ミロキサ

シャワー

「いい加減、癪に障るんだよな……
「確かにあいつらの襲撃は腹が立つな」
「いや、そっちじゃなくて」
 きょとんとするミロの足元には四本の「手」で這っていた侵略者が、一メートルはある首をだらりと地面へ落として死んでいた。痩せた猿のような顔はミロに殴り飛ばされ陥没し、どろどろとした緑色の脳漿を垂れ流している。
 キサラギは前々から侵略者の造りに不満があった。こいつらは何故、中途半端に人間の形を取り入れるのだろうか。人類側の警戒心を緩めようとしているのは積み重ねた経験で分かっているが、それにしても小さなこどもが描く絵をそのままにしたような造形は、繊細なヒューマノイド心にも生理的嫌悪を催す。一方で人間のミロはけろりとしているので、それはそれとしてもう少し情緒を育てる必要があるなとキサラギは考える。絵でも描かせてみようかしら。
「他にはもういないようだな」
「帰還するか」
 頷くミロと共に単車に乗り──背後でびしびしと硬いものが割れる音。振り返れば風船のように膨張した侵略者の死骸。
「っバッカ野郎がよ!」
「キサラギ、加速しろ!」
 軍事用単車には緊急用の加速装置がある。腰に強く回されたミロの腕。ドン、と地面を揺らすような音を立て、ほとんど横転に近い運転でキサラギはその場から一気に単車を走らせる。
 直後、爆風が背中に迫った。

「キモい、汚い、クソ。三拍子揃ってあいつらなんで生きてられるんだ?」
「キサラギ、これは洗濯でいいのか?」
「洗ってもお前に着せたくねえよ。捨てとけ」
「分かった」
「職場もクソ。着替えくらい寄越せや」
 爆発し、振り注いだ青海泥に似た侵略者の体液を頭から浴びたキサラギとミロの全身は、それはもうべっちゃべちゃになっていた。こいつ早いところ落としたいんですけどと連絡したところ、既に確認されている侵略者のものであったらしく、問題ないから家で落としなさいとのお返事。兵舎の共用風呂を侵略者の体液で汚したくない気持ちは分かる。分かるが中指は立てる。
「ほら、先にシャワー浴びとけ」
 促せば、ミロはムとした顔をする。いま、左様な表情をされる謂れはないはずだが、とキサラギは片眉を上げた。
「一緒に入ればいいだろう」
「坊や、我が家のシャワー室は狭いのよ」
「別に二人で入れなくはない」
 確かに入れなくはない。大分きつくはあるが、できるできないでいうなれば、できる。できるし、一緒に入ったことがないわけではないのだ。ならば、まあ、構わないだろう。
「分かったよ。じゃあ、とっとと浴びようぜ」
「うん」
 ふたりは狭い脱衣所へ向かい、べっちょべちょの服を脱ぎ散らかしてシャワー室へ入る。
 早々に頭から被ったシャワー。早飯、早風呂は兵隊さんの基本である。キサラギもミロも一人でシャワーを浴びるとなれば烏の行水なのだが、最期まで不愉快な侵略者の体液は落とし難く、洗い流すのには相応に時間がかかった。
「ミロ、耳の裏が洗ったか? こっち向け」
「ん……キサラギ、くすぐったい」
「はいはい、すぐ終わるから」
 少しばかり雑なところが覗く相棒に、キサラギはからりと笑いながら彼の顔を包むように耳の後ろを洗ってやる。
 狭いシャワー室、自然と顔が近づいた。
 ミロがする唇を合わせるにはやや勢いのついたキスは、しかしキサラギには唐突だと感じない。
 いつかは顔を寄せればぎゅ、と目を瞑っていたミロは、随分とキスをすることに慣れた。慣れたというよりも、気持ち良いことだと覚えて自分からも求めるようになったのか。結構、結構。大変よろしい。キサラギはミロから幾らでも求められたかった。
「ミロ、ベッドまで待てるか?」
「っ待て、ない……
 分かり切った質問をするキサラギに切そうな顔をしながらミロが腰を揺らすので、キサラギは彼の下肢へ手を伸ばす。
 降り注ぐシャワーよりも、ずっとずっと熱かった。

 べっちゃべちゃになった。主に下半身が。とはいえ、どれだけべっちゃべちゃになってもシャワーを浴びればさっぱりするもので、キサラギとミロは石鹸の匂いをさせながらシャワー室を出ていた。
 キサラギはソファに座るミロの頭へタオルを被せ、わしゃわしゃと濡れた髪を拭う。短いミロの髪はすぐに乾くのだが、キサラギはついつい念入りに拭いてしまう。鍛えているとはいえ、風邪を引かないように気をつけるに越したことはない。
「終わったぞー」
「ん」
 ちょい、と顔を上に向かせれば、ミロは瞑っていた目を開いて薄い笑みを浮かべた。随分と見る機会の増えたミロの笑顔に、キサラギは良いことだと満足する。大事な人間が笑顔でいられるのは良いことだ。それがささやかでも自分の手によるものであれば尚更のこと。
「今日は疲れただろう」
「いや……こんなものじゃないか?」
「そうか? 体力があるなあ」
「キサラギは疲れたのか?」
 僅かに眉を寄せて心配そうに見てくるミロに、キサラギはひらりと手を振る。ミロは人間と区別していないが、キサラギはヒューマノイドなのだ。人間とは疲労の仕方が違う。つまりは戦闘の後だったとしてもミロの体力が続くまで、彼の若い性欲に応じられるというわけだ。実際にすれば逃げ出したくなることもあるけれど、それは仕様である。文字通り。
「明日は休みだといいな」
「お? お前がそう言うのは珍しいな」
「俺だってゆっくりしたいときはある」
「ふうん。じゃあ、買い物にでも行くか」
「食料はまだあったと思うが……
 なにを買うんだ? と不思議そうな顔をするミロに、キサラギは冗談を言うように笑う。
「──クレヨン」