笙祠と喰斑さん

ピアスを開けてもらう

 笙祠の指にはペンだこがある。生業上あって然るべきものであるし、笙祠は当たり前を誇りもしなければ厭いもしない。
 故に、何気なく煙草を挟んだ指に飾り気が欲しくなったのは「なんとなく」であったのだ。
 その思いつきが新しい楽しみに繋がるとも知らず。

「煙草リングは扱っているか?」
「扱ってはいないけど作ることはできるよ?」
 シルバーアクセサリーのデザイナーをしている喰斑は、間をあけることもなく返した。仕事に慣れているのを感じて、円滑にやり取りができそうだと笙祠は具体的な話を始める。
 喰斑はぱっと見ただけでも複数のピアスを着けている。耳にはもちろん、ボディピアスも。衣服の下にはさらにあるだろう。角度によって洒落た光を弾くアクセサリーは目を惹いて、喰斑の職業を聞いた笙祠は彼なら、と思ったのだ。
 身につけるものであれば好みから外したくはない。だが、しっくりとくるものを見つけるのは難しい。喰斑はこれ以上ないほど最適であった。
 眠たげにも見えるゆるりとした笑みを浮かべる喰斑は詳細に希望を聞き、丁寧に説明し、分かりやすく提案する。
「特に好いてる植物はある?」
……梅、春の花だな。喰斑は?」
 喰斑は「暖かいから春が好き」と言うのに続け、好む花として枝垂れ桜を挙げて桜を意匠にした作品を見せてくれた。困りそうになるほど、喰斑の作風は笙祠の好みであった。
 絵に起こせるほどの才もなく、頭に像を結び切れてもいない笙祠は促されるまま……我儘なほど希望を伝えたが、喰斑であれば叶うだろうと早い期待を抱いている。窺っても喰斑は考えはしているが、難しく顔を顰めはしていない。もし、喰斑が眉間に皺を寄せて唸っていたとしても、笙祠は「無理ならいい」とは言わないけれど。だって、彼は創作する者だ。勝手に諦められるのは侮辱だろう。
 正式に依頼し、連絡先を交わしてのやり取り。時に直接、喰斑の店を訪ってデザインの確認をした。
 そこで、見つける。
 理想が形になるのも待ち遠しいが、既にあるものに惹かれるのは決しておかしなことではない。
 店に置かれていたピアスはとても、とても笙祠の趣味、好みと合致していた。ひと目で欲しいと思ったし、口にもほとんど出していた。既に誰のものと決まったわけでなし、欲しいと思って躊躇する質でもないが笙祠は悩んだ。
 笙祠の耳にピアス穴は開いていない。
「ピアス? 開いてないけど、開ける予定はあるの?」
 喰斑にも指摘される。せっかく作った装飾品をしまい込みでもしたら、彼はどう思うだろう。もし懸念されているとしても杞憂だ。笙祠は使わないものを集める趣味はない。
 欲しいということは、身につけたいということだ。ならば、話は簡単である。悩みは風よりも呆気なく飛んだ。
「もし良ければ、ここであけることも出来るから言ってね」と言う喰斑の耳を飾るピアスを見れば尚更だ。
 その場で頷いたので、流石に喰斑は驚いた様子であった。僅かに見開かれた左目は黒々としている。髪に隠れながら覗く、傷の走る右目とは対照的に。
 驚きはしたものの依頼を持ちかけたとき同様に喰斑は話が早く、変わらず丁寧な説明と確認をして、この場でピアス穴を開けてくれることになった。
「安心して、色んなとこピアス開けてきたからさ。経験値はあるよ」
 喰斑は全て自分で開けたのだという。
「興味本位でね、色々開けてみたんだけど、ここは痛かったから片方にしちゃった」
 ここ、と喰斑が撫でたのは胸元。気怠げに見える雰囲気もあり、黒い服の上を黒いネイルが長さを一層際立てる指で撫でる様は、なんとも色気があった。
 椅子に促される際、その喰斑の手が笙祠の肩を軽く叩いた。その感触に笙祠は「ああ、自分は緊張していたのか」と理解する。困惑はない。こどもが初めて注射を受けるようなものだと笑い飛ばせる。かといって、喰斑から左様に思われたくはない。冗句。喰斑は軽々しく他者を哂わないだろう。
 笙祠の耳朶にニードルをあてる喰斑は最後まで気遣いを口にして──プツっと音がした。
 いや、欲したものを手に入れた感触だ。
 この先も形を変えて、数を増やしていくものの感触であった。

「──新作なんだけど、そろそろ季節だからどうかな。好みだと思うんだけど」
「今日中に行く」
 送られてきた連絡には喰斑の新作情報。笙祠は煙草リングを形作る梅と桜に絡め取られる煙草を消して立ち上がる。上着は必要ない。
 枝垂れ桜も間もなく咲くであろう、暖かい春であった。