叔父甥

過去と現在

 道端に咲く菜の花が揺れている。
 この頃、日差しは随分と暖かくなったが、日が暮れれば風は少し冷い。サユリはぽかぽかと暖かい手を見下ろして、繋いでいるちいちゃな手ににこりと微笑む。
「白雪くん、暑くはない?」
「なぁい」
「寒くはない?」
「なぁい」
 自分を見上げて花丸満点の笑みを浮かべる白雪の額や首筋が汗を掻いていないことを確認し、サユリは「そっかあ」と繋いだ手をゆらゆらさせた。
 ヒメカの代わりに幼稚園へ白雪を迎えに行った帰り道、サユリは小さな甥の歩調に合わせてのんびりと歩いている。サユリと白雪には随分と身長差があるので、手を繋げばサユリは自然と体を斜めに傾けることになるが、不自由な体勢などちいともつらくなかった。
「さゆくん、お花」
「うん。なんて云うんだろうね」
「白いね」
「白雪くんのお手々に似てるねえ」
 白雪が指差す先、サユリは名を知らぬが辛夷が咲いている。花の大きさも真っ白なところも、白雪がぱっと開いた手のひらのようだった。
「可愛いね」
「ようち園でね、チューリップ植えたの」
 幼児の会話はあちこちへ飛ぶ。それは去年のことではなかったかしら、と思いながらも「そうなの?」と調子を合わせて促せば、白雪は「あのね」と散らかった玩具箱から目当てのものを引き出すように言葉を探し始め、つっかえつっかえに話し出す。
「白いの植えたの」
「うん」
「もうすぐ咲くからね」
「うん」
「そしたらさゆくんにも見せてあげる」
「そっかあ」
 どうやら去年植えたチューリップがもうすぐ咲くという話であったらしい。
 話しているうちに楽しみで興奮したのか、白雪の頬はりんごのように赤くなっている。手を繋いでいなければつついていただろうけれど、白雪は嫌がるかしら。きゃあきゃあ声を上げて喜ぶような気もする。
 サユリは「あのねあのね」と興奮治らぬ白雪を抱き上げて、しっかり拝聴の姿勢を整えた。抱っこしているほうが歩くに楽だし、顔が近くなるので会話もしやすいのだ。ヒメカには自分で歩かせなさいと怒られてしまうこともあるが、叔父が甥を無責任に甘やかしてなにが悪いというのか。態々言うまでもなく悪いことだと知ってはいる。
「さゆくん、今日はお泊まりする?」
「うん……
 サユリが泊まるということは、ヒメカの帰宅が遅くなるということだ。母親の不在に寂しがる甥を知るサユリとしては笑顔で肯定するには胸が痛い。
「じゃあ、さゆくんといっしょに寝る」
「おふろも!」ときゃらきゃら笑い声を上げる白雪は、今のところはしゃいだままだ。これが夜になったらどうなるか、それは日による。白雪はあまり我儘を言わない子なので、すんすんと泣いている姿を見るのは胸が締め付けられる。泣くななどと言わないが、叶う限り悲しい思いはしてほしくない。サユリは白雪の体力が切れるまで遊ぼうといつもの決意をした。
「さゆくん、またお花」
 サユリの頭に片手でしがみつきながら、白雪がまた指を差す。
「似てるけど、さっきのとは違うね」
「ねー」
 あれはなんと云うのかしら。

 道端に咲く菜の花が揺れている。
 花曇りに夕吹あればひやりともしようが、サユリは自身の腕に絡む温かな細腕を見下ろして、肩へ寄り添う小さな顔ににこりとした。
「白雪くん、暑くはない?」
「平気。さゆくん、暑い……?」
「暑くないよ」
 腕を離さなければだめだろうかと眉を下げる白雪に、サユリは微笑んだまま首を振る。
 夕飯の買い物に出た帰り道、サユリは白雪と腕を組みながら少しの散歩を楽しんでいた。自然と寄り添いながらのんびりと歩いていれば、そこかしこに春の気配が芽吹いているのに気づく。もう少し暖かくなれば、腕を絡めるのに上着を脱ぐことになるだろう。
「さゆくん、花が咲いてる」
 白雪が指を差す先に花木がある。白くぽってりとした花びら。
「ああ、この時期によく見るね」
「なんて云うんだっけ?」
「白木蓮」
 ハクモクレン? と白雪が繰り返すのを聞きながら、サユリは絡めているのとは反対の手で白雪と手を重ね、指を絡めた。その様は白木蓮が咲くのに似ていた。
「白雪くんの手に似ているから覚えたんだ」
 その言葉は、蔦が絡むのに似ていた。
 きゅう、と握り込んで見つめた白雪の顔は桜色に染まり、目に春を湛えてサユリを見つめ返す。
……今日、泊まってもいい?」
「うん、いいよ」
 一緒に寝て、お風呂にも入れてあげる。体力が尽きるまで気持ちいことしようとサユリは甥の耳元へ楽しげに囁いた。
 は、と弾んだ短い呼気。白雪のそれを奪ってしまいたい気持ちはなんと云うのかしら。
 きっと、体を傾けながら繋いだ手のなかにはなかったものだった。