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みすず
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創作
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冬人と水樹さん
成立
急転直下。
制御不能。
酸素が足りない。
「──他に好きなひとがいるから」
偶然、聞いてしまった言葉は冬人の頭にかつん、と小さな石を投げ込んだ。
失恋した。一瞬前まで恋をしている自覚もなかった。
冬人は努めていつも通りの「冬人さん」の顔を思い浮かべて、表情にしながらちくちくじくじく痛みを増していく胸を無視していた。
「冬人さん。今日、調子悪い? ハンバーグやめとく?」
「え? いや、大丈夫だよ。なんだっけ拳骨ハンバーグ?」
「そうそう! 冬人さんの拳くらいあってね。割ると噴水のように肉汁がですね
……
」
身振り手振りに向かっている店のハンバーグの話をする水樹。彼の肉体言語を具現化したらハンバーグはナイフを刺した瞬間に爆発し、肉汁は洪水となって街を呑み込むことだろう。
いつも通りだ。
水樹の軽妙な話振りを聞いていると、立ち聞きしてしまった内容が嘘なのではないかと冬人は思う。思い、傲慢かと自重する。
日永水樹というひとは魅力的な存在だ。
くるくると変わる表情、満面の笑み。他者の視界へするりと入り、堂々と話す。おかしみをたっぷりに、ときに惺惺と明敏に。
多くの人よりも働き者だった心臓を抱えて懸命に生きて、現在を全力で走るひと。及びもつかないひと。
尊敬している。憧憬がある。言葉にできないほどの感謝がある。
そんなひとだから、おかしいことなどないのだ。当たり前なのだ。
水樹が告白されていた。つい、先ほどのこと。
水樹の退勤後に食事を、と約束していたから冬人はいつものように彼を迎えに行ったのだが、そこで見つけた水樹を引き留める女性の姿。冬人も見かけたことのある彼女は、水樹の同僚であったように思う。あまり他者の顔を見ない冬人であるが、彼女の顔には見覚えがあった。どうしてか。どうしてだろう。
(分かってる)
今ならば分かる。
以前から水樹を見る目に甘やかな輝きのある女性であったから。彼女が水樹と話しているのを分かっていて、気づいていない振りをして水樹へ声をかけることを冬人は二度、三度としていた。卑怯者。きっと、彼女には随分と恨まれているに違いない。空気の読めない男だと。
とくと恨まれるべきだ。冬人は自分がどうしてそんなことをしているのか、今日までとんと気づいていなかった!
うろうろと彷徨わせた視線を水樹へひたりと定め、いじらしい気持ちを声に言葉にした彼女。その彼女の勇気に見開いた冬人の目を凍りつかせた水樹の返事。
「他に好きなひとがいるから」
いつ。誰。どうして──嫌だ。
かつん、と投げ込まれた小石が冬人の頭に波紋を作る。しかし、どれも意味のある思考となって揺れはしなかった。石の当たりどころは最悪だ。
水樹が好きだ。
ただ、それだけが思考の岸辺に残ったのだから。失恋と一緒になってだ。
呼吸もままならなくなりそうで、逃げ出してしまいたくなって、それをどうにか抑えつけながら冬人は水樹と「チーズ入りもあるらしいんだけど罪深すぎない?」「サラダで減刑願おうか」などと話している。
「
……
ねえ。冬人さん、ほんとうに今日どうかした? なんか元気なくない?」
我ながら素晴らしい役者振り。そう自画自賛したくなる無様を、しかし水樹は見逃してはくれない。
「そう、かな? 季節の変わり目だから風邪の前兆だったら嫌だな
……
水樹くんの調子は?」
「元気」にかかる意味をすり替えて、質問を被せる。普段はろくに回らない口がこんなときばかり冴えているのが嫌だった。よかった。矛盾。
「I’m good! 僕、結構鍛えられたんだよ? 見てくださいよ、このパーカーも随分とぴったりになって」
以前、退院してすぐの頃。かりかりに痩せていた水樹の体はゆったりとしたパーカーのなかで泳いでいたのに、いまではあの頃よりもだぼついた印象はない。冬人は教科書にある「I'm fine」とは言わない水樹に、一緒に見たロンドンの時計塔を思い出す。あの写真はまだ現像していない。
随分と一緒にいたのに、そう思うのに、冬人は水樹の恋にまったく気づかなかった。
知らないままでいたら、いままでのようにいられたのに。他愛のない連絡をして、触れたこともないものに挑戦して、ときに山を越えて海を渡る。隣で笑い合って、そんな時間を写真に残す。そういられたのに。知らなければ、気づかなければ、聞きさえしなければ!
この後に及んで尚も冬人はずるい考えばかり浮かぶ己を唾棄する。
「あ、お店あった! 早く、行こ」
笑って自分の腕を取る水樹の目に浮かぶ困惑と気遣う色に、冬人は知らない顔をする。
水樹がこうして腕を引きたいのは、あるいは引かれたいのは誰なのだろう。
味をよく覚えていないハンバーグを食べてから少し経ち、冬人は水樹からの新たな誘いを断った。
「もしかしてやっぱり体調悪くなっちゃった?」
心配するスタンプとメッセージに、冬人は「違うよ」と短く返す。短すぎるので「ちょっと立て込んでるだけ」と付け加えた。嘘ではない。自覚と同時に失恋した冬人は思考も感情も手一杯で、未だに整理がついていない。こんな呆れた屁理屈だけれど、水樹に対して仮病を使うよりずっといい。それだけはしてはいけないのだ。
暗くなった端末の画面に冬人は眉を下げる。水樹の誘いは盛りを迎える花を観に行こうというものだった。断ってしまったから、今年はもう観られないだろう。もしかするとこの先もずっと観に行けないかもしれない。
(水樹くんは誰かと
……
好きなひとと観に行くのかな)
ほんとうに予定が合わず誘いを断ったことは、いままでもないわけではない。その際の水樹はひとりで赴いたようであったが、現在はどうだろうか。好きなひとを誘うのだろうか。何度も冬人の手を引いた快活さで、恋に臆することもなく。
そのほうがいいから、恋路の妨げになるべきではないと断ったのは自分であるというのに、冬人は否定できない後悔に顔を歪める。
「やっぱり行けるようになった」どんな顔をして?
「解決したからもう大丈夫」なにも解決していない、片付いていない。
「ごめん。来年は絶対に観に行こう」来年もこんなやり取りをできるのか分からないのに。
送れるわけのないメッセージを思い浮かべては自分で打ち消し、冬人は自己嫌悪に浸る。
水樹と出会ってから随分とましになったように見えた悪癖が剥き出しになっている自覚に、冬人はぐしゃりと前髪を掻き乱した。
言われてもいない言葉に身構え、慮る振りで重ねる自己防衛。邪魔になってはいけないなどと建前で、水樹のほうから線を引かれるのが恐ろしいだけなのだ。だから、自分から線を引く。それなのに自分からは線を引ける。呆れるほどの身勝手。
「ごめん
……
」
冬人はか細い呼吸を繰り返す。
「冬人さん、言いたくなかったらいいんだけど」
自分を避けていないだろうか。
入ったカフェでたっぷり絞られた生クリームをアイスココアに沈め溶かしていた水樹が言った。遠出に誘う彼に断って五秒後のことであった。
冬人が水樹の誘いを断るのはもう数度目になる。連続してのことではない。意図的に何回かに一度断るのを繰り返して数度。そうして会った今日、直接の誘いを断られた水樹は、とうとう直情的に問いかけてきたのだ。敏い彼は既に「最近、忙しい?」と問うてきたことがあったが、あの場では呑み込んでくれた「余裕がない」という冬人の言葉は、その後の自身の行動にまで紗をかける効力を持たなかったらしい。
「僕がなにかしちゃったなら教えてほしいんだ」
水樹は口角を強張らせながらも曖昧な言葉を使わずに問うてくる。彼の榛色の目は緊張に揺れていたが、冬人の目から逸れることはなく、こんなときにも感じる彼の凜とした誠実さに冬人の胸は刺されるように痛んだ。
「
……
水樹くんがなにか悪いっていうのは絶対にないよ」
これだけははっきりと言わなくてはいけない。どうにか絞り出した声は震えていなかっただろうか。
なんの非もない水樹に言わせていい言葉ではなく、させていい質問ではなく、冬人は申し訳なさと情けなさに胸がつかえ、雨ざらしにされた犬の表情で俯く。水樹は視線を逸さなかったのに、冬人は彼の顔を見ることさえできなかった。
(ちゃんと、しないと
……
)
ちゃんと。それはどういうものだろうか。少なくとも水樹からすれば唐突に態度を変えて、理由を曖昧にさせておくようなことじゃない。
ならば、どうすればいいのか。
告白現場を目撃してあなたへの気持ちを自覚しましたが、失恋したのでいままでの距離感を保てずにいます。
言われたほうは堪ったものじゃないだろう。
切り替えなければいけない。気持ちを、態度を。ぎくしゃくとした現在は冬人が作り出してしまったものだ。水樹はなにも変わっていない。冬人だけが勝手に恋を抱えて変わってしまった。
「
……
この前、誘ってくれた花は観に行けなかったから、今度はここ行ってみない?」
「どれどれ? おわ、きれい
……
」
重苦しく落ちる沈黙を泳ごうと話す冬人に、水樹はぱっと前のめりになって差し出した端末を覗き込んだ。直前に丁寧なまばたきをした水樹は、話を逸らしたことを堪えてくれたのかもしれない。だが、端末に表示される景色に輝く目も嘘ではないだろう。水樹が正の感情を偽らないひとだと、冬人は知っていた。
「ねえねえ、フォトコンの写真もここで撮らない?」
たぷたぷと画面を叩いていた水樹が顔を上げる。
フォトコン。水樹が告白される日の前に、冬人は彼とフォトコンテストに参加する約束をしていた。その頃はコンテストは開催が発表されただけで、作品の提出開始はもう間もなくからである。
「やっぱり新しく撮りたいしさ。どう?」
じ、と見つめられ、冬人の顔は自然とほころんだ。
「うん、いいよ」
頷いた冬人に水樹が満面の笑みを浮かべる。やった! と声を上げ、早速とばかりに予定を詰め始める彼の姿に、冬人は不思議と胸の強張りがほろほろ崩れていくような心地がした。
「じゃあ、英気を養うためにもここはひとつ乾杯を
……
」
おかしみのある節回しで言い、生クリームがほぼ溶けたアイスココアのグラスを重々しく持ち上げる水樹に、冬人も自らのカフェラテが入ったカップを持ち上げる。ぶつける振りをして揃えた乾杯。
「当日、晴れるようにてるてる坊主業者になる。従業員募集中です」
「あはは。従業員になります」
「ふむふむ
……
日永工場への志望動機は?」
「ええ?」
しかつめらしい顔で問うてくる水樹に、冬人も態とらしく咳払いをして姿勢を整える。
「工場長と良い写真を残したいからです」
後に振り返っても笑顔になれるような時間を少しでも残したい。
「ふむふむ
……
採用!」
声にしない本音は聞きようがない。そのことに安堵する冬人だが、彼だって丸を作った指を突き出す水樹がどんな気持ちでいるか、ちいとも分かっていやしないのだ。
「楽しみだね、冬人さん」
まったく、分かっていやしなかったのだ。
丘には天にも地にも青空が広がっていた。
施設に入って少し歩いた先にある光景に、冬人も水樹もまず言葉を忘れて立ち尽くした。空と同じ青が広がる大地はそれだけ鮮鮮としていて、ほかに類を見ぬ天国の光景にすら思えたのだ。
「すごい
……
なんか、広いね
……
」
圧倒されたように言う水樹に頷いて、冬人もそろそろとした声で「行く
……
?」と訊ねる。
ふたりの目の前に広がるのは一面のネモフィラ。満開のネモフィラが美しい青空の色で染め上げる丘には、誰かが鳴らす度に鐘の音色が響き渡っている。
「うん
……
うん、行こ!」
一瞬、引かれて離れた腕。一歩目は躓きかけて、二歩目で冬人は水樹に並んで歩く。風に首筋を撫でられる度に、鼻先でほんのりとした花の甘さと青さが香った。
傍目には花に隠れて見えなかった通路を進み、はしゃぐこどもを連れた父親と会釈し、のんびりと手を繋ぐ恋人の横を通り抜ける。進んでも振り返っても見事に咲くネモフィラの広がる光景は浮遊感すら覚え、冬人と水樹は暫し目的である写真を撮るどころかカメラに触れもしないまま歩き続けた。
「ここが一番高いところ、かな?」
「そうみたいだね
……
これ」
緩やかに見えても傾斜を歩き続けていると体は熱くなる。水樹が服の胸元を掴んでぱたぱたと熱を逃がしているのを見た冬人は、持参した未開封のペットボトルを開けて彼に渡した。
「ありがとう。晴れて嬉しいけど、結構暑いね」
拵えたてるてる坊主の甲斐があってか、うっすらとした巻雲が彩る晴天からは真っ白な陽光が降り注いで、色素の薄い水樹の髪の輪郭を解かしている。眩しそうに目を細める仕草は眠たげにも見えて、須臾の間に冬人へ病院で見た横顔を思い出させた。
冗談めかして幽霊などと言っていた。肉の薄い手で押された車椅子、真っ白なシーツの翻る屋上は今日のように真っ青な晴天で、鬱屈していたなにもかもが解けていくようだった。
低い体温を知っている。青褪めていた寝顔がいまは穏やかに明日を待っている現在も。
「水樹くん」
ペットボトル片手にぷはあ、と口で言う水樹に向かい、冬人はカメラを取り出す。
「ちょっとー、事務所には内緒ですよー?」
構えられたカメラに気づいた水樹がピースサインを向ける。沢山のビー玉がぶつかり合ったようにぴかぴかと輝く笑顔。冬人の口元がほころぶ。
「すきだよ」
誰かが鳴らす鐘。
機械的なシャッター音。
からぁん、からぁん。鐘の音が響き続ける。
「
……
なにか言った?」
「笑って、って」
不思議そうに首を傾げる水樹に、冬人は緩やかに首を振る。
とても晴れやかな気持ちであった。聞かせるつもりのない告白でも、たったひと言を音にしただけで早朝の湖面よりも心が凪いだ。だから、訊いて、訊けてしまったのだ。
「水樹くん、好きなひといるの」
カメラをしまいながら何気なく。冬人に緊張はなかったけれど、唐突な問いに水樹は「
……
んっ?」と目をまあるくして言葉に詰まり、ほんの僅か困ったような弱ったような眉の下げ方をした。
「
……
うん、いる。絶賛片想い中です」
にへ、と小さく浮かべられた笑みは、このひとは恋をしているのだと見ているほうの胸をあたたかくする。誰かを想うひとの顔は、秋に描かれる芸術全てを集めたよりも心揺さぶる魅力があった。
それはどんなひと? いつ出会ったの?
どんな先行きに向かっているの。
「
……
そっか。結構一緒にいたのに知らなかったなあ」
凪いだと思った胸が痛むのを知らない振りで、冬人は視線を落とす。
このときの冬人は、振り返れば恥ずかしくなるほどに自分勝手で独り善がりであった。いっそ、恥知らずなほどに。
「──うんうん、結構一緒にいたよね」
重々しく頷く水樹の表情が、ふとモノクロ映画のように変わる。柔らかに緩んでいた頬は硬質に削げて、透徹した目が冬人を射抜く。
「入院してた時からいままでずっと」
ずっと、と重たく落ちる音に冬人の喉はケく、と奇妙に小さく鳴った。
「冬人さんと一緒にいるの楽しくて あちこち連れ回しちゃったり押し掛けちゃったり
……
」
──本当に気づいてない?
じいっと水樹に顔を覗き込まれる。それは冬人自身が見えていなかった心の奥底、内側、裏側までもそっくりと。
蟀谷に汗が伝う。頭痛がしたと思ったが、実際には激しすぎる鼓動が響くせいだった。
冬人は無意識に真っ直ぐ結んでいた口を開き、閉じて、開き、結んで、まさかと思考を繰り返す。
水樹はいま、なんて言ったのだろう。きちんと聞いた。水樹はいま、なにを言ったのだろう。きちんと理解しなくてはいけない。している。した。音を言葉に、言葉を意味に順繰りと変換し、思考へ解かしていく。
気づいていなかったのか。
「
…………
俺は
……
例外だと思ってた」
鼻に皺を寄せ、きつく目を閉じる。
「入院してた頃の分があるからだって
……
だから、そんな都合のいい自惚れはできなかった、よ」
冬人と水樹の出会いは特殊だった。同じ病院に入院する患者同士ならば珍しくもない。片方が退院した後も繋がりが切れないこととて間々ある。だが、ふたりの繋がりは人間関係における関心などでは片付かない理由で、常に断絶の気配が薄く影を忍ばせていた。
明日が保証されている人間などどこにもいない。それでも冬人は水樹の明日が欲しかった。明日、笑う水樹にいてほしかった。そのときの彼には酷かもしれないと思いながら求めた願いは、現在も果たされ続けている。左様、現在も。
卑屈は侮辱だ。
冬人は水樹のなかで、病院という限られた世界の地続きに自分がいると思っていた。広い世界を巡り歩くようになる水樹にとっては、いずれ過去の通行人になると。それが現在も冬人の願いを叶え続けてくれる水樹に対して、どれほど無礼な思い込みであるか、いまようやく、やっとこのときになって骨の髄にまで染み渡り、恥じ入った。
「自惚れていいのに。冬人さんには恩もあるし、ずっと一緒にいたから仲良しなのは勿論なんだけど
……
」
水樹が眼差しを穏やかにさせる。
「僕思っちゃったんだよね。冬人さんに、僕以外の誰かが僕以上に仲良くなるの悔しいなって。いつかいつもみたいに会えなくなる日が来るのは嫌だなって」
だんだんとハの字になる眉と赤く染まっていく耳。
「
……
僕の好きなひとは冬人さんだよ」
恋をしているひとの顔で、水樹が言った。
冬人ではとても勇気の出ない言葉の数々を声にして伝え、冬人を見つめている。どれもこれもが自分に向けられているとは信じ難かった。けれど、嘘だなんてもう言えない。思ってはいけない。咄嗟に出そうになる否定を冬人は呑み込む。呑み込んで、自分も言わなければいけない。隠さずに伝えるべきなのだ。
「
……
嬉しい。俺も、水樹くんが好きだから
……
」
水樹が告白されていた日、水樹には想う相手がいるのだと思った。その思考が水樹を軽んじているようなものだと理解していなかった。
ごめん。ごめんなさい、心から。
好きです、あなたが好きです。心から。
「ほんとうっ?」
顔を覆う冬人にかかる、水樹の弾んだ声。
「聞き間違いじゃないよね?」
がし、と腰に感じる懐かしくさえある腕の感触。水樹が小刻みに震えながら、きらきらと星を飛ばすように目を輝かせている。
思わずぽかんとしてしまうほど、水樹の声にも表情にも喜びがあった。
「
……
うん、そうだよ」
冬人は頷いて、改めて目の前にいるこのひとが好きだと噛み締める。
「俺は水樹くんが、好きです。多分、ずっと前から」
自覚したのは遅かったけれど、すぐに諦めようとしてしまったけれど、自分は水樹のことが好きだった。好きだ。ずっと、ずっと前から好きだったのだ。病院の屋上、春の花曇り、向日葵の咲く硝子、水の都のカンツォーネ、振り返る景色のすべてに水樹を思い宥らんでいる。
「僕も冬人さんが好きです。大好きです
……
えーどうしよう、すっごく嬉しい。これってさ、僕たち今日から『恋人』ってことでいいんでしょうか」
そうっと抱きしめる冬人よりもずっと強い力で抱きついて服に顔を埋めた水樹は、その顔を唐突に上げるなり満面の笑みを浮かべる。水樹のいう「恋人」の関係名称に冬人の心臓は跳ね、体は一瞬硬直した。思い込みの失恋で落ちたどん底から天国に引き上げられるまでが急で、気圧についていけない。
「
……
そ、だね
……
うん、水樹くんの恋人って名乗っても、いいですか?」
喜びに舌をもつれさせ、目一杯に照れる冬人の手を健康的な厚みを持つ水樹の手が握りしめる。ぶん、と振るように大きく頷く顔。
「これからもよろしくね、冬人さん」
冬人は、は、と短く息を吐き出す。
「うん
……
よろしく。ずっと、お願いします」
この先も、ずっと。ずっとずっと一緒にいてほしい。一緒にいたい。
恋人として願いを込めて、冬人は水樹の形のいい額へこつん、と自分の額をぶつける。
ざ、と音を立てて風が吹く。また、誰かが鳴らした鐘が鳴る。波のように揺れ靡くネモフィラの甘い香り。
青々と広い世界の只中で、冬人はやっと呼吸を取り戻した。
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