まそとお

真冬のおでん

「さむ……!!」
 裏口から退勤して、真冬は真夜中の寒風を身に浴びた兎織が肩に首を埋めるようにして我が身を抱いた。
 そのままぶつかるように身を寄せてきた兎織へ真朱もがちがちと歯を慣らしながらくっつき、ふたりは不明瞭な発音で「寒い」と繰り返しながら歩き出す。
 成人男性が団子のようにくっついて歩く姿は大袈裟なと笑うものもいようが、ド深夜の往来には指差す人間すら歩いていないのだ。ちらほらとRooMや周辺の深夜営業店から退勤するスタッフの姿もあるが、誰しも帰宅に忙しく他者へなど目を向けない。
 誰もがこんな寒空にいられるか、と早足で帰路に着くなか、真朱と兎織の足は僅かに自宅へ向かう道からずれていく。
 然程ではないが、真っ直ぐに帰宅するのであれば必要のない路を進むのは、当然のことお家へ帰る道を忘れたのではなく、目的があってのことだ。
 白い息に烟る視界、その向こうに見える赤提灯が照らすのは、昔懐かしさすら覚えるおでんの屋台。
 がしっと掴んだ互いの手。強張る脚を動かして、ふたりは裂けそうなほど冷たい風に頬を真っ赤にしながら飛び込んだ。

 十分後。
 出汁の香りをまとった真朱と兎織は、寒さとは違う理由で頬を赤くしていた。
「兄ちゃんたち今日も遅いねえ」
 呆れた様子の店主から濁声で言われても、酒が入ると途端にご機嫌となるふたりには欠片の痛痒にもならない。
 へらりへらへら笑って「めっちゃくちゃ働いてきた」「くったくたです。お酒が沁みる」とさらなる酒を求める。今日は寒さに屈してしまったが、日本酒好き故に本音では冷で飲みたいところであった。雪山でアルコール中毒を起こすタイプにしか見えない。
「先輩、今日も大根めっちゃ染みてる。半分あげるね」
「ありがとうございます。では、美味しかったので卵一つあげます」
「それぞれ注文しろや。売り上げに貢献しろ」
 仲良くそれぞれ食べていたおでんを分け合うふたりに、店主が口をひん曲げた。
 ご尤もな店主の言葉を聞いて真朱と兎織は顔を見合わせ、まるで先生から注意されたこどものようにぽそぽそと返す。
「美味しいから食べてほしいなーって」
「分けると美味しいなーって」
「『ねー』なんて声を揃えた瞬間に店を閉める」
「ね」の形に口を開きかけていたふたりは、すぐに「あぢ」「あっづぃ」と忙しくなくおでんを頬張りだす。きっと舌はひりひりするだろう。
 ──真朱も兎織もこんなに寒い夜をはしゃいで喜べる歳ではないが、こんなに寒い夜は屋台のおでんで喜びはしゃぐ歳でもある。この屋台を知ったときはほんとうに嬉しく、一つの季節が終わらぬうちには既に常連へ片足を突っ込んでいた。
「もう年の瀬ですねえ」
「一年経つのがあっという間だよね」
「来年もおでん食べに来ましょうね」
「もちろん。なんか今から楽しみー」
 酒も加わり緩んだ顔で「来年もよろしく」と言い合うふたりに、競馬新聞を読んでいた店主が「鬼が笑うよ」と呟いた。