まそとお

服を選ぶ

 あらかじめ申し上げるところによると、真朱はきちんと下心がある。
「そろそろ暖かくなりますし、なかをVネックにするのも良さそうですね」
「真朱さん、くすぐったいよー」
 真朱が兎織の鎖骨を服越しになぞれば、彼はくすくす笑って僅かに喉を反らす。店員が見ているので喉仏をなぞるのは自重した。
 真朱は兎織を連れて服屋を訪っていた。自身が好むブランドの系列レーベルで、同ブランドのなかではカジュアル寄りだが、モノトーンが主で落ち着いている印象だ。
 どれだけ親しみやすさを演出しようと、服屋は重厚な布の気配を隠せない。真朱はこの空気が好きでのんびり服を選ぶのが常だが、今日は兎織を連れているのだ。あれも気になるこれも似合いそうと彼へ服をあてる手は忙しない。
 今日は兎織にしたいことをしていいと言われていた。
 自分に好意を持っている相手へ言うには大変危ない言葉である。
 真朱は当然のこと兎織が好きであるし、しっかりと色好みなので思わず様々な意味を含んで「ほほう……」と返した。須臾の間、脳内は極彩色となっていた。
 だが。しかし。
 改めてとなると困ってしまうのだ。
 真朱は兎織と性の不一致でじりじりと鍔迫り合いをしたことがないし、趣味や好みに相違はあれどそれはそれと自分の枠からはみ出さない。真朱と兎織はフィクションに描かれる双子のように互いが互いにかちりと噛み合いはすれど、相手の形を歪ませてまで自身を押し付けはしないのだ。必要がないから。混ざらずとも寄り添う体温の心地良さが幸せであるから。
 一緒にしたいことは沢山ある。したいことが一緒にできる。
 兎織へなにがしたいだろう。
 兎織がおかしそうに笑ってしまうくらい、真朱はうんうんと唸って悩んだ。
 そうして悩んでいるうちに夜になり、寝る前に思いついたのは服を選ばせてほしいというものだったのだ。
「私の考える最高に格好いい兎織さんにしたいです」
「えー、そんなんでいいの?」
 ベッドの上、いそいそと兎織の隣に潜り込む真朱に、兎織は眠たげなまばたきをしながら言う。そんなのでいいのだ。そういうのが、いいのだ。
 ──そうして休みが重なった日に、真朱は兎織とともに服屋へ赴いたのであった。
「普段の兎織さんは華やかですから、偶にはこういうのも見たいなーって」
「派手じゃなくて華やかって言うの真朱さんらしいよね」
 兎織にロングジャケットをあてながら、大柄の千鳥格子か同色の細いストライプかと真朱は真剣な顔をしている。したいことをしていいと言ったからであろう、兎織は時折腕を伸ばしたり羽織ったりとして付き合ってくれるが、真朱ははたとして「疲れていませんか?」と訊ねた。夢中になりすぎるのはよろしくない。
「だいじょーぶ。俺、前とサイズ変わったから選んでもらうの丁度いいし」
「ああ……ふふ、なるほど」
「ちょっと、いまの笑いってどういう意味ー? サイズ変わったのほとんど真朱さんのせいなんだけど」
「いいことですね」
 口を尖らせる兎織の食べるものは、真朱が服を選ぶよりも熱心に作っているのだ。住まいをともにする以前、食が疎かになりがちであった兎織が健康的な生活を送れているのを喜ばないわけがない。
 軽口を幾つか叩き合ううちに選んだ服は上下一式。ブランドの特徴通りモノトーンで揃えられているが、兎織がよく来ている柄シャツも似合うだろう。
「お付き合いいただきありがとうございます」
「んふふ、楽しかったよー? それに……
 店員に見送られて店を出てから、兎織がにやっと悪戯っぽい笑みを真朱へ向ける。
「次は俺が選ぶ側ね」
「おや、それはまた……
 思いがけない楽しみだ。楽しみなのだが。
「ベタですが、服を贈る意味はご存知ですよね」
 あらかじめ申し上げるとおり、真朱には下心がきちんとある。
……知ってる」
 僅かに顔を赤くする兎織に「それは重畳!」と真朱は機嫌良く言い、ショッパーを持つのとは反対の手を兎織と繋ぐ。これいも一緒だからできること。一緒にいればしたいことだ。
「どんな服選んでくれるんですか?」
「んー? いつもと違う真朱さん見たいから……
 こつんと頭をぶつけながら話す。
 それはじゃれ合うように、内緒話のように──いつものように。