まそとお

仲良しすぎて気づいてもらえない

 男性専用の夜の店、時に恋愛へ発展する場所だからか、仲の良いもの同士、下世話にいえば他人の色恋を見て楽しむという層もいる。それを理解しているスタッフは即興劇のように親密な態度を見せることがあり、真朱と兎織もゲストの前でキスの一つや二つや三つもしてみせたことがある。なんなら私生活でしていた。
 左様、勤務中と私生活とで切り替えるほどの差異が、真朱と兎織にはなかったのである。
 そのこと自体には当人間に問題はない。問題はないのだけれど、誤解はあった。
「──ふたりって普段からそんなに仲良いの?」
 テキーラにグレナデンシロップを加えていた真朱は、きょとんとした顔の兎織からオレンジジュースを受け取ってテキーラサンライズを完成させた。
 既にほろ酔いのゲストはにこにこと微笑ましそうに真朱と兎織を見ており、供された甘ったるいカクテルにも上機嫌な様子である。
 普段から仲が良いのか。
 質問を改めて咀嚼した真朱と兎織は顔を見合わせ、同時に莞爾とする。
「そうそう、俺たちめっちゃ仲良いよー。喧嘩とかしたことないし」
「近年稀に見る仲の良い恋人同士ですよ」
 ねー、と声を揃えるふたり、ゲストが「あっはっは」と笑い声を上げる。
「今日は恋人なんだ。幼馴染から進展したね」
 Hmm?
 どういうことかしら、と西洋的に首を傾げた真朱と兎織の頭がこつん、と軽くぶつかる。その様は傍目に仲の良い家族に見えるし、息の揃った仕草に注目すれば双子のようですらあった。
「もっと前は生き別れの兄弟だっけ?」
 口当たりの良さに反して度数の高いテキーラサンライズを飲んで顔を赤らめたゲストが続け、真朱と兎織は「あ!」と思い至る。
 兎織がRooMに勤めてから早々に親しくなったふたりは、自覚する阿吽の呼吸をネタにした小芝居をすることがよくあった。幼馴染、兄弟、同じ桜を見て思春期を駆けたり、前世が夫婦であったりと、口からぺらぺら出るに任せて親密な関係を捏造した。実際には血の繋がりは一切ないし、故郷も違う。
「いやいや、いまはもう恋人になったんだよね」
 ぱたぱたと手を振りながら兎織が言うが、ゲストは分かっているんだかいないんだか、十中八九分かっていない顔で「うんうん」と頷いている。
「いまは恋人なんだね」
「いま」の意味合いが明らかに違う。
「いえ、本当に恋人なんです」
「うんうん」
 分かってる分かってると繰り返すゲストは全く分かっていない。真朱と兎織はどうしたものかと視線を合わせる。その様子にすらゲストは「うんうん」と頷く。真朱と兎織は短時間で「うんうん」という相槌の好ましさが下がった。
 しかしながら、理解してくれないゲストが悪いかといわれるとそんなことは決してないだろう。
 勤務中も私生活も互いへの態度にほぼ変わりがないふたりは、恋人となる以前と以後にすらやり取りや雰囲気に違いがないのだ。変化を挙げるとすれば性交の有無であるが、いくら夜の店とはいえ他者に堂々と告げる内容ではない。ましてやキスやハグと違って見せるわけにもいかない。コンプライアンス。そも、性交に至ったのは恋人となる直前である。
 どうしたものかしら。
 他者に認められたいと思う気持ちとは違うのだ。ただ、勤務に障りがある。
 RooMはゲストがスタッフをホテルへ誘うことができる。特別接客として給料が発生する業務内容の一つだが、当然のことスタッフには拒否権があった。
 拒否とは拒絶ともいえる。スタッフという立場上、ゲストを拒絶することを面白く思わない手合いがいるのだ。思わないだけであるならまだしも、口に出して文句を言う。態度が嫌味ったらしくなる。所謂クソ客へ変貌するのだ。これがスタッフであるふたりにとっては面倒くさくて面倒くさくて、裏に戻った際には「だっる……」と肩を寄せ合っていた。
 しかし、そんなクソ客も高確率で納得させる理由を真朱と兎織は有することになったのだ。
 恋人がいます。彼です。
 操を立てる相手が、すぐそこにいる。これで特別接客を強要する輩がいれば、それはもうクソ客通り越して疫病神である。
 その大変ご尤もな事実を、目の前のゲストは信じてくれない。一人が信じてくれないのであれば、他のゲストも信じてくれていない可能性がある。クソ客予備軍が嘘を吐かれたと勘違いして絡んでくる可能性も発生する。なんてっこたい。
「ええと、ほら……月村さん、失礼」
 真朱はちょい、と兎織の唇に口付けた。兎織は慣れたように真朱の腰に腕を回し、一度は離れた唇を自分から追いかける。とっても恋人。
「相変わらずだなあ」
 一笑に付された。なんてこったい。
 一瞬、参ったなという顔をし合った真朱と兎織は、目配せしてバードキスからプレッシャーキスへ、相手の唇を軽く喰んだりとした。とっても恋人。
「SNS用? 俺、写真撮ろうか?」
 営業だと思われた挙句に親切心を発揮された。
 真朱と兎織は顔をしわっとさせて困った。別に思い切り舌を絡めるくらいなら、ゲストの前でしたこともある。恋人になる前に。チップを握らされて。
「先輩……これ俺らからじゃなくて、他のスタッフが言ったほうが信じてもらえる気がする……
「そう、ですね……それとなく、どうにか……
 その場にいないスタッフ間の関係をどう話すのか、話せるのか、スタッフを厳選しなくてはならないが。態々そんなことを請け負ってくれるスタッフがいるか、分からないけれど。
 真朱と兎織は顔をくちゃっとさせて悩んだ。ふたりの苦悩も知らず、いつの間にかテキーラサンライズを飲み終えたゲストがヴェスパーを注文する。
 その後も真朱と兎織は近日稀に見るほどいちゃいちゃして見せたが、0⚪︎7には程遠いゲストの観察力には通じなかったし、ゲストの退店後にいちゃいちゃしすぎと他のスタッフから苦笑されることになる。
 自分たちの関係がRooMに浸透するまで、もう暫し時間がかかることを予想した真朱と兎織は遠い目をした。

(こんなに仲良しなのに!)