも移動の道中に知らない連中を乗せてきたのでふたりを乗せる分には構わなかったが、マイクはきょろりと車のなかから周囲を見渡して眉を寄せる。
「あんたらここまでどうやって来たんだい」
マイクは粉塵を巻き上げるようにして砂礫と岩場を走ってきた。この辺りを移動するのに徒歩など馬鹿の所業だというのに、ふたりの側に乗り物は見当たらなかった。
「途中で壊れてね。どうにもならんからとりあえず歩いてたんだよ」
あっちをしばらく行けばおじゃんになった単車が転がってる、と男は後方を親指で差す。
「だめか?」
どことなくこどもっぽく訊いてくる青年にマイクは一瞬悩み、後部席の鍵を開ける。
「乗りな」
「ありがとう」
「助かったよ」
遠慮なく乗り込んできたふたりがドアを閉めたところで、マイクは車を走らせる。助手席からぴょい、と後部席へ移動した愛犬がふんふんとふたりのにおいを嗅いでいる。どういうわけか、男のほうを念入りに。生っ白い肌からは苦労のにおいがしなくて、不思議に思っているのかもしれない。物々しい傷跡があるものの、日に焼けた肌に剃り損ねたような無精髭を生やす青年のほうがマイクには好ましい。
「あんたら、街にはなにしに行くんだい」
「元々あっちに住んでるんだ」
「へえ……いい暮らししてんだな」
向かう街はマイクが住んでいる場所よりも灰色に栄えている。空からやってきた侵略者と戦う兵士たちの施設などもあったから、他よりも機械関係に強いのだ。だから、マイクも車の整備に向かっているというわけである。
「……あんたはどこから来たんだ?」
喋る前に小さく咳払いをした青年に訊かれる。鏡越しに見た男は何故か意外そうに青年を見ていた。
「俺はもっと向こうの小さい街からだよ。二十三番街。知ってるか? どこもかしこも黄色いんだ」
「ああ、行ったことがある」
「へえ!」
青年が頷いたことにマイクは驚いた。我が街ながらなにもないところなのだ。灰色に栄えても、希少な緑が生えているでもない。塗装したように砂塵に塗れて黄色い街。他の街とはそこそこ行き来がしやすいのだが、それだけだ。
「つまんねえ街だったろ」
「赤い木の実が美味かった」
「あ? 木の実? あー……そりゃ、あれだ。別の街から入ってきたのをそれっぽく加工したやつだ」
「えっ」
「はは、よそのやつは騙されるんだなあ。にいさんも食ったかい?」
男は笑いながら頷く。愉快を堪える表情であったから、男のほうは加工品だと分かって青年に黙っていたのかもしれない。
「美味かったよ。この通り、こいつが気に入ってるんで、また買いに行く」
「おう、どんどん金落としてってくれ。侵略者の奴らにぶっ壊されたところがまだ直ってなくてよ……」
黄色の街はでこぼこに欠けた街でもある。空から襲ってくる侵略者との戦いが終わったと宣言されてから流れた月日は、長いとはいえないのだ。
「まあ、真っ平らになくなっちまうよりいいよな」
マイクは街が襲撃されたとき、別の場所にいた。知らせを受けてどれだけ焦っただろう。恐ろしかっただろう。急いで戻ったとき、街のなかでは高い建物がぼろぼろに崩れているのを見て流れた涙がどんな感情によるものか、未だに言い表すことができない。
「それに……なんにもねえ、別に重要なもんがあるわけでもねえ街だけどよ、兵士たちが守ってくれたんだと。なんか、偶然いたらしいんだ。俺の娘も助けられた」
マイクは背中に青年と男の視線を感じる。珍しくもない話を黙って聞くふたりが、急に幾つも歳をとったように思えた。このふたりも崩れた街、焼けた街を見てきたのかもしれない。
「国にはもっとなんとかしてくれって思うが、その兵士さんたちには感謝してる」
自分で言っておきながら気恥ずかしくなって黙り込んだマイクに代わるように、愛犬がきゃふきゃふと楽しそうに青年の顔をべろべろ舐め始めた。うわ、とかぅぶ、とか珍妙な声を上げる青年に男がからからと笑う。
「キサラギ、助けてくれ……っ」
「猫には威嚇されるが、犬には好かれるんだな」
「きさっ、んん゙!」
「ははは! そいつは気に入ったらなかなかやめねえんだ。街に着くまで構ってやってくれよ」
どうせ、もうすぐだ。マイクは見えてきた街に向かい、エンジンを吹かす。
街に着いたときにはふやけるんじゃないかというほど愛犬に舐め回された青年はげっそりしていたが、無理やり押し退けなかった辺り優しい性根をしているのだろう。
「じゃあな。同じ街だし、会ったら飯でも奢ってくれよ」
「もちろん。ありがとうな」
車から降りたふたり。頷いたマイクが大きく開けた窓を閉めようとしたとき、青年がずい、と覗き込んでくる。
「あんたの街が守られてよかった。また、行く」
元気で、と告げる青年の傷跡が笑みの形に釣られた。その側に立つ男も穏やかに笑っていたが、その視線は青年に向けられていた。
──珍しくもないヒッチハイクの二人組。彼らの笑みはいつまでもマイクの記憶へ印象的に残ることになる。
それは、ふたりがほんとうに黄色の街へやってきて、娘がすっ飛んで行ったときの驚愕に上書きされるまで。
「お前が守ったものが、また一つ見つかったな」
「俺だけじゃない。キサラギもだ」
「はは、そうか……ミロ、帰ったらなにを食べたい?」
「お前が作ったものなら、なんでも」
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