白露とリュウイさん

花料理

「『食べないのか?』」
 リュウイが研究室へ持ってきて、白露へ差し出してくれたのはいまが盛りの白い花束であった。
 リュウイは水の底のように触れ難い雰囲気を持っている。そんな桂男から花を渡されたのがもしも春乙女であれば、林檎のように頬を染めて心を夢色にするだろう。想像に易いリュウイの罪深さ。彼の真意は最初の言葉が全てである。
 花を食す種族であるリュウイにとって、美しい花束は菓子折りのようなものだろう。
「ほほ……しばらく飾らせてちょうだいな」
 調理した山菜や熟した木の実であれば白露も食べるが、リュウイから貰う瑞々しい生花はもっぱら活けられ、研究室を華やかにさせている。リュウイは眉も動かさないまばたきをしながら花瓶を見ていて、彼にとっては不思議なことなのだとよく分かった。
 金糸雀城には教師も生徒も様々な土地から集まる。民俗学と切り離せない歴史学を担当する白露にとって、生まれ育ちに培われた文化を知るのも触れるのも興味深く楽しいことであった。
 故に、ふと思いつく。
「リュウイ。お前、料理に興味はおあり?」
 口を結んだままのリュウイが投げる疑問が、白露の頭に響いた。

 本来であれば用途は違うが、味わいを好んで一人お濃いを楽しむ白露は、懐石という茶を楽しむ前の軽食を作ることにも慣れている。リュウイを招いた食事の席は、白露の遊び心と旬が過ぎる直前、カラカヒリをよく食べていたリュウイに飴玉を握らせたいのと似た気持ちによって整えられた。
 学術的興味で押し通すには少しばかり無理があるため、こっそり招いた研究室でリュウイが静かに目の前へ置かれた膳を見ている。彼は声も佇まいも静かであるが、内面が滲み出ているのか白露にはちょこん、という擬音が聞こえそうだ。
 しばし目の前の見慣れないであろうものを見ていたリュウイは、膳の脇に置かれた紙に目を留めて、それからゆるりと白露を見る。
「『先生、これは? 品書きとあるが……』」
 本人が流麗な筆致を描くリュウイは、白露が取り繕わずに書いた文字を容易く読める。リュウイと文字を交わすのは気楽だ。
「用意したものの説明書きよ。リュウイには見慣れないかしらね」
「『……分かるが、解らない。なにを指すのかは……知っているが、どういうものか想像がつかない』」
 斜め上に視線を向けるのは、万人共通の考え事をしている仕草だ。リュウイにとっては馴染みの食事が花であるだけで、彼とて周囲の食事風景を知らないわけではないだろう。ただ、彼らが食べているものをなんと呼んでいるかを思い返しても、白露の用意した品書きに心当たりはなかったのかもしれない。品書きへ戻った視線は縦から横へ、時折また斜め上へ。表情に浮かぶものはないが、リュウイが想像を巡らせているのがよく分かる。
 リュウイがぴんとこないのも当然だろう、と白露は袖の内側で笑う。

・飯 美女桜
・向付 延命楽の湯引き
・汁 玫瑰の蒸留水
・煮物 八宝茶
・焼物 干し青薔薇
・香物 桂花

 品書きと、膳の上に並ぶものだ。これが何であるかなど、用意した白露以外が分かるはずもなかった。
「私が……私の故郷が食べるものをね、リュウイ用にしたらどうなるかしら……と。婆の好奇心に付き合わせてごめんなさいね」
「『先生の? 確かに手が加えられているものが多いな』」
「だめかしら?」
 リュウイが首を振る。青い耳飾りが遅れて揺れるのがなんとも優美であるが、白露はリュウイが案外食に大胆であるところを知っている。大振りな花も山盛りの小花ももしゃっと頬張るのだ。よく食べる若者は老いたものの心をくすぐる。沢山お食べと際限なく与えたくなるのだ。そうでなければ、頭を悩ませて懐石を真似た膳を用意などできやしない。
「『もう食べても……?』」
 そわそわして見えるリュウイに白露は声を上げて笑った。お眼鏡に適ったのであれば幸いだ。育ち盛りに足りるかは分からないが、たんとお食べと手で促す。
 もしゃ!!
 白露は躊躇なく頬張っていくリュウイを眺める。
 最後の水菓子には水に晒した山荷葉を用意してある。きっと運ぶのはすぐだろう。