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みすず
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創作
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こいみる
痕
季節柄、薄着の人々が目につくようになった。
綴は襟ぐりをゆったりさせて首筋を露わにする実貴を見てから、そうっと視線を逸らす。顔も僅かに横を向いた。
「綴さん?」
実貴は横を向くと同時に一瞬沈黙した綴に不思議そうな顔をして、どうしたの? というように首を傾げる。物憂い風情ある美青年の可愛らしい仕草に、綴はいつだって喉がぎゅ、と鳴るようなときめきを覚える。
「なんでもない
……
」
なんでもないわけがない。綴は傾げたことで余計に露わとなった実貴の首筋に、分かりやすく情欲を煽られた。煽られたとはいうが、当然のこと実貴が意識したものではないし、彼はいまも綴が顔を赤らめている理由を分かっていないだろう。綴が勝手に実貴の肌へ触れたい欲に駆られただけなのだ。
「じゃあ
……
なんでこっち向いてくれないんすか
……
」
テーブルに置いていた綴の手、その人差し指を控え目に引き、実貴が眉を下げる。実貴からすれば話していた途中で突然顔を背けられたのだ。疑問に思うだろうし、愛情に不安を見せていた以前の姿を思い返せば、彼の反応は尤もだ。綴は慌てて実貴の手を握り、指を絡める。
「ごめんね! ただ、その
……
」
「その
……
?」
あなたの首筋を喰んで吸って痕を残したいと思いました。
綴はほっっそく息を吸いながら、これをどう柔らかに包み込むように伝えたものか、あるいは誤魔化すかと頭を滑車のように回転させる。
薄着をするというのは暑いからである。その薄着から見える部分に痕をつければ人目に晒すことになる。隠すために覆うにはつらい季節だ。だから薄着をしているわけでと堂々巡り。つまり、綴が抱いたのは実貴を困らせることになる欲求というわけだ。
(どうしよう
……
)
悩むに合わせて絡めた指に柔く力が入り、実貴の指がぴくりと跳ねる。
正直に白状してしまえば、じわりと顔を赤くする実貴はきっと断らないと思うのだ。実貴を困らせる、とは彼に理由を押し付けた言い分であり、ほんとうは綴が彼に色を含んだ目を向けられたくないだけである。大学生となれば出会いを期待するものも多いだろうし、その分だけ他者へ向ける下世話な想像は生々しいものになる。そこへ実貴に情事の気配を残すのは大変全く以てよろしくない。杞憂ではない。恋人として当然の心配である。自分の好きなひとは世界一魅力的なのだから。
さて、それでどうするか、だ。
「
……
俺には言えないこと?」
「実貴くんにしか言えないことです」
不安そうに揺れる実貴の目を見て、綴は誤魔化すという選択肢を投げ捨てた。言わずに実貴を不安にさせるくらいであれば、言って羞恥と気まずさに堪えるほうが余程いい。
「実貴くんの首が
……
」
「首が?」
「
…………
色っぽくて
……
」
「色っぽくて」
復唱して三秒。実貴が首まで一気に赤くなる。綴の触れたくて堪らない首が。
「え
……
っ、あ、それは
……
」
「ぼくだけの実貴くんだって痕つけたくなって、でも見えるところにつけるのってどうだろうっていう心配もあるから我慢するために視界からなるべく外そうとしたの」
全部言った。全部正直に言った。
言葉を探して見つからないというように口をぱくぱくさせる実貴のその仕草さえ、綴にとっては可愛らしく感じるのだと、実貴は知っているだろうか。彼はとても格好いいのだけれど、可愛らしいところも沢山あるのだ。綴はそれを知っているのが自分だけであったらいいなと思っている。
「
……
俺はいいんです、けど」
「でも、友達とかに見られるかもしれないでしょう
……
?」
きゅ、と口を一度結んだ実貴が「別に
……
」と呟く。
「他のやつとか、気にしないから」
もごもごと迷うように目を揺らす実貴の手、絡んだままの指もぽっと熱を持ったように熱くなる。
予想していたとおり、あるいは綴の願望どおりに実貴は構わないと言う。綴は隠しようもない喜びを覚えてしまい、けれどもけれどもと正直に是非と言えない。繰り返すが実貴に下卑た視線を、それどころか熱を含んだ視線すら向けられてほしくないのだ。独占欲である。
うう、と葛藤に唸る綴に、実貴がしょんぼりしたように眉を下げている。そんな顔をさせたくもない。
「
……
ちょっとだけ、ごめんね」
とうとう綴は実貴へ向かって身を乗り出した。跳ねる実貴の体。その首筋に綴は唇を寄せる。
触れて、それだけ。
しっとりとキスをしただけで、綴は体勢を戻した。
きょとんとまばたきをする実貴が首筋を撫でるが、そこに痕はない。
「綴さん
……
? どうして
……
」
吸われた感触もないことから、綴が痕を残さなかったことを察したのだろう。実貴が困惑したように、少しの寂しさを混ぜて見つめてくる。
「うん
……
もう少しだけ、ごめんね」
綴は少しだけ眉を下げて、気恥ずかしさの滲む笑みを浮かべる。
絡めていた実貴の手の甲を指の腹で撫で、それからやんわりと外す。その動作に合わせ、綴はバレンタインに実貴へ贈った指輪を彼の指から外した。
「え」と声を上げる実貴が不安を覚える前に、綴は彼の手を持ち上げてその指に口を寄せる。
がぶり。
噛んだ。
実貴の指輪が嵌っていた指を咥え、綴はくっきりと噛み跡を残す。
「外すところ、誰も見ないでしょう
……
?」
離した指に残った噛み跡をじっと見つめていた実貴がこくん、と頷く。照れたように揺れる目に愛おしさが増して、綴は胸がぽかぽかと暖かくなって目を細める。
「ぼくだけが知ってる、触れる部分だから」
だから、いまはこれだけで我慢する。
「涼しくなったら、今度はつけさせてくれる?」
「っうん、うん
……
つけてほしい」
こくこくと頷く実貴にほっとして、綴は改めて彼に指輪を嵌め直す。噛み跡は指輪に紛れ、一見しただけでは分からない。綴と実貴だけが刻まれた独占欲と愛着を知っている。
「
……
でも」
ひとまず満たされた気持ちににこにことしながら綴が実貴の指を撫でていると、実貴がぼそりと呟いた。
「やっぱり、ちゃんとつけてほしいんすけど
……
」
じ、と頬を赤らめて見つめてくる実貴。綴も顔が恋の熱に染まる。
どうする。どうする!
綴は悩み、悩んで──
後日、実貴の襟は留められていた。
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