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はなれ
2024-11-13 11:49:18
4902文字
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ソルバン
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蓮花の防人
茶屋の看板娘ヤーシャラージャと浪人サージュがお家再興を目指すまでのなんちゃって和風パロみたいな幻覚。
⚠何でも許せる人向け
⚠首刎ね・対人戦描写
その晩は、ひどく、騒がしかった。
「御館様っ!」
燃え盛る家屋の中、悲鳴にも似た声が響く。
吸い込んだ空気は熱く、肺が焼けるようだった。
黒煙に混じる濃い血のにおいが、事の悲惨さを物語る。
サージュは炎に行く手を阻まれながらも、必死に主人の姿を探した。
自身の着物が焦げることも厭わず走り回り、ようやく視界にその姿を確認する。
「御館様、お逃げください! このままでは
……
」
「ならん。私なくして、誰がこの地を守るというのか」
「あなた以外に、誰がこの家を守れるというのです!」
「いるだろう。後継ならば、とびきりのが」
「っ、まさか
……
!」
覚悟の決まった瞳に気圧され、言葉に詰まった瞬間。
「行け。二度と振り向くな」
どんと強い力で押され、サージュの体が前に出る。
驚いて、思わず振り返ってしまった。
それが、サージュが彼の言いつけを破る最初で最後のことだった。
「娘を、頼む」
彼の強張っていた顔が、少し緩んで。
そしてサージュは、真っ赤に染まった柱が、かの人に落ちるのをしかと見た。
◇ ◆ ◇
「こんな場所でお昼寝ですか?」
朗らかな陽光に照らされた、茶屋の長椅子に横たわっていたサージュは、その声に重い瞼を開ける。
「
……
おひぃさま」
「あらあら。サージュさんはまだ夢を見ているようで」
くすっ、と彼女が袖を揺らす。
淡い桃色に薄く青空を溶かしたような髪を後ろで束ねた少女。
名を、ヤーシャラージャという。
サージュにとっては亡き主人の忘れ形見であり、生涯を賭して守るべき相手であった。
「そりゃあもう
――
いい夢でしたよ、とびきりの」
サージュが唇の端を吊り上げると、ヤーシャラージャは頼りなさげに微笑んで、店の中に戻っていく。
ほどなくして、手に団子と茶が置かれた盆を持ってきた。
「どうぞ」
「
……
慣れませんね。あなたが女中の真似事など」
「いいじゃありませんか。私は今の生活も気に入っていますよ」
ありがたく、串に刺さった団子に手を伸ばす。
ほどよい甘さのそれを、ほどよい温度の茶で流し込むと、不思議と心が凪いでいくようだった。
「あれから三年、ですか」
「ですね」
サージュが主家を失い、ヤーシャラージャが父を失った事件から早三年の月日が流れている。
帰る場所も行く宛てもなくヤーシャラージャを守りながら各地を流浪し、ようやく身を落ち着けるまで、三年。
未だ世は、妖術使いや鬼の跋扈する戦乱の時代であった。
そんな中、茶屋で働きながら何事もなく日々を過ごせるのは、不幸中の幸いと言えるのかもしれない。
「こんな平和な生活はお嫌ですか?」
「いいえ? 有難いことです。できるならば、ずっと続いて欲しいとすら思いますよ」
心からのサージュの返答に、ヤーシャラージャは満足そうに笑みを深める。
「そういえば、女将が新作のお団子を作っているのですけど
……
」
「おや、それは見過ごす訳にはいきませんねぇ」
「だと思ってちゃんと試作品を用意して貰いましたよ」
「これはもしや
……
みたらし団子では⁉」
そんな、いつもの日常。
吹き抜ける風は爽やかで、空は雲一つない晴天だった。
不穏の影など何処にもなく、きっとこれからもこんな日々が続いていくのだと。
信じて疑わなかった。
その時が来るまでは。
◇ ◆ ◇
「女将、お嬢様は何処に?」
その日、サージュが日課の散歩を終えてヤーシャラージャの働く茶屋に赴くと、彼女の姿がなかった。
茶屋の女将に問いかけると、どうやら常連の家に商品を届けにいったのだという。
「そろそろ帰ってくると思うんだけどねぇ
……
」
なんとなく、嫌な予感がして。
胸にざらつく不安を抱えながら、サージュはヤーシャラージャが向かったという家まで行ってみることにした。
「嬢ちゃんかい? ちゃんと団子届けてくれたさ。あぁ、折角だから入れ物返しちゃくれねぇか?」
そう言われて、渋々茶屋まで持って帰るが、やはりヤーシャラージャの姿はない。
サージュは、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
だって、彼女が理由もなく仕事を放棄するはずがない。
嫌な予感は、確信に変わる。
サージュは街へと繰り出した。
あの晩と同じように、なりふり構わず走り回る。
あの時と違うのは、サージュが見つけたのは、彼女がつけていた髪飾りの片割れだけだったことだろうか。
「
……
」
大事に髪飾りを抱えたまま、サージュは呆然と家に帰った。
ふらつく足取りで、とある襖の前に辿り着くと、勢いよくその仕切りを開ける。
奥にあるのは、刀掛けだ。
サージュは久しく手にしていなかった、長さの違う二振りの刀を手に取る。
次にそこにいたのは、ただの怒れる夜叉だった。
◇ ◆ ◇
「珍しい見目の娘がいるというから来てみれば
……
あの家の生き残りがこんな所にいたとは」
男が、腰に差した刀を撫でながら呟く。
ヤーシャラージャが連れてこられたのは郊外の廃寺で、男たち以外に人気はない。
忍に拘束されているせいで動けず、ヤーシャラージャは剣呑な光を灯す琥珀の瞳で男たちを見据えた。
「どちら様でしょう」
「何、貴女の父君には世話になったことがあってな。
――
少々、恨みがある」
無作法に伸ばされた前髪の中から睨まれ、ヤーシャラージャは息を呑む。
肌を刺すような殺気が、少女の体を震わせた。
「運が悪かったと諦めてくれ、姫様」
男が哀れみを含んだ声でそう告げる。
誰もが、この可憐な少女の天命はここで尽きたと思った。
だが、地面に倒れたのは、ヤーシャラージャを拘束していた忍びの方で。
「
……
毒か」
「見くびらないでくださいまし。私は、夜叉王の娘ですよ」
夜叉王。
それが、ヤーシャラージャの一族が背負うべき号であり、業だった。
袖口に隠していた簪を帯に戻して、ヤーシャラージャはひたと男を仰ぎ見る。
「退いてはくださいませんか。これ以上は、無意味な殺生になります」
「笑止。小娘ひとりに何ができるというのか」
「ひとりでは、何も。ですが」
風が、吹いた。
「生憎と、ひとりではございませんので」
男の後ろに控えていた部下がうなり声を上げる。
ひとつ、ふたつ、みっつ、と地面に埋もれ、かまいたちのような烈刃が男の首を捕らえた。
男は咄嗟に抜刀し、その刃を受け止める。
「っ、貴様は
……
!」
サージュは梔子色の襟巻を男の視界を覆うように投げると、ヤーシャラージャを抱えて後退する。
「お嬢様、お怪我は」
「ありません」
「良かった。あなたまで失ったとあれば、俺は
……
」
ヤーシャラージャは、深く息を吐き出すサージュの手がわずかに震えていることに気が付いた。
強く柄を握りしめるそれにヤーシャラージャの手が触れるより先に、サージュの襟巻を斬り捨てた男が、激高するのが早かった。
刀を構えた男が声を上げる。
サージュは自身の影にヤーシャラージャを隠して、引き抜いていなかった短刀を晒した。
「その二刀に、首の痣
……
生き延びていたか、夜叉王の懐刀!」
襟巻を失ったことで、サージュの首元にある痣がよく見える。
血走った眼で散った同胞の姿を見遣り、男は嘲るように言葉を紡いだ。
「髪色が変わったな。それに、貴殿は不殺の剣技の使い手だったと記憶しているが?」
「
……
この身は既に夜叉に堕ちた身。手段なんて、選んでられませんから」
「なるほど、殺しの道理を得ているからこその不殺か。あの男め、厄介なものばかり遺しおる」
「サージュさん、ここは一旦
……
」
「お下がりください、お嬢様。あちらさんは、逃がすつもりなどないようですよ」
先の男の声に呼ばれたか、森に身を潜めていた敵が姿を現す。
その数、十数。
ヤーシャラージャはそっと、サージュの袖を掴んだ。
サージュは一度瞬きをすると、安心させるように微笑む。
「目を瞑って、耳も塞いでいてください。すぐ、終わらせます」
敵を見渡して、サージュは二刀を構え直した。
向かってくる敵を、突いて、斬って、刎ね飛ばす。
そうして、辺りが少しだけ静かになる頃には、サージュと男の一騎討ちと相成った。
切っ先を突き合わせ間合いをはかりながら、おもむろにサージュが口を開く。
「思い出しました。あなた、家臣団にいましたね。名は確か
――
」
「そうだ。某は、家臣団のひとりだった」
「ならば何故、お嬢様を狙うのです。守りこそすれ、仇討つ相手ではないでしょうに」
「何もしなかったからだ! 姫様は、何も
……
!」
動いたのは、男。
愚直に攻め入る攻撃を、サージュは片手でいなしていく。
「あの晩、御館様は我らを逃がして逝ってしまわれた! 遺された我らは成す術なく、ただ浮世を彷徨うばかり!」
ガキィン、と耳障りな金属音が響いた。
火花の散るような鍔迫り合いに、緊迫した空気が流れる。
「三年だ。復讐の刃を研ぎ続けて、三年。怨敵は未だ行方知れず
……
某にはもう、誰を恨めばよいのかわからんのだ
……
!」
男の激情にあてられて、打ち合いは激しさを増していった。
男の太刀筋には迷いがあったが、隙に攻め入るにはあまりに気迫が強すぎた。
自棄に振るわれる刃には、やるせない悲愴を感じる。
抱え込んだ昏く淀んだ澱は、外道に堕ちきれぬ身に耐えられるものではなかったのだ。
何度目かの打ち合いの末、ついにサージュが押し勝った。
刀を弾かれた男は、ただうなだれ、地面に膝をつく。
「
……
殺せ。貴殿の刃で果てるなら、冥土の土産にはなるだろう」
その声音には、魂から漏れ出たような、色濃い疲労が滲んでいた。
「叶うならば今一度、お仕えしとうございました
……
ヤーシャラージャ様
……
」
サージュは二刀を重ね、一振りの大剣へと変える。
淡い光を帯びた刃が瞬き、男の首を一閃した。
◇ ◆ ◇
「目を瞑っていて、と、言ったでしょう?」
静寂が支配する中、サージュが振り向かずに告げた。
「そういう訳にはいきません。あなたが手を汚すのが、私の為なら尚更」
ヤーシャラージャは、抜刀したままのサージュの手に己の小さな手を重ねる。
「ごめんなさい、サージュさん。私はもう、あなたに刀を握らせたくありませんでしたよ」
「おひぃさま
……
」
「ずっと、夢を見ていました。家にも、何も縛られず、ただ平和に過ごしていけたらいいと
……
ですが、この名を持つ限り、目を背けてばかりではいられないのですね」
ヤーシャラージャ、というのは彼女の本当の名ではない。
父亡き後、彼女に遺されたものは、名と、忠臣と、髪飾りだけ。
だから、ヤーシャラージャはそれらをよすがとして、幼心を封じ、生き延びてきたのだ。
しかし。
その名を名乗るなら、このままではいけないのだと、気付かされてしまった。
「サージュさん。私は、夜叉王に、なります。きっと、いばらの道です。幾度となく、血にまみれることにもなるでしょう。それでも、手伝っていただけますか?」
ハッとして、サージュはヤーシャラージャを直視する。
あの晩と同じ、覚悟の決まった瞳だった。
だから、サージュが何を言っても、引き下がらないと知っている。
もう守られるばかりの少女ではないのだと、サージュはわずかな寂寥感と共に納刀し、慣れた様子で傅いた。
「願ってもないことです。お供いたしますよ。地獄の果てでも、どこまでも」
家を失い、途方に暮れ、恨みの矛先は姿なく。
されども主従の誓いは消えず、向かうは西か東か、それとも地獄か。
これより始まるは、悪鬼羅刹の怪奇譚。
「家を建て直すのであれば、人材を探さなくてはなりませんね」
「でしたら、あの
吝嗇家
ドケチ
の元を訪ねてみませんか? 散歩の途中、面白い噂を耳にしまして
……
」
「〝あの人〞ですか? いいですね。では、参りましょうか」
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