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みすず
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Rabbit in the RooM
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笙祠と喰斑さん
花
モノトーンで揃えられた最低限の家具と、反してごちゃりとベッドの上に積まれた布団やクッション。
笙祠が感じたのは室内を構築する差異ではなく、喰斑の一種性格ともいえるものとの差異であった。
「なにか気になるものあった?」
二人の成人男性が横になれるよう、布団を整える喰斑が部屋を見ていた笙祠に話しかける。じろじろと周囲を見渡していたわけではないが、不躾には変わりなかったと視線を彼に戻せば、笙祠が知るよりも色濃い隈を拵えた喰斑が怠そうに瞼を重たくしている。
「いいや。寝るとき以外は平気なのかと思っただけだ」
ベッドへ視線を向けなければ、喰斑の部屋は簡素だ。ひとによっては寂しいと思うものもいるだろう。笙祠は部屋など自分の趣味でどうにかすればよろしいと思っているが、他人の体温がなければどうにも眠れないらしい喰斑の部屋と考えると予想外に思ったのは確かだ。
「ああ
……
拘りがなくて。普通に過ごしてるよ」
随分と気にさせてしまったらしく、そわそわとした様子を見せる喰斑に軽く謝るも彼は首を振る。深刻な睡眠不足を抱える相手に申し訳なかったな、と笙祠はベッドへ腰掛けて彼の頬へ労わる気持ちで手の甲をあてる。平素から他者との距離が近く見える喰斑は、肌に触れられても緩く微笑んで自らも頬を寄せた。
「ねえ、置くならどんなものがいいかな?」
緩く肩を押して促せば、そのままベッドへ横たわった喰斑に問われ、笙祠はもう一度部屋へ視線を向ける。
モノトーンの部屋。差し色を加えるだけで印象は変わるだろうが、この家主は寂しがりだ。視覚効果など住み暮らせば慣れるのは早い。そも、部屋など慣れ親しむべきものだ。
「自分が困ってねえなら気にすることはないが」
笙祠に浮かんだのは色とりどり。
「お前なら花がいいんじゃねえの」
花には香りがある。曲がりなりにも生物としての気配がある。そして、枯れるのだ。
自分以外の気配と、慣れる前に移り変わる香りと色、形。
ありきたりではあるが適当であるとも笙祠は考えるが、はて一般的な成人男性が好むかどうかは別である。
「花
……
花かあ。その手は頭になかったな」
今度やってみる、と笙祠の杞憂を解く喰斑に、なんとも素直な性分だと思わずまじまじと見つめそうになり、これ以上彼の気を煩わせるわけにはいかないと、笙祠は不自然ではない程度に目を逸らした。
「眠いところを邪魔して悪いな。寝ろ」
「ううん、大丈夫
……
」
言いつつも眠そうな喰斑の横に潜り込み、笙祠は一枚二枚と引っ掛けた布団のなかで腕を広げる。慣れたように収まってくる喰斑の体温に、笙祠も随分と慣れた。いっそ腕に抱いていればしっくりくるような気さえする。
「ん
……
久しぶりの香りだ
……
落ち着く
……
」
目を瞑る喰斑の呟き。
そういえば、と笙祠は自らが部屋で焚いている香を思い出す。日本ではあまり有名ではないキフィは元々寝室、眠りを守るためのものだった。奇しくも喰斑に合う香りにそうと教え、煙草も混じっているかと思い至る。
「んん、お香かぁ
……
最初会ったときから、煙草とは別にちょっと変わった香りだなぁとか思ってたんだけど
……
いい香りだね」
うとうとと言うのを最後に力の抜けていく体。眠る人間特有の温かさが腕と胸に伝わり、笙祠は冷い空気が挟まらぬように喰斑を抱きしめる腕に少しだけ力を込める。
抱きしめた体は笙祠が覚えているよりも少し痩せたように感じる。仕事に根を詰めて、さらには寝不足だ。そうなっても当たり前だろう。
可哀想に、と自然に思った。なんとかしてやれることならしたいし、人肌のひとつやふたつ、時間の幾らも都合するのに惜しみはしない。
「ゆっくり眠れ。おやすみ
……
」
喰斑の頭にキスをひとつ、笙祠は彼の寝息を聞く。落ち着いた寝息は聞くものも安らがせる。笙祠はぼんやりとした心地良さを感じながら、日が暮れていくのを見送った。
「──きれいだね。いい香りだし
……
水仙ってまだ咲いてたんだ」
「もう最後だな」
喰斑の店に花が活けられているのを見つけてから、笙祠は時折花を携えるようになった。花瓶へ活ける喰斑の手際は良く、笑顔で「ありがとう」と言う彼に笙祠は首を振る。元より自分が提案したことだ。
「部屋にも飾ってくるね。ごめん、少しだけ待っててくれる?」
「構わん。新作あるんだろ? 見てる」
「ふふ、結構自信あるんだよ?」
はにかんで住居部分へ向かう喰斑を見送って、笙祠は店内を見て回る。
喰斑の作品は花をモチーフにしたものも多い。新作として連絡された作品のなかにも春の花をモチーフにしたものがあり、笙祠は「これか」と見つけたそれに目を細める。相変わらず、いいや、以前よりも一層美しい。日々、腕の磨かれていく様には拍手しかできない。
「なにか気に入ってもらえたかな」
戻って来た喰斑が笙祠の横に立ち、一緒に並べられた作品を見ている。ふわりと僅かに香る水仙の名残り。
「お前が作るもので気に入らなかったことがない」
「いつも嬉しいこと言ってくれるなあ」
喰斑は「そんなことない」といったことは言わない。そのことに笙祠は僅かに口角が上がった。自分の作るものには自信を持つべきだ。誇るべきだ。向けた賞賛に不要な謙遜など無粋もいいところ。
「これが欲しい」
「分かった。包む?」
「いや、着けていく」
笙祠が指したのは菫をモチーフにしたイヤーカフ。すっかりとピアスに慣れたが、以前はイヤーカフを着けることが多かった。菫も好きな花である。今の時期によく似合うだろう。
「毎回、新作を片っ端から持っていって悪いな」
「気に入ってもらえるのが一番嬉しいよ」
緩やかに微笑む喰斑の目の下に、今日は隈が薄い。会計を済ませてイヤーカフを受け取った笙祠は、耳へ手をやるのに伏せた顔を笑ませる。
「また来る」
「お待ちしてます。ねえ、今度はご飯食べに行かない?」
喰斑とは店の外で会うことが増えた。予定がない限り断ったことはないし、楽しみでもある誘いを断る理由もない。今回も頷けば、どの店がいいかなにを食べに行こうかと幾つか話をして、世間話も僅かに混ざる。
「じゃあ、後で連絡するね」
「ああ、待って、る
……
っ」
「っと、わ
……
」
店を出た途端に吹いた風。開いたドアから入った風に喰斑の長い髪が乱れるのを見て、笙祠は風が落ち着いてから彼の黒髪を手櫛で整えた。せっかくの良い男なのだから。
「ありがとう
……
笙祠さんも」
喰斑の長い指が伸びて、笙祠の髪を耳にかけた。イヤーカフを着けている側。
「よく似合ってるよ」
満足そうな喰斑に、笙祠は「当たり前だろう」と不遜に言う。
「お前の腕も、作ったものも信頼してる。なにより好みだ」
だから、また隈など拵えてくれるなよ、とは声に出さない。
そうとなれば、笙祠は幾らでも胸を空けるつもりであったので。
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