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みすず
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創作
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あさみお
過去と現在
「澪君、桃好き?」
絡めた腕をそのままに、明聖が器用に操作するスマホの画面を見せてもらった澪は「桃フェア」とロゴの踊る文字通り桃色のページにまばたきをして、期待を込めて彼の顔を見上げた。
桃は好きだ。桃を使った菓子も。けれど、明聖と出かけられるかもしれないことにこそ、澪の胸は膨らみ忙しなく鼓動を打つのだ。
「よかったら行かない?」
「行く!!」
言葉尻に被せるような勢いで澪が頷けば、明聖の精悍な顔立ちに笑みがいっぱいとなり澪が抱きついていた彼の腕からやや力が抜ける。先ほどよりもほんのりと柔らかくなった筋肉の感触に、澪は明聖がずっと自分を誘ってくれようと窺っていたのではないかと思いつき頬を染める。本当は偶然いまさっき見つけただけでしかなく、都合のいい勘違いかもしれないので澪は口には出さず「ひょっとしたら」「もしかしたら」と甘やかな気持ちで明聖の腕に懐いた。
「よかった
……
ふふ、すっごく嬉しそう」
「ほんとに嬉しいもん」
見やすいように、と後ろから抱えられる体勢になり、澪は耳も首も赤くなっているのが明聖から見えないように彼の胸へぴたりと寄りかかった。背も高くサッカー部に所属している明聖の体は大きくて逞しい。彼に抱きしめてもらうことが澪は大好きだった。どきどきしすぎて安心どころではなくなるけれど、泣きたくなるほど幸せでしあわせで堪らなくなるのだ。
いまもむずむずと幸せに緩む澪の口が、明聖のスマホをタップするうちに小さく「あ」の形に開いた。
(
……
この店)
知っている店であった。
明聖と行ったことのある店であった。
「苺好き?」
コンビニの棚に並んだ新商品、苺のミニパフェをちまちまと食べていた澪は少しだけ感じる居心地の悪さから目を逸らしながら頷いた。
「いま旬だから色々あるよね」とうんうん頷いている明聖は大学で知り合ってからよく話しかけてくれる後輩で、昼食を共にしたり一緒に出かけたりと親しい仲だとは思っている。人見知りでもなし、言い切れないのは後ろめたさに似た気持ちがあるからだ。
男らしく整った顔立ちを格好いいと思う。運動が得意でサッカー部に所属する彼に、友情や憧憬以外の混じった声援が送られているのを聞いたことがある。器用でしっかり者で、明聖がなにかに苦戦しているのを澪は見たことがない。
誰でもきっと好感を抱くであろう明聖のことを、澪もまた良いひとだと思う。好ましいと、そう思う。その気持ちに罪悪感がある。
「あのさ、よかったらこの店一緒に行かない?」
緊張したように眉を下げる明聖が差し出すスマホには「苺フェア」とロゴの踊る苺一色のページ。
苺を使った期間限定商品を宣伝するカフェにまばたきをして、澪は「美味しそう
……
あ、タルトある」と目を輝かせる。コンビニの新商品を試すのが好きな澪だが、苺が好きだと頷いたのは嘘ではない。美味しそうな菓子の数々は純粋に惹かれるものがあった。
「どうかな
……
?」
「うん、いいよ。あとで予定送るね」
「よかった! うん、待ってるね」
ぱっと顔を輝かせる明聖があまりにも嬉しそうで、誘われた身としては面映くなってしまう。
その場で別れてからも澪の胸にはむず痒さが残っていたし、改めて交わした予定のやり取りを何度も確認しては頬が緩んだ。
楽しみで前日からそわそわと落ち着かず、当日もただの到着連絡の文面を三度も打ち直す熱量は到底、友人やただの後輩に向けるものではない。待ち合わせ場所に明聖を見つけたとき、澪の顔は駆け寄るより前に赤く染まっていた。
「っお待たせ!」
「わ、急がなくても大丈夫だったのに!」
「ごめ、福森くん、いたから
……
っ」
「俺もいま来たとこだよ」
急に走ったことでぜえぜえと息切れを起こす澪の背中を明聖が撫でてくれ、ただでさえ速くなっている鼓動が不自然に跳ねる。
「っありがと
……
運動不足情けないなー
……
」
「花守さんも運動部とか入る?」
「体力つけるための体力がないから無理」
「そうなんだ
……
」
あまりにもきっぱりと言った澪に、日々サッカー部で活躍する明聖には大袈裟に聞こえたのかやたらと微笑ましいものを見るような顔をした。しかし明聖の眼差しに馬鹿にするような色はなく、ただ優しいばかりの目を見ると澪は拗ねる気持ちが湧くどころか恥ずかしさに落ち着かなくなる。
「は、早くお店行こ
……
」
「あ、こっちだよ」
慌てて見当違いな方向へ歩き出そうとした澪の腕を取った明聖が正しい方向を指差すので、今度こそ澪は羞恥で顔を赤くして「うん
……
」と俯いた。
そそっかしいと思われているのを想像すると顔を上げられず、どうしてか上機嫌に聞こえる明聖の声に返事をしつつも澪は店に着くまで足元を見つめ続けた。
そして、店に入る直前になってようやく明聖に腕を引かれたままでいたことに気づき、澪はテーブルに突っ伏したいのを必死に堪えている。
「ゔー
……
っ」
「手負いの獣みたいになってる
……
」
「
……
にんげんめ」
「あ、俺がなんかやっちゃったんだ?」
くすくす笑う明聖に澪も少しおかしくなって、鼻に寄っていた皺が消える。気恥ずかしさは残っているけれど、明聖の笑う顔を見ていると浮き立つ気持ちにもなるのだ。
「花守さんはカフェとかよく行くの?」
注文を終えた頃に訊かれて、澪は「うん」と頷く。
「気に入ってる店に行くことが多いけど、偶に開拓もするかな」
「へえ
……
花守さんのお気に入りの店、俺も行ってみたいな」
社交辞令ではなさそうな口振りに、それなら一緒に行く? と澪が言いかけたとき、明聖が先に続けた。
「好きなひとが好きそうだから気になって」
澪はまばたきというにはほんの少し長く目を瞑る。
明聖に好きなひとがいる。
そのひとは澪と好みが似ているらしく、明聖は「参考に」と澪をそのひとに見立てて接することがよくあった。好みを訊いてそれを贈ってくれたり、気になっている場所に誘ってくれて今日のように一緒に出かけたり。
嬉しくて澪の顔が綻んだ瞬間、明聖は釘を刺すように言うのだ。
「よかった。好きなひとも喜んでくれそう」
安堵と期待の混ざった笑顔で、恋をしているひとの顔で言うのだ。
格好良くて、運動神経が良くて、なんでも器用にこなして、快活で行動的。本人を見たことがなくても人に好かれて囲まれる姿が目に浮かぶ。明聖もモテる自覚があるだろうから、好意的に他者へ接するときは線を引くのだろう。恋をしているのなら尚更だ。
勘違いするな、お前じゃない。
毎回教えてくれる明聖は誠実なのかもしれない。
明聖のしてくれることにどれだけ嬉しくなっても、胸が弾んで
……
惹かれても、明聖から差し出されるものを本来受け取るのは澪ではなく、明聖が引き出したい好意も澪からのものではない。
こんなに熱心に恋をしている明聖に水を差すような、面倒をかけるようなことをしてはいけない。せっかく信頼して相談してくれているのだから、裏切るような真似はできない。
澪からの恋心など明聖は望んでいないし、むしろうんざりするような災難なのだ。
(大丈夫
……
好きになんてならないよ)
口角を上げながら澪は目を開ける。胸が痛いのは錯覚だ。
「えー、それじゃ下手なところ教えられないなあ」
「花守さんが好きなところなら間違いないから!」
「そっか
……
」
気に入っている店にはしばらく行けなくなりそうだ。
「でも
……
よかったら一緒に行ってほしいかな。下見っていうか
……
」
……
違った。行きたくなくなった。
とびきり明るく「いいよ」と言う前に、店員がやってきて澪が注文したケーキと明聖の注文したアイスコーヒーをテーブルに並べる。
明聖が甘いものを好まないのだとしたら申し訳なくなるが、これも好きなひとのための努力なのかもしれない。
能天気な顔できらきらと輝くような苺タルトにはしゃいで見せて、澪は苺だけをフォークで刺して口に運ぶ。
「あはは、酸っぱい!」
ジュレがけの甘い苺を噛み締めて、澪は滲んだ涙を拭った。
「──澪君、タルト好きだったよね。今回もあるみたいだよ」
明聖が指差す画面にはたっぷりと桃を使ったタルト。チーズクリームを使っていて、土台はパートシュクレ。想像しただけで美味しそうだ。
「
……
この店また行きたかったんだよね」
明聖の腕をぎゅっと抱きしめれば、覆い被さるように明聖が後ろから頬擦りしてくれた。
澪は明聖にすっぽりと抱きしめてもらうのが好きだ。明聖の腕のなかに自分がいていい、自分の居場所だと思える瞬間がとてもとても幸せだ。
「俺も澪君と行きたかった! すごく楽しみ」
弾んだ明聖の声に嘘はない。その言葉はここにいない誰かではなくて、澪に向けられている。
「ふふ
……
明聖くんも行きたかったんだ」
自分と行きたいと思ってくれていたのだ。
澪は胸がきゅんとときめきに痛くなる。
「ふふ、ん、ふふ
……
ねえ」
「なに?」
「だいすき」
好き。大好き。何度も言いたい。何度言ったって足りない。
「っ俺も大好きだよ」
──何度だって聞きたい。何度だって言ってほしい。
涙が滲みそうになるくらい嬉しくて、澪は明聖の胸に耳を当てながら抱きついた。
明聖の鼓動は澪と同じ速さであった。
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