shirajira
2024-11-13 12:26:47
2230文字
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サンプル「語られざるべき一夜の夢(仮)」

12月1日の二冊目の新刊サンプルです。戦争後、豊穣の権能を他に移すために死ぬ間際で時を止められたヨダナを預かるビマの話。ブロマンス寄りです。

「やあやあ、気をつけて運んでくれたまえよ」
 長年の主を失ったばかりの宮殿には似つかわしくない、朗らかな声が虚空を打った。小柄な者なら三人は優に入れてしまいそうな大きな長持が、六人の召使いによって、運び込まれる。
「決してどこかにぶつけたり、ましてや落としたりだなんてしないでくれ。そんなことをしたら、ここにいる狼腹が君たちを頭から食べてしまうかもしれないぞ」
 牧羊犬よろしく召使いたちを追い立てていたクリシュナが、そう言って笑った。場を和ませるつもりだったのかもしれないが、誰もくすりともしなかった。むしろ青ざめ、長持を運ぶ筋肉に不必要な力が入ったのが、ビーマにはわかった。
「あっ!」
 案の定、召使いの一人が手を滑らせた。つられるように、他の者たちもバランスを崩す。長持が床に落ちる。
「おやおや、危ないところだった、ね」
 寸でのところで召使いたちを押し退けて長持を抱えたビーマを見て、パチパチとクリシュナが手を叩く。ビーマはへたりこんでいる召使いたちを見下ろした。
「もういい、あとは俺がやる。……最初から、そうしてりゃあよかったんだ」
 後半の言葉はクリシュナに向けてのもののつもりだったが、召使いたちは一様に顔色を悪くした。中には異様にギラついた目を向けてくる者もいる。だが、何をしてくるわけでもない。
 ビーマは長持を抱え、未だに慣れぬ自分の宮殿の長い廊下を歩いた。手伝いもしないクリシュナだけが、後をついてきた。
 そこかしこから、視線を感じる。新しい主をまだ主とは認めない宮殿の居心地は、お世辞にもいいとは言えなかった。それを気にするビーマではないから、平然としているだけだが。
 戦争は終わった。長年の怒りと憎しみの応酬に終止符が打たれ、ビーマは兄弟たちと共に、勝者としてこの世界に立ち続けた。
 そうして得たものの一つが、この宮殿だった。贅をつくした、派手なのにどこか品の良さもある、それでいて無駄のない宮殿。よく計算され吟味されたのだろう造りは、完璧であろうとする執念深さすら感じられ、あいつらしいなと、元の持ち主のことを思う。
 ふと、長持の重さが増した気がして、眉間に力が入った。そんなのは気のせい、錯覚に決まっているのに。
 もしや自分は緊張しているのか――この長持の中身を確認することに。
 ちらりとクリシュナの方を見る。薄笑いを浮かべた従兄弟にして戦争の立役者、パーンダヴァの守護神は、宮殿の空々しい空気も、ビーマの様子も、何も気にしていないようだった。
 聞かされた、未だ半信半疑の話が脳裏を過る。その証拠が入っているという、長持を抱える腕に力が入る。ビーマは無言で、宮殿の奥へと足を向けた。
 たどり着いたのは寝室だった。それまでの華美な内装と違い、落ちついた色合いの、けれども質のいいものだけが集められたそこは、訪れる者の気を緩ませようとするような何かがあった。
 ビーマと同体格のものが三人寝転がっても余裕がありそうな、大きな寝台にちらりと目をやって、それからビーマは床にそっと長持を下ろした。
「お疲れ様」
 クリシュナがそう言って、肩を叩いてきた。ビーマが何も言わないでいると、顔を覗き込んでくる。
「さて、風神の子、我が愛しの従兄弟殿、ビーマセーナ。君は未だ半信半疑のようだけど、僕の話を信じる覚悟はできているかい?」
 ビーマは答えなかった。クリシュナはにこりと笑うと、長持の蓋に手をかけた。
 ゆっくりと、蓋が持ち上がる。ちらりと藤色が覗いて、ビーマは息を飲んだ。クリシュナによって、蓋が完全に開く。
 長持の中には、死んだはずの――この宮殿の元の持ち主であり、ビーマが殺したはずの、ドゥリーヨダナが脂汗を額に流しながら、眠っていた。

【中略】

「つまり何だ? お前が触れている間だけわし様はこうして目を開け話すことができるが、普段のわし様は意識もなくただ死ぬのを待ってるだけの置物状態ということか? はぁ~何てことしてくれちゃってるんだ、お前らは。わし様、天の国に向かうところだったのに。今頃天の国で我が弟たちがわし様恋しさに涙を流し川を作っていることだろう……お前らのあまりのさもしさに中指を立てながら……
「好きでこんなことをしているわけじゃねえよ」
 ビーマはため息をついた。今は相手の手の甲に指一本触れただけの、自分の手に目をやる。
 ドゥリーヨダナの大声に動揺したビーマが指を離した途端、ドゥリーヨダナの意識は落ちた。しばらく様子を伺っていれば、また眉間に皺が刻まれ、呼吸が弱々しくなっていく。見ていられず手を伸ばして触れれば、パチリと目を開いて、死にかけなのが嘘のような大声で、「げえっ悪夢の再来!」とうるさく騒いだ。
「ヴィヤーサ様は、俺が触れている間、お前の苦痛が取り除かれると言っていたが」
「うーん、そう言われてもわし様、意識ないからな……お前が触れるまでは意識を失うほどの苦痛を味わっていたということか? これも全てお前らのせいだぞ。泣いて詫びるがいい」
 ビーマは黙り込んだ。ドゥリーヨダナは意識こそ戻ったが体は動かないらしく、「とは言え、ぶっちゃけ悪い夢としか思えんなあ」と天井を見上げてぼやいている。
「死ぬ前の、走馬灯とかいうやつ? そんな感じで夢を見ていると言われれば、そうなんだろうと思う」
「夢じゃねえよ。……現実を見ろ、お前は負けて、これから死ぬんだ」