はなれ
2024-11-13 11:50:58
1845文字
Public ソルバン
 

リバーシブル・プロローグ

幻覚の異層を創造するぜ! ヤーシャラージャがローケーシャ! ローケーシャがヤーシャラージャ! ロカパラ離反ルダン! 副頭取サージュ! 差し押さえ担当ナーセラ! 以上だ!

 幻想銀行ローカパーラ。
 そこは、財産のみならず、地位や能力、技術に才能、果ては記憶や感情さえも、なんでも預けることのできる摩訶不思議な銀行であった。
 そして、その頂点に君臨するのは。
「ようこそおいでくださいました。当行の頭取を務めております。ヤーシャラージャ・ローカパーラと申します」
 少年だ。
 艶めく黒髪は肩口で短く揃えられ、曇りの無い青空を思わせる瞳がこの世すべてを見通しているような心地にさせられる。
 まだ年端もいかない頃だろうに、悠々と座すその姿にはあどけなさの欠片もない。
「副頭取の、サージュ・ソネガンと申します」
 そんな少年の後ろに控えるのは、軽薄という言葉を体現したような男だった。
 目を引く金髪はだらしなく伸ばされ、惜しげも無く晒された首元にはぐるりとタトゥーが刻まれている。
 なんともアンバランスな組み合わせ。
 だが、妙な説得感があった。
 ここは幻想銀行ローカパーラ。
 人智を超えた魔法を扱う、摩訶不思議な銀行なのだから。


 ◇ ◆ ◇


「今日のお客様もすごく驚いてたね」
 そう言って微笑むヤーシャラージャは、年相応の無邪気さを感じさせる。
「そりゃあ頭取がこんなちんちくりんだったら驚くでしょうねぇ」
「副頭取がちゃらんぽらんに見えたからじゃないかな」
「心外ですね。わたくしほど真面目な銀行員バンカーもいないでしょうに」
「サージュは冗談が上手だね」
「ハハ、それほどでも」
 面白くなさそうに顔をしかめたサージュは、今しがた淹れたばかりの紅茶に口を付けた。
 この少年が頭取を継承して3年。
 もはや腐れ縁と言ってしまえるほど気安い仲である。
「そういえば、ナーセラさんが手掛かりを掴んだそうです」
「何の?」
「ローケーシャの」
 淡々と答えたサージュに、今度はヤーシャラージャがその顔をしかめる番だった。
……そう。彼女は討たれたと思っていたのだけれど」
「いかがなさいます?」
「放っておくことはできない。ナーセラにはこのまま足取りを追ってもらおう」
「かしこまりました」
 ソーサーに戻されたカップが無機質な音を立てる。
「ところで坊ちゃん」
「なんだい、サージュ」
「またナーセラさんが街を吹き飛ばしたそうですよ」
……。そろそろ〈乾坤一擲マガヴァーン〉持たせるのやめようか」
 部下のやらかしに頭が痛いヤーシャラージャであった。


 ◇ ◆ ◇


 後悔があった。
 二度と、償えない後悔が。
「どうしたの? ルダン」
 風のようにふわりと振り返った少女が、後ろで立ちすくむ男を見て足を止める。
 くす、と微笑むその姿は、まるで可憐な蕾が朝日に照らされ芽吹くような、花の麗しさがあった。
 神聖さの中にわずかに混じるあどけなさに、不安や、迷いや、後悔の一切がゆるされていくような、そんな感覚に陥る。
 徒人なら、それだけで満たされてしまうのだろう。
 彼女――ローケーシャの微笑みにはそれほどの魅力があった。
 だが、ルダンの顔は険しいままだ。
 ローケーシャは細く柔らかな手をそっと伸ばすと、優しくルダンの頬に触れる。
「私があげた力は気に入らなかったかしら」
「いや、そうではないが……物足りなくは、あるな」
 白髪ばかりになった髪の隙間から覗く瞳が、少しだけさまよって、己と似て非なる金色の瞳を捉えた。
 ローケーシャはすべてを受け止めるようにひとつ頷くと、真摯な眼差しでルダンに応える。
「何も心配いらないわ。あなたが望むなら力を与えましょう。何度でも、いくらでも――魂だけは、売ってもらうけれど」
……あぁ、わかっている」
 眉間に寄せたシワを一層深めて、ルダンは祈るように目を伏せた。
「私の理想のために、おまえの力を使わせてもらう。もう二度と、後悔せずに済むように」
 目を閉じた暗闇の先で、見慣れた赤色が翻る。
『それでいいのか、ルダン』
 そう、問われた気がした。
……
 ルダンとて、一度はローカパーラに属していた身だ。
 ローケーシャの力がどれほど危険か、理解はしている。
 だから、その力を使った以上、もう後戻りはできない。
……次に相対したとき、おまえは私を止めるのだろうな」
 ルダンが再び目を開けると、燃えているように赤い夕陽が地平線の彼方に沈み落ちる。
 その輝きが消え果てた後、空洞のような暗闇の中で、互いの瞳によく似た月の光だけが、ふたりの道を照らしていた。