白露とリュウイさん

カラカヒリと贈り物

 砂浜に灯る幻想的な青色は盛りを過ぎて、螢火よりも弱々しく点在的なものになっている。
 カラカヒリ。白露の故郷の初夏と似た香りがする花だ。
 波に攫われ、海へ飲み込まれる直前の寂しげな光を見送るのも、あと数日あるかないかだろう。
 シュリメリカにはカラカヒリを魔除けとして硝子行燈……ランプに詰めて親しい相手へ渡す風習がある。先月にはマモノとの交流に因む行事があった辺り、なるほどこの国の古い歴史が紗の向こうに見えるようだ。
 そのカラカヒリが白露の手元に残っている。
 教師という立場上、職場で特定の相手にランプを渡すには憚られ、白露は研究室を訪れる勉強熱心な生徒へ薄様を折った小さな袋に包んで渡していた。砂浜が寂しくなるまで残っていたものもいまはない。ないが、ほんとうは一輪だけ、白露は魔法によって瑞々しい光を保たせている。

 さり気なく差し込んだ挿話によく気づき、授業後に質問へ来たリュウイに解説を終えてひと息。
 リュウイ専用の茶菓子である花を、彼は今日も元気にもしゃりと食べた。涼やかな桂男の風情があるのに、リュウイの振る舞いにはちょこちょことおかしみが覗く。食すものが花であるだけ。菓子を頬張るわらべと変わらない。甘く香る咲き始めの匂い菫は、彼にとって砂糖菓子と感じるだろうか。
 リュウイが表情薄くも満足そうにするのを見てから、白露は指先で空中を摘んだ。
 なにもなかった指の間に銀鈴ひとつ。そのままリュウイへ向かって差し出せば、青い爪をきらりとさせて素直な手のひらが伸びた。
「『……これは?』」
 きょとんと僅かに丸くなった黄金色に、白露は唇の前で人差し指を立てる。
「冬至梅もまだ咲いていないけれど……お前はよく頑張っているから。内緒よ」
「鳴らしたければ、どこでも鳴らせるわ」と言えば、リュウイは手のひらを揺らして鈴を転がす。りん! と鳴るのと同時、鈴口から淡い青色がこぼれた。ほんの微かに、紛れて分からないほど微かに、匂い菫とは違う甘い香りが空気に滲む。
「『中になにか……なにが入っているんだ?』」
 ゆらゆらと、手のひらで鈴を転がすリュウイの不思議顔。指先で突いても淡い光が青い爪を僅かに照らすばかりで、小さな鈴口の中身は見えないだろう。
……お守りよ。お前が迷子になっても大丈夫なように」
 貴方が寂しくないように。
 よく迷子になるリュウイを誰かが必ず見つけてくれるように、白露は花言葉に願いと魔法を込めた。
「『……感謝する。先生には……色々貰っているな』」
 そうと願ったのだろう、鈴はリュウイの手のひらに包み込まれても変わらずりん! と鳴る。リュウイが望めば、鈴は海の底であっても鳴るだろう。夜空の名も知らぬ星屑一つより小さくも、迷う彼の手のひらに光を灯すだろう。
 カラカヒリ。
 おやつにしたって構いやしない。
 つい、と摘んだ袖の内側で笑う白露に、常の薄い表情とはまた違う色を浮かべてリュウイが顔を上げる。
「『感謝する』」
 繰り返し、もう一度。
 袖を下ろし、白露も先ほどとは違う笑みを浮かべて繰り返す。
「──内緒よ?」