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hq松花
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「お前、ずるいよ」
pixiv再掲
ずっとずっと花巻くんを好きな松川くんVS踏み切れない花巻くんのお話です。松川くん視点。
仙台駅から少し離れた場所にある結婚式場は、晴れ晴れとした天気に恵まれて、窓から漏れる日光でますます荘厳さを増していた。
光るステンドグラス、朗々とした神父の声、人々の歌に乗せて、高校時代の友人二人が白い服に包まれてゆっくり腕を組んだ。静かな拍手の中で、教会の中央から花のような香りと湧き立つ控えめな歓声が辺りを埋める。それは空気を震わせて自分たちの上に、あの日光みたいに注がれるようだった。
「おめでとう」
そう声をかけると、俺の旧友は照れ臭そうに二人して笑いながら、車へ乗り込む前にこっそり俺に耳打ちする。
「お前も早く、結婚しろよ」
余計なお世話だと笑って見送った俺の心は、後から厄介でモヤモヤとしたしこりを作るとは思わず、その時の俺はただ頭の片隅に彼らの冗談めいた言葉を留めておくだけだった。
帰り道。手には引き出物の袋をぶら下げて信号を待つ。
同級生は散り散りに分かれた。明日は仕事で早いから、俺も家へ急いで戻り、さっさと準備をして眠らなければならない。けれど式の余韻が思わず足取りを遅く、のんびりとさせる。
昼間から夕方にかけて浴びた白い光とは打って変わって、宵闇が俺の影をゆっくり濃くしていく。晴れていたはずなのに、藍色の空に星はよく見えない。一番星なのか、衛星なのか、瞬く光は儚くて小さくて不安げだった。
結婚は、俺に一生向いてない言葉だ。そう考えながら、青になった信号の前に足を差し出す。ぎりぎりのラインで止まった車の中にいる男性も、足早に通り過ぎていくスーツの女性も、うっすら見えた手には指輪をしていた。普段はそんなところを意識して見ることはないのに、今日はやけに目を凝らしてしまう。
結婚。もう一度、その言葉を反芻した。喉奥から出た二文字は、口の中でまごついて嫌にじっとりとまとわりつく。
俺は過去に何度もそれを意識させられた。その都度、はっきり言ってなあなあで付き合ってきた相手に何度も言い聞かせた。俺にはできない、向いてない。家庭を持って、会社を任され、妻のため、子のためと働くのはどうにも自分の脳が違うと叫ぶ。レールに乗れば、きっとうまくやれるだろう。だけど気持ちはそこから
乖離
かいり
したまま、流されてつまらない人生を送り、死ぬ間際にそっと思うんだろう、「何てつまらないんだ」と。
毎日毎日、死と向き合う葬儀会社という職についてから、久しく感じていなかった「未来」や「これから」を彷彿とさせる結婚式なんてものに参加したから、心が矛盾に葛藤しているのかもしれない。今日、未来を見つめた後に、明日、死を送り出す。
こんなどうしようもないささくれた気持ちの時は、決まって俺は一人に連絡をする。
スマホを取り出して、タップを数度繰り返す。通話画面の先頭にはいつもあいつの名前がある。高校時代からの親友だった。
親友、と俺は思ったことはないけれど、あいつの中での松川一静はその位置だから、決してそれを踏み間違えちゃいけない。それも俺の、結婚のできない理由のひとつだ。
いや、ひとつ、しかない。俺が結婚できないのは、
『
……
どうした?』
いつも俺をまろやかに包んでくれる花巻の声に、懸想しているやましい気持ちがあるからだ。
「今、結婚式の帰りでさ」
『ああ、招待状、俺のとこにも来てた。今日だったよな』
激務続きの花巻は、仕事が立て込んで行けないと断り、プライベートもせっつかれるような職場自体も変えるために転職をしようかと、準備をしているところだった。あと一ヶ月後には花巻は本人曰く「自由の身」らしい。俺は宮城に帰って祝ってやれなくて残念そうにしている花巻の悔しさを聞きながら、電話口で今日の様子を伝えてやった。
『ああーいいなあ、俺も行きたかった』
ひどくしょぼくれた花巻を励ましながら歩く街灯の下で、俺は殊更遅く家路を辿る。もう少し、秋の空気をはらんだ外の気温の中で花巻を感じたかった。
「仕事やめたら、一回帰んの?」
『いや、東京にいて仕事探す。もうちょい都会人を味わいたい』
そっか。と言う短い語句に、俺は残念さを滲ませた。目敏く気づいた花巻が笑ったのが目に見えるようだ。
『
……
俺に会えなくて寂しい?』
ちくしょう、余計に会いたくなる。何だってそんなこと言うんだよ。
「もちろん。花巻クンの失業祝いに飲み明かしたかった」
『その時は奢れよ』
俺の苦し紛れの冗談に、ははっと軽快な笑いで返されるのは、疲れも感じ取れるが心地良い。
──そうか、あいつは東京に残ったままなのか。それはある種の可能性を俺に示唆する。
花巻にはもう恋人がいて、故郷へ帰る選択肢が潰れてしまっているということ。
もしも花巻が、今日バージンロードを歩いた花嫁のように、恋人を迎え入れるために壇上で待つ花婿になったなら。
「
……
花巻は、白いタキシード似合いそうだな」
『え、何だよ急に』
照れ臭い時、怒ったみたいに言う癖は相変わらずだ。
『松川は袴の方が合いそうだな』
「ううんそうかも。白いのはもう高校の時だけでたくさん」
そう言えば、花巻はころころと笑うだろうと思っていた。高校時代の制服の似合わなさは、俺たちの中のもはや定番の笑い話だ。
でも、耳元から笑い声はしなかった。木の葉がさらりと靴を撫でる。サア、と吹く風に乗るように、花巻の声が小さく聞こえた。
『
……
お前はいる? そういう人』
窺
うかが
う音色に含まれるのは、幾分かの怯えにも聞こえる。
「いな、いけど」
『
……
けど?』
「俺は、向いてないから。結婚とか、そういうやつ」
『そんなこと』
ねぇだろ、と続く予定だろう語尾を、俺はばっさりと遮った。
「じゃあ、何? 花巻は、早く俺に結婚してほしいわけ? 俺の気持ち、知っておきながら?」
うぐっと言葉に詰まっているのがわかる。
夜空は相変わらず星を見せない、月さえ雲に覆われている。黙ってしまった花巻の、無言の時間に耐えきれず歩く速度は早まって、自分の家の前に着いた。鍵を取り出しドアを開け、靴を脱いで靴下も脱いで洗濯カゴに放り込んで、リビングへ足取り重く進む間、花巻はずっと何も言わない。
あいつは、俺の気持ちを知っている。なぜなら俺が数年前に、はっきり好きだと言ったから。
『ごめん』
ソファに座ろうと腰を下ろすか下ろさないか、という時に、花巻からやっと声がした。
「
……
うん、俺も、言いすぎた」
拙い言葉で謝罪も含めると、花巻は、そうじゃなくて、と俺を制する。何のことだ、と首を傾げれば、たっぷり数分待ったスマホの向こうで、か細い吐息が耳をくすぐる。
「花巻?」
何度も何度も、何かを話そうとする花巻のいじらしい努力は、俺の焦りをさらに生む。
『
……
なあ、俺、おかしいんだ』
ぼんやりとした言い方に、急いている俺はわずかに苛立った。何が、と告げる呻きみたいな声色にも、花巻は動じない。
そうして
狼狽
ろうばい
させられたのは、俺の方だった。
『お前が、結婚しないんだってわかってホッとしてる。いい感じの人いないって知って、まだ俺のこと想ってくれてるのわかって
……
こんなの、都合いいって
……
わかってンだけど
……
』
言葉巧みな花巻にしては珍しく、まとまりのない文章でつっかえながら話す子供みたいな口調。俺は尖っていた目元を少しずつ開いて、黒目をきらりと輝かせる。
どういうことだ、と詰問しようとスマホを握り直したら、
『一番線を、列車が通過いたします
……
』
やがて聞こえた背後の聞き慣れたアナウンスに、耳を疑う。「あ」と花巻が声を上げて、続けて、ゴォッと重なる列車の音は、馴染みのあるガタゴトという
軋
きし
みに汽笛、駅の様子をすぐに思い浮かべさせてくれる。駅前の土産物屋の匂いまで思い出させるほどに。
「花巻、今、仙台駅だな?」
ソファに沈む予定だった体は、ガタリとテーブルを蹴って立ち上がっていた。いや、その、と濁す花巻にもう一度駅名を伝えれば、観念したように小さい声で呟く。
『
……
結婚式、間に合わねぇから、せめて二次会からでも、と思って、でも、もう遅いから無理で
……
』
「明日は? 休み?」
『
……
やす、み。あ、もうバッテリー切れそう、だから』
「そこにいて。絶対、動くなよ」
『イヤだ、今、お前の顔見たら』
「はなまき」
ひ、と竦んだ震える声に、心の中で詫びた。でも俺の足はもう玄関だし、裸足のままで靴を履けば靴擦れがひどくなるってわかってんのに、さっきまで履いてた靴に再度足を突っ込む。考えるのも惜しくてドアノブに手をかけてる。外から鍵をかけるのがもう、もどかしい。
「諦めて、そこにいろ」
俺の態度は、いつだって花巻が絡むと冷静でいられない。気がはやれば余計に、だ。
『
……
改札の横の、ロッカー前に、いるから
……
』
消え入りそうな花巻は、そこでバッテリーを使い果たしたらしい。不自然に会話がプツリと終わってしまった。
夜空の下を、乾いた空気をかき切るように走る。かかとは痛み出した、帰る頃には多分、皮がむけて血が出るだろう。
歩道橋が、バス乗り場が、次第に多くなる人の群れが目に飛び込むたびに、駅が近づいていることをわからせる。視界からの情報は、よく見てきたはずの風景なのにこんなにもくっきりと鮮明に映る。
それは花巻が結局逃げてしまってるんじゃないかと恐れる心が、周囲をくまなく探るように脳に指令を出しているからだ。
でも俺は、駅のロッカーをひたすらに目指した。そこに花巻はきっといる。逃げずにきっと、立っている。
花巻がどうして、急にしおらしく俺の気持ちに向き合うようなことを言い出したと思う? どうして宮城に来ていたことを、隠していたくせにあえて駅の音がわかるようなところにいるんだと思う?
昔から強情で、素直になれなくて、でも俺のことは考えてくれてる親友は、俺が好きだと伝えた時にこう言っていた。
「
……
松川のこと、きらいじゃない。だけど
……
なあ、待っててほしいっていうのは、ずるい?」
いつでも花巻を待ってる俺の元に、今晩来る予定だった? 明日の休みをもぎ取って、俺に会って、どうするつもりだった?
それだけあいつに、覚悟があって今日この地にいるって都合良く捉える俺の頭は、いい年をしてずいぶん乙女思考でおめでたい。
おめでたいついでに言うならば、ずるさも覚悟も丸ごと抱いて、奥まで入ってグズグズにしてやりたい。体を開いて心を読んで、素直になれよと言ってやりたい。
明日は午後休を取ろう。ギリギリまで、花巻といよう。俺だって素直になろう。そしたらあいつも。
……
いや、でももしも花巻が素直になったら。それはそれで俺の心臓がもたなさそうだけど。
──風通しの良い駅の中は、夜風も通り過ぎる。ロッカーの前にサラリと揺れる、ピンクの髪を俺は見つけた。
頬に宿る赤さと線の細くなった体を壁に預けて、デカい体のはずなのに妙にかわいく見えるあいつに、俺は開口一番言いたいことがある。
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