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みすず
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創作
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らんもあ
犬のような飼い主
座る最愛の後ろで膝立ちになり、藍は唸り声を上げていたドライヤーを止めた。
「よし
……
できた」
「ん」
藍は乾かし終えた最愛の髪へ丁寧に櫛を通し、艶々と光を弾く様を見て満足そうに頷く。
「さらさらだ。最愛の髪はきれいだから、ずっと触っていたくなる」
「そうしたいなら、すればいいんじゃねえの」
何度も撫でてつむじにキスをして、せっかく整えた髪を乱してしまってはまた梳かし直す藍に呆れたような声音で言う最愛だが、そこに嫌がる素振りがないので藍はますます夢中で彼に頬を寄せた。抱き締めていると最愛はさり気なく自分からも身を擦り寄せてくれるので、藍はその度に蜜に溺れたような心地になる。
「ふふ、冷える前にベッドへ行かないとな。お前が風邪を引いたら大変だ」
「おい、ガキじゃねえんだぞ」
「知っているが。お前は二十七だろう」
己の物言いが受け取る側への配慮不足であることを、藍はまったく知らない。
きゅ、と眉を寄せる最愛が抗議するように強めに胸元へ頭を寄せるのを不思議顔で見つめて、はて可愛いペットの機嫌を損ねてしまったのかしらと先ほどよりもぎこちない手で藍は最愛の頭を撫でる。
「最愛
……
」
「
……
なんだよ」
表情には薄いが弱る藍に気づいたか、然程怒ってはいなかったらしい最愛が口角を僅かに上げた。平素、最愛が浮かべることの多い皮肉に見える笑みも、いまのように毒のない笑みも藍にとっては一枚いち枚写真に残しておきたくなるほど可愛らしい。最近用意したアルバムには肌を露出したものが多く収められているが、その次のページに今のような最愛の写真を並べることに藍は躊躇がない。実行すれば最愛は怒るだろうか、呆れるだろうか。他者との接し方にずれのある飼い主で、最愛に大層苦労をかけているだろうとはこれまた藍には無自覚だ。
「さっきは怒ったのか?」
「別に」
「最愛
……
」
「ああ、もう」
しつこく顔を覗き込もうとする藍の頬をやわく押しやり、最愛が「あのな」と人差し指を突きつけてくる。
「お前は俺を好きに可愛がってりゃいいんだよ」
頬をつついて埋まる人差し指を掴んで握り、藍はまばたきを二度、三度と繰り返す。
「
……
好きに可愛がってはいるが、なるべくお前の善いようにしてやりたい」
望んでくれたなら幾らでも与えることができるのだ、とは藍の傲慢な思考だ。望んで得られなかった経験のほうが乏しい藍は、きっと与えられないもののほうが少ない。だが、用意となると別だ。藍はまだまだ最愛の機微を察してあらかじめ動くということが下手だった。最愛が教えてくれたこと以外は難しい。
藍は最愛が我儘を言ってくれることに甘えているのだ。
「お前、俺にしたいこともっとなんかねえの?」
呆れたような口調に促され、思いつくのはまず一つ。
「
……
んっ」
最愛の唇を喰む。一度。二度。
薄く開かれた口に舌を忍ばせるのは最愛に教わったことで、どうするのが最愛が好きかは藍自身も熱心に覚えた。やわこい舌と熱を擦り合わせると最愛の鋭い目がとろりと潤み、掴んでいた指を絡め直して繋げば手の甲にぐっと指先が食い込む。
「
……
いつだってこうしていたい」
離した唇。呼気も混じったなかで藍が言えば、最愛が「
……
すればいいだろ」と目を逸らしながら返した。常の物慣れた態度はどこだろういう仕草に、藍はしまりなく目尻も口元も緩んでしまいそうになる。衝動のままに唇を啄んで、すらりと背の高い最愛の全身を抱き締める。
「最愛は可愛いな。私はいつだってお前を喜ばせることをしたいが、なかなか思いつけない
……
」
困ったように眉を下げる最愛を見て、藍は先ほどのやり取りを思い浮かべる。したいのはこども扱いではなく、大切なもの扱いだ。最愛は大切で愛しい存在なのだから。
「もっと最愛のことを知りたい。お前にとって善い存在になりたいんだ」
言って、藍は最愛の肩へぺしゃりと額を埋める。言葉の下手な己がもどかしかった。
「お、おい
……
」
慌てたように肩を撫でる最愛の手が暖かくて、触れた部分だけではない、もっと深い場所もじんと痺れるのを藍は感じた。
「
……
もっと、上手にお前を愛したい」
最愛の手のように自分の心が彼へ伝わればいいのに、と藍は思う。
全部、そっくりそのまま最愛へ与えられたらいいのに。
「お前は
……
」
数秒の間の後、最愛の腕が藍の背中に回った。しなやかな腕の感触。もっと強く引き寄せて、独占されたい。
「お前は別に──」
別に、で途切れた言葉の続きを待つ。
抱き合う体は熱く、もうしばらくこのままであってもまだ冷えることはないだろう。たとえ、指先や頬がひやりとしても、温める術を藍はもう知っている。最愛が教えてくれた。
少しずつ速くなる最愛の鼓動を聴きながら、藍はじっと耳を澄ませる。
じっと、じっと。
──たった一人の「最愛」から言葉を待つ姿は、忠実な犬のようであった。
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