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みすず
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創作
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冬人と水樹さん
水鉄砲
肌を焼く日差しに草いきれ、みんみんと鳴く蝉の声には、やがてジリジリと小刻みに鳴く声が混じるだろう。
常よりも軽装だが流れる汗、行く道の先に逃げ水を見ながら冬人は肩にかけたクーラーボックスを持ち直す。
「冬人さん、重たくない? 僕も持つよ」
「大丈夫。水樹くんはそれをしっかり持っていて」
鍔広の麦わら帽子の下、影が差しても晶晶とした水樹の目がゆるりと細くなる。
「これがないとドンパチ始まりませんからね。これでも一時は運び屋として名が通っていましてねえ
……
任せてください。しっかりと運びますよ。ええ」
重々しく頷く水樹が掲げる大振りの手提げ袋のなかで、物のぶつかる硬質な音がする。袋からはみ出しているのは薄桃に水色のプラスチック。中身を知る冬人は、ぬるい風に踊った麦わら帽子のリボンを目で追う。
「お、僕たちの戦場が見えてきましたよ」
「人がそんなにいなくてよかったね」
「いまの時期、この時間に遊ぶのは避けてるのかもね」
数歩分、冬人を追い越した水樹が指を差すのは公園。広々とした敷地には不自然なまばらさで遊具が配置されており、昔は別の遊具もあったのだろうとほんのりとした寂しさを蹲らせている。
公園に入り、冬人はクーラーボックスを木陰のベンチに置く。その上に畳むようにして手提げ袋を置いた水樹が重々しく取り出していたのは夢、あるいは浪漫。
「こちら、例のブツとなります」
差し出された薄桃色を受け取れば、水樹は水色のブツを持つ。
そのブツは弓の形をしていた。弓の形をしているがそれは大枠で括った話であり、日曜日の朝に見かけるような形状は成人男性が持つには異様である。いや、多様性の現代、異様と言い切ってしまうのは趣味が悪い。ただ、単純に、純粋に、冬人に似合わないだけである。不思議と水樹にはしっくりと似合った。
「水道あっちだね。行こ!」
「うん
……
」
手にしたことで改めて言いようのない気持ちになった冬人だが、真夏の太陽が如くぺかぺかと笑う水樹に促されれば気の抜けた笑みが浮かぶ。ひと足さきに公園に設置された水道の蛇口を捻り、太陽光に熱された金属に水樹が「あっつ!」と悲鳴を上げる。
「大丈夫?」
「平気
……
これくらい乗り越えなくてはこの先に進めませんからね
……
」
「え、俺やるよ」
「まあまあまあ。任せてくださいよ」
カコカコと音を立てて弓から外されたのはボトル。そう、この弓にはボトルが付いている。
あちあちと声を上げながら蛇口を捻り、水樹はボトルへ水を入れていく。満タンになったところで冬人と交代。冬人も弓から外しておいたボトルに水を満たす。
そして──装着。
無言で開けた場所へ進み、冬人と水樹は互いに距離を取る。
構えた弓は水の入ったボトルによってずっしりとしているが、構えて苦になるほどではない。そも、この弓は成人男性が持つことを想定したものではないだろう。恐ろしいことに、幼いこどもたちが持つものとされているのだ。なんたること。
「では
……
どうなっても恨みっこなしだからね」
「うん。お手柔らかにね」
「この日永水樹、戦いにおいて生ぬるい発言は侮りであると思っております」
「そっか
……
」
キッと鋭く見つめられ、水樹が弓を構えるのに合わせて冬人も構える。
「いざ、尋常に!」
──びっしゃびしゃになった。
少年心をくすぐる弓の形をした水鉄砲で、冬人と水樹はそれはもう苛烈に撃ち合った。
どれだけ濡れてもいいようにどうなってもいい軽装にしても全身びっしゃびしゃになったふたりは、合間あいまにクーラーボックスへ入れていた冷たいスポーツドリンクを摂取しては、再び陽光にじりじり灼かれながら水鉄砲を構える。それはもう、途中で公園にやってきたこどもたちがきゃあきゃあとはしゃぐ激戦振りで、ボトルに何度目かの補給を繰り返して停戦した際には全身くたくたに疲れていた。
「おみかん美味しい
……
」
持ってきていた凍らせたみかんをしゃりしゃり食べながら、水樹がしみじみといった様子で言う。
ベンチに腰掛けたふたりの前では、水鉄砲を貸したこどもたちが成人男性二人の合戦にも負けず劣らずの激闘を繰り広げており、濡れた地面から跳ねさせた泥で保護者の悲鳴を誘っている。
「元気だねえ」
「俺たちも相当だけどね」
「んふふ、そうだね。あ、見てみて」
「ん?」
「みかんの赤ちゃん」
どうぞ
……
と水樹から恭しく手のひらに乗せられた赤ちゃんみかんは可愛らしく、疲労を覗かせていた冬人の面も和む。
「いただきます」
「どうぞどうぞ。大人のみかんもありますからね」
小さくてもみかんは甘い。しゃり、と音を立てて噛み潰せば甘酸っぱさが口に広がり、じんわりと疲れた体に染み入った。
「こんなに走り回るのって珍しいよね」
「そうだね。最近は屋内にいることが多かったし」
「それも楽しいんだけどね。偶にはこういうのもいいね」
今度は川遊びとかしたいな、と続けた水樹に、冬人は過去に訪った渓流を思い浮かべる。ざあざあと流れる水は、どうしてか静寂を感じたものだった。
「
……
岩魚とか、川魚の塩焼き食べてみたいね」
「お。冬人さん、通ですね」
じゃあ、今度は川に行ってみよう、と言う水樹とともに端末を覗き込めば、晒した首筋をぬるい風が撫でる。ふ、と改めて感じる蒸した青い香りに、いつの間にかわしわしという鳴き声に変わった蝉。まだまだ空は明るいのに、真白の眩しさは幾分か和らいでいる。
「
……
夏だね」
「うん、楽しいね」
顔を上げれば笑みを浮かべる水樹の目がきらめいている。
茹だるような暑さはつらい。
つらいけれど。
「うん、楽しいね」
繰り返された水樹と同じ言葉に嘘はちいともなかった。
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