はなれ
2024-11-13 11:43:26
6940文字
Public ソルバン
 

覇王陛下と人事部の話

ネーグ・コスキント覇王陛下とサージュ・ソネガンが共闘する話。cp無し。
⚠何でも許せる方向け
⚠モブが喋る
⚠原作に無いオリジナル魔道具の描写
⚠漫画軸の二次創作です

「陛下! お下がりください!」
 普通なら、ありえない。
 この国において、ネーグより尊い人はなく、ネーグより強い人もいない。
 それ故に、覇王。
 だというのに。
「陛下を守れ!」
「一歩も近づけるな!」
 覇王を狙う刺客と戦う機会なんて、山ほどある。
 この地位を狙う者、金で雇われた者、覇王を殺すのが生きがいの者。
 だが、これは。
 コイツは、違う。
「なに、きみ、オウサマ? なの? じゃあ強い?」
 ネーグの護衛を、まるで路傍の石ころのように蹴り飛ばしながら、ひとりの男が振り返る。
「でも、守られてるんだから弱いのかな。見た目もひょろひょろだもんね」
 その手に握られている剣から伸びた触手が、護衛を取り込み、消えていった。
 防げないのだ。
 あの触手に触れた瞬間、呑み込まれるように剣に食われてしまう。
 だから、護衛たちはネーグを男から遠ざけた。
 ようやくまとまり始めた国から覇王を失う訳にはいかない、その一心で。
 主に接近戦を得意とするネーグは対抗手段が思いつかず、己の無力さに拳を握りしめる。
 覇王の力があれば、どうにかなると思っていた。
 この圧倒的な力があれば、ねじ伏せられないものはないのだと。
 だが、駄目だ。あれは。ただの人間じゃ、太刀打ちできない。
 何故なら。
 あの男の剣は――魔道具、だ。


 ◇ ◆ ◇


「ネーグさん。何か気に病むことでも?」
 今日の業務が終わり、制服を脱いでいたネーグは、案ずるようなヤーシャラージャの声に首を傾げた。
「え~っと、なんで?」
「今朝方からずっと、気難しい顔をしていらしたので……要らぬ心配でしたら申し訳ありません」
「悪い、顔に出てたか? ……レディに気を遣われるようじゃ、俺もまだまだだな」
 ネーグが先王ディオスの負債を返済するために、ローカパーラで働き始めてからそれなりの時間が経った。
 個性が豊かすぎる銀行員たちともそれなりに働けていると思う。
 だから、少し気が緩んでいたのだろうか。
 確かに、今日はどこか上の空だったかもしれない。
 それを頭取である少女に指摘されてしまうとは。
 ネーグはボサついた髪を手で撫でつけ、制服ではない特注のジャケットに袖を通すと、襟を正す。
「ヤーシャラージャ」
「いかがなさいました?」
……ローカパーラに、魔道具の融資を頼みたい」
 その一言に、空気が変わった。
 それもそのはず。
 今のネーグはローカパーラに勤める銀行員ではなく、ローカパーラの資産を望む客としてこの場に立っているのだから。
「かしこまりました陛下。それではこちらへ」
 女神のように微笑むヤーシャラージャに、初めてローカパーラに来た時のことを思い出して、ネーグは気を引き締めた。


 ◇ ◆ ◇


 就業時間を過ぎたロビーに、人影が四つ。
 一つはヤーシャラージャ。
 一つはネーグ。
 もう二つは、何故かヤーシャラージャの背後に佇んでいるルダンとサージュのものだった。
 副頭取としてルダンがヤーシャラージャの後ろに控えているのはわかるが、サージュがこの場にいる理由が分からず、ネーグは思わず身構えてしまう。何せ、行外業務で彼に振り回されたのは記憶に新しいので。
「それで、本日はどのような魔道具をお探しですか?」
 問いかけるヤーシャラージャの声に、ハッと現実に戻って来たネーグは一つ瞬きをすると口元に手を当てて考える。
 今、自分が求めているもの、それは。
「魔道具の力を無効化できるようなものは、あるか?」
「ございますが、物が物ですので担保も相応のものになりますよ。国宝級の品物をいくらか集めて足りるかどうか……恐れながら申し上げますが、今の貴国に賄えるものではないかと存じます」
 容赦のないヤーシャラージャの言葉にネーグは息を呑む。
 ネーグの国にはあまり、ネーグ個人が使える財産は無い。
 臣下から押収すれば多少なりとも集まるだろうが、覇王の力で無理矢理まとめた国であるのでそれらも難しい。
 だから、他にネーグが担保に出来るものなんて、これしかない。
「なら、俺の――覇王の資質なら、どうだ」
 国宝級、なんて生易しいものじゃない。
 これは国そのものを背負う、覇者の証ともいえるだろう。
 武力だけは、預ける訳にはいかないが、それを抜いてもいくらかは――いや、かなり価値のあるものだと自負している。
 さすがにこの提案は予想外だったのか、三者が驚いているのが気配でわかった。
「陛下。よろしければ詳しい事情をお話しいただいても?」
 困った顔をするヤーシャラージャに、そういえば何も話してなかったことに気が付く。
 形式的に出された紅茶のカップに手を伸ばし、唇を湿らせたネーグはいつもより元気のない声で事情を話し始めた。
……昨晩、賊に襲われたんだ」
 今思い返しても、なんとも業腹な。
 自分を守るために散っていった護衛たちの顔が浮かんで、ネーグは堪えるように目を閉じる。
「ヤツの口ぶりから察するに、覇王おれを狙って来た訳じゃない。手当たり次第、誰でもって感じだった。そいつが、変な剣を持ってたんだ。多分、魔道具だと思う」
「それは一体、どのような?」
「レイピアに似た細身の剣だ。でも、刀身が溶ける、、、。溶けて、こう……気持ち悪い感じで動くんだよ」
 ネーグは腕をぐねぐね動かして、あの気持ち悪さを伝えようとするが、皆には怪訝な顔をされてしまった。なんとも遺憾である。
「それに触れると、問答無用で剣に引きずり込まれる。それで昨日は……護衛が、ふたり食われた」
「!」
「あれは、放置しちゃいけない。別に俺がやらなくてもいいのかもしれない。でも。見なかったフリはしたくないんだ。俺には国を……我が民を守る責務がある。これ以上被害が出るなら、止めなきゃいけない。どんな手を使っても」
 それは王としてのネーグの決意だった。
 覇王の資質と王座を預かり、初めは借り物の国だと思うことすらあった。だが今は、自分の国だと、胸を張って言える。ネーグには治めるべき土地があり、守るべき民がいる。それを理解しているからこそ、見逃せない。
「足りませんな」
 沈黙を保っていたルダンが、口を開いた。
「あれは、当行にとっても指折りの価値ある品。貴国そのものを担保にしたとしても、通常の方法では到底貸し出せるものではありますまい」
 手元に算盤があるあたり、一応計算はしてくれたらしい。
 だが。
「それじゃ、どうしろっていうんだよ……!」
 この銀行の仕組みはわかっている。
 支出と収入が釣り合わなければ、銀行自体が破綻し、世界レベルで被害が及ぶ。
 だったらもう、どうしようもないのか。
 魔法の力を借りなければ、あの賊と戦うことすらできない。
 また、見ていることしかできないのか。
 そんなのは……
「そういえば頭取。前から追っていたあの組織、どうやら子飼いの魔道具使いがいるみたいですよ」
 重苦しい空気を吹き飛ばすように、演技じみたサージュの明るい声が響いた。
「各国を転々と渡り歩き、付いた仇名は〈人食い〉だとか。もう少し調査をしたいのですが、新人を連れて行っても?」
「それ今話すことかよ」
 急に話をすり替えられて、ネーグは思わずムッとしてしまう。
 しかし、サージュはネーグの言葉を無視したまま、ヤーシャラージャに話しかけていた。
「つきましては、調査のためにある魔道具を使いたいのですが」
「おいサージュ」
「いいじゃありませんか副頭取。必要経費です。それに、危険な魔道具が出回っているのなら、それを回収するのも当行の務めでしょう?」
「それはっ、そうだが……
「勝算はありますか?」
「もちろん。今回は、異国の覇王が協力してくださるそうなので」
「なら、よござんしょう」
「頭取!」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 勝手に話を進めるな!」
 訳のわからない間に話が進んでいき、焦ってネーグは声を上げる。
「さっきから何の話をして……
 融資の相談をしていたはずが、いつの間にか銀行の仕事をさせられそうな雰囲気だ。
「何って、もちろん。仕事の話に決まってるじゃないですかぁ」
 妙に間延びした、どことなく人を弄ぶような声でサージュが告げる。
「だから、なんで」
 混乱しているネーグに、ニヤついた笑みを浮かべていたサージュがふと目を細めた。刃のような鋭い眼差しに見据えられ、ネーグはたじろぐ。
「通常の方法では融資をする訳にはいきません。ですが、任務のためなら我々もやぶさかではないという話です」
 ここまで言えばわかるでしょう? とでも言いたげな、挑戦的な笑みを向けられる。
「なるほど……?」
「そうと決まれば着替えて貰いましょうか」
「は?」
「ほら、残業の時間ですよ、新人くん」
「はぁ!?」
 つまるところ、そういうことである。


◇ ◆ ◇


 場所は変わり、某国、市街地。
「さて、そちらが一国より価値のある首飾りですが、つけてみた感想は?」
……すこぶる気が重い」
「おや残念」
「大体おまえが追ってた組織の輩が? 俺が出会った賊だって?」
「確証はありませんがね。わたくしは賊の顔を見ていませんし、足取りもつかめなかったもので」
「へぇ~」
「ですので、この国に追い込んであなたを囮にした訳ではありませんよ」
……別に、そこまでは思ってないけど。八つ当たりして悪かったな」
「いえいえ、お気になさらず」
 なんとなく居心地が悪くてネーグは自身の胸元で輝く首飾りを見た。
 繊細な彫刻が施された金具の真ん中には、一つの大きな水晶がはめ込まれている。見た目だけでも、国宝級。更には魔法が込められているというのだから、大層なものだ。金属的な重さはあまりないが、この首飾りを借りるためには国を差し出しても足りないのだと思うと、気持ち的に重くなってくる。
『おまえたち、無駄話はその辺にしておけ』
 通信機からぶっきらぼうなルダンの声が聞こえた。夜も更けて来たのでヤーシャラージャは家に帰らせたのだとか。
「あの方に見せるのは報告書だけでじゅうぶんですから」
「おまえ、ヤーシャラージャには甘いよな」
「それはまぁ、海より深い理由がありますので」
「さいですか……
 それきり話すこともなくなって、ふたりは誰もいない路地を歩く。
 不揃いな足音が反響し、夜の静寂をかき乱した。
 東から差し込む月明りは白く、降り注ぐように大地を照らす。
「見つけた」
 いた。
 ネーグが睨む視線の先に、男が。
「あれ、昨日の……なんだっけ、あぁ、そうだ。オウサマ、だっけ?」
 月明りと同じ白いローブに身を包んだ男が、そこに。
「ぼくに食べられにきたの? やだなぁ、弱いのを食べても強くなれないのに」
「強く?」
「うん。強くなるのが、ぼくの役目。そうすれば、褒めてもらえるから」
 まるで、こどもが将来の夢を語るような口調で、男が呟く。
「それじゃあ、もう、食べていい?」
 男が、ローブの下から例の剣を取り出す。
 既に鞘から抜かれたその刀身に月光が反射し――溶ける。
 男が鞭のようにそれを振るえば、伸びた触手がネーグに襲い掛かった。
「残念だけど」
 が、ネーグはそれを素手で掴むと、勢い任せに放り投げる。
「俺は、君の食べ物じゃない」
 ネーグの胸元で、水晶が光っていた。
 上手く魔道具の力を無効化できたようで、触手を掴んだ手には違和感もない。
 これなら、戦える。
 ネーグは制服のジャケットをずらし動きやすくすると、手甲に包まれた拳を握りしめた。
 反撃開始だ。
「なんで、なんで! なんで!?」
 男はネーグを捕まえられないことに焦っているようで、狙いが単調になっていく。
 自分に叩きつけられる鞭とも触手ともいえるそれを、ネーグは避け、時に飛び越え、時に掴み返して振り回した。
「やだな、やだなぁ、お月様が真上に来たら帰りなさいって言われてるのに……!」
 昨晩ネーグが事なきを得たのは、この男に見逃されたからである。
 やはり、時間制限があるタイプの魔道具のようだ。
(このまま押し切れば勝てるか?)
 この短時間の戦闘でわかったことは、男の身体能力はそれほど高くないということだ。
 正直言って、魔道具の力を無効化できる今のネーグの敵ではない。
「帰る……かえる……
 駄々をこねるこどものように、男の口から呟きが漏れる。
「っ!? 待て!!」
 男が振るうそれが、敵を捕らえるためではなく、距離を取るような動きに変わった。
 決して油断していた訳ではないが、出遅れたネーグは触手に弾かれ、無理矢理後退させられる。
「ここまで来て逃がすか!」
 ネーグが地面を蹴ろうとした、その時。
「ヴァイシュラヴァナ、開門」
 頭上から、声がした。
「資産魔法〈紫電一閃マハーカーラ〉限定発動」
 どこから降って来たのか、いつの間にか男の側にいたサージュが資産魔法を発動させた刀で男に斬りかかる。
「お引き取りには、まだ早いですよ?」
「邪魔を……するなァッ!!」
 急に現れた己を道を阻む敵に、男が吼えた。
 今度は、サージュに向かって触手が襲い掛かる。
 それは、一度捕まったら最後。
 しかし。
 目には目を。歯には歯を。
 魔法には、魔法を。
 サージュは二刀を駆使して、人間を取り込もうと蠢く触手を次々に切り捨てていく。
 刃が躍る。
 その様は、仕組まれていたように、鮮やかに。
 夜に瞬く、星のきらめきにも似て。
 ただ、敵を、斬り落とすのみ。
「サージュ!」
 途端、ネーグの声が響く。
 正面からはサージュに勝てないと思ったのか、サージュの後ろにその脅威が迫っていた。
 前の攻撃はさばけても、後ろまでは間に合わない。
 危機を察したサージュが撤退するよりも先に、剣に取り込まれる、と思った。
「っ、無事だな?」
 間一髪。ネーグが間に入って魔道具を無効化したのである。
……おかげさまで」
「下がってろ。後は、俺がやる」
「願ってもない申し出ですが……ってもう聞いちゃいませんね、まったく」
 弾丸のような速度で駆け出したネーグを見送りながら、後に、サージュはこう語る。
 それは見事な右ストレートであった、と。
 ネーグに殴り飛ばされ、意識を失った男が地に伏せる
 あれほど騒がしかった夜が、静寂を取り戻した瞬間だった。
「終わったな」
 ネーグは男の手に握られたままの剣を取り外し、男の手の届かない場所に転がすと、ただの剣に戻ったそれを何ともいえない顔で見た。
 昨晩の苦戦が嘘のような勝利である。
「魔道具に吸い込まれた人たちは……
「戻ってこないでしょうね。吸い込まれた時点でご愁傷様でした、としか言いようが」
……そっか」
 なんだか納得がいかない。
 ネーグの護衛だけじゃなく、この男の犠牲になった人はこれまでもいたはずだ。
 それなのに、この男はただ気絶しているだけなんて。
「そこまで」
 振り上げられたネーグの拳を、サージュが掴んで引き留める。
「今のあなたはローカパーラの銀行員です。立場はわきまえて貰いますよ」
……わかってるって」
 拍子抜けして、ネーグはガシガシと頭を掻いた。
 悠々と歩を進めるサージュは、カチリと二刀を重ね合わせると、地面に倒れる男の首を、作業のように淡々と刎ねる。
「俺のことは止めたくせに」
「これは保険ですよ」
 サージュは肩を竦めて見せると、流れるように納刀してそのまま通信機に声を掛けた。
「あ、副頭取ですか? 対象を捕縛しましたので門を……え? やだなぁ、ちゃんと生きてますって。えぇ、はい。魔道具も一緒に。はい。なるはやでお願いしまーす」
 ほどなくして、ふたりの前に見覚えのある門が現れる。
 使い手はいなくなったとはいえ剣はネーグが門に追いやり、サージュは刎ねた男を門に押し込んだ。
「いいのか、あいつまで門をくぐらせて」
「どのみち放置しておくにも監視は必要ですし。それに、起きたとしても行内でさまよった者の末路は知っているでしょう?」
「あ~、そういうこと……
 重厚な音を立てて扉が閉まる。
 一先ずはこれで一件落着だ。
「折角ですし飲みにでも行きます? もちろん、あなたの奢りで」
「俺に奢らせようとするのおまえぐらいだと思うぞ!」
 ネーグは声を上げながらも、そういえばコイツのおかげで魔道具借りられたんだよな、と思い返した。
 仕方ない。
 今日ぐらいは奢ってやってもいいかもしれない。
「一杯だけだからな」
「わたくしが言っておいてなんですが覇王の自覚あります?」
「本当におまえが言うな!」
 なんて軽口を叩き合いながら、夜は刻一刻と更けていく。
「あいつら、帰って来ないな……
 実は行内でふたりを待っていたルダンがいたりして、翌朝怒られたりするのだが――それはまた、別のお話。