ミロキサ

侵略者をぼこぼこにする

 砂塵が地上で舞っていても、見上げる空は青い。比較的。昔の空はもっと高く透き通った青色をしていたらしい。それこそ「青色」と似た色をしていたのだという。現在の空は青いといっても実際の色から照らし合わせれば殆ど灰色に近い。いつからこんな色になってしまったのか、文字以上の情報をキサラギは持っていない。
「ミロ、いーい天気だなあ?」
「そうだな。確かに雨は降らなさそうだ」
 情緒のない返答をする相棒に、キサラギはけらけらと笑う。
「明日もこうならシーツでもなんでも干せそうだな」
 な? と顔を覗き込む意図に気づいていないのだろう。先ほどまで浮かべていた、あるいは浮かべていなかった表情とは違い、きょとんとするミロの顔は年相応に幼い。自分の稼働年数よりも短い時間しか生きていないミロに、キサラギはシーツを盛大に汚すようなことを教え込んでいる。
……キサラギ」
「あいよ」
 ぱっと顔を上げたミロが言葉少なに促すのに頷き、キサラギはミロが睨むのと同じ方向を見る。
 まず聞こえてきたのは讃美歌であった。今日も誰かが祈り込めて救いを求めて神へ捧げる清らかな歌は、まるで聞き届けられたかのように空から降ってくる。
 歌っているのは神でも御使いでもない。
 それは遥か昔に使われていた電球に似た形をした袋であった。毛細血管のように細いコードが走る白い表面には全体からすると小さすぎるまん丸の目が二つあり、繋げれば正三角形になる位置に口のようなスリットがある。小さく撓んだ下部から生えるのは透明な細長い脚で、それが幾本もだらりと垂れていた。到底全身を支えられそうにないのに、空から降ってきたそれはゼリーのような脚を地面へつけると猫のようにその場でステップを踏むのだ。依然、讃美歌は高らかに。
「擬態種か……
「趣味悪い括りだよな」
 茶化すようなキサラギの口に、ミロは物言いた気にしたが否定はしなかった。
 生き物は他者に取り入る、油断させようとする手段に擬態、模倣を用いる。犬猫に対して鳴き声を真似てみたり、コミュニティで服装を揃えたり。キサラギが人間の姿形をしているのだって同じようなものだ。製作者が人間の輪で活動するための手段として、この形を選んだ。
 異物であればあるほど、接触するときに擬態と模倣は必要になってくる。
 空から降ってきたあれも同じだ。
「侵略者」は讃美歌などというこの星で広く知られた「文化」を意味も分からず模倣して、さも自分がこの星の生き物であるかのように擬態しているのだ。つもりなのだ。犬にわんわん、猫ににゃあにゃあ鳴いてみせるように。
 油断して近づいたところを食ってしまうために。
「敵は……三体か。ミロ、いけるか」
「できる。引き付けている間に二体の脚を落としてくれ」
「お前が自分で本体引き摺り落とすとか言わなくて嬉しいわ」
 馬鹿にされたと思ったのか、ム……っと不満そうな顔をするミロに、彼が単身で敵へと突っ込んでいく姿を何度も見てきたキサラギは鼻を摘んでやりたくなったがそれは後にする。
 輸送機らしき円盤型飛空艇によって空から落とされてきた擬態型は、電球のような本体を叩かなければならない。脚をどれだけ攻撃しようとも直接の毀傷にはならず、むしろ攻撃する間に絡め取られてしまうのだ。絡め取られて電球のような本体の中へ取り込まれたものは帰ってこない。少しすると透明な脚がインクを溶いた水のように赤味を帯びるので、喰われたのだと察するには易かった。
「喰われんなよ」
 頷き、ミロが疾る。
 軽量化が重ねられ、薄くぴたりと体に沿うように造られた装備はミロの動きを阻むことなく十全に助け、また鍛えられた身体能力をさらに向上させる。一気に接近したミロは擬態種の踊る脚の間を縫うように走り抜け、彼を捕捉した擬態種のまるで突き刺すように伸ばされる脚も巧みに避けていく。
 一体、二体、三体ともがゆらゆらとミロを追って動き、ごつん、がつんとぶつかり合ってはよろけるのを見ながら、キサラギはこどもの身長ほどある銃を構えた。
 ミロが引きつけてくれる間に、ミロが絡め取られる前に。
「三、二……
 通信機越しの合図。ミロが山猫のような俊敏さで擬態種から距離を取る。引き金を。
「一」
 焼いた綱のように脚を失った擬態種が本体を地に落とす。残す二体が己に気づいたのを察知しながらも、キサラギはその場に留まりもう一体へも銃口を向ける。
 ミロが落ちた一体へ飛びかかり、強靭な拳を打ちつけている。強化されているにしてもミロの拳は烈しい。讃美歌が割れてひっくり返ったように乱れるが、頭が痛くなりそうな音に怯むことなくミロは一撃、一撃と重たく拳を振り下ろしていく。本体のつるりとした表面に罅を入れ、飛び出たコードをぶちぶちと引き抜く様は頼もしいことこの上ない。キサラギの目には。もしかすると、同じ人間の目には恐ろしくも映るのだろうか。分からない。
 やがて途絶えた讃美歌に変わり、擬態種はスリットから鳴き笛のように間抜けな声を上げる。ぷーぷーきゅーきゅー音を発しながら開閉するスリットへ叩き込まれたミロの拳が、そのままぐしゃりと本体を砕くのと同時にキサラギはもう一度引き金へかける指に力を込めた。
 二体目は完全に地へ落ちるより早く、文字通り沈黙した一体を踏みつけ跳躍したミロによって蹴り落とされた。
 砂埃舞うなかで同種が殴る蹴るの暴行を受けていても、キサラギを捕捉して動き出していた残り一体は標的を変えない。この擬態種は知能が高くないのだ。だから、ミロが囮であったことにも気づかないし、囮がキサラギに変わったことにも気づかない。
 二体目をミロが完全に沈黙させるまでの間、キサラギは構える銃を短銃に変えて一定距離を保ちながら擬態種を引きつける。複数いれば長い脚を避け続けるのが困難でも、一体ずつであれば屠れる。割れる讃美歌にも場違いな鳴き笛にも思考を乱さず冷静に役割を果たせば、確実に。
「キサラギ」
 通信機越しに短く呼ばれ、キサラギは移動しながら構える銃を再び変える。
 擬態種との距離は。ミロの位置は。タイミングは。
 キサラギの銃口が定まり切る前にミロが動いた。
「っあいつめ!!」
 飛びかかるミロがそのまま攻撃へ移れるように、もっとも安全に、効果的にその行動から繋がるように。計算したヒューマノイドの銃口が火を噴いた。
 そして最後の一体はきつい一撃を始まりに、息をつく暇もない連撃に見舞われる。

「お前ね……
「なんだ」
 まるでゴミ箱をひっくり返してきたような姿になってしまったミロのきょとんと幼い顔を見て、キサラギは百の文句を引っ込めながら自身の袖で彼の顔や特に悲惨な手をごしごしと拭う。
「どうせ後でシャワー浴びるだろ」
「気分の問題だよ。お前は身なりに頓着しろ」
……俺だって気にしてないわけじゃない」
 ほんとうかしら。大変に疑わしい。
 胡乱な目を隠さないキサラギにむっとするミロの顔には、今日も髭の剃り残しがある。
……まあいい。とっとと帰ろう」
「もう回収が来る……腹減ったな」
 ミロの押さえた腹からはきゅう、と可愛い虫が鳴いている。
「いっぱい食ってでかくなれ」
 キサラギは真っ当な大人のようなことを言い、ん、と素直に頷いたミロの耳元へ口を寄せる。
「食後の運動にも付き合ってやるから」
 顔を離す前に頬へ口付ければ、唇でなかったのが不満らしいミロが眉を寄せて見てくるので、キサラギは笑いながら彼の両頬を包む。そのまま顔を近づければ、ミロはぎゅうっと目を瞑って赤い顔をするのだ。
 欲求があるのに、それを口にするのも受け取るのもまだ下手くそなミロ。
(俺の、大事な人間)
 焦れたミロが目を開ける前に、キサラギは彼の乾いた唇へキスをした。