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みすず
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創作
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冬人と水樹さん
大人様ランチ
お子様ランチが美味しい店は、まず間違いなく「当たり」である。
稚く可愛らしい盛り付けや工夫がされているものの、お子様ランチのプレートに少量ずつ並んでいるものは大人が一人前としてそれぞれ注文するものなのだ。それが全て美味いとなれば、店全体のメニューが美味いと判断できる。
だが、出来合いに頼らず、味付けをこども仕様に直したお子様ランチを用意している店は多くない。お子様ランチは真面目に本気で作れば作るほど赤字になるからである。一食分のプレートの料金で複数のメイン料理にデザートもあるとなったら、それを作る材料費手間暇はとてもではないが他のメニューと足並み合わせた価格で黒字になることはない。
だが、まあ、お子様ランチは夢である。浪漫である。幼心に輝く宝箱なのだ。
「シェフが気まぐれに出した本気プレートです」
ハンバーグにエビフライにオムライス、ナポリタンスパゲッティにサラダ。
自宅ではコンロと調理器の数が限られているため、一部温め直したものがあるものの全てが手作りのお子様ランチ。味付けは舌が怠くならないようにやや大人仕様にしているものの、若干甘め、濃いめを意識して作ってある。
これはブラック珈琲を嗜む冬人自身のためではなく、珈琲牛乳を好む水樹に食べてもらいたくて作ったものだからだ。
「は、旗が付いてる
……
」
オムライスの上に刺された小さな旗を見て、水樹は目をまんまるにして「わあ」と感嘆の声を上げる。
自分で供しておきながら座卓に並んでいると違和感があるなあと冬人は思ったものの、水樹の反応は上々で自然と顔が綻んだ。
目の前に置かれたプレートの上をきょろきょろと存分に見つめた水樹は勢いよく上気した顔を上げて、ずり、と横へずれてから座卓の向かいで胡座をかく冬人のほうへ身を乗り出した。
「お子様ランチ!!」
「そうだね」
「どうしたのっ?」
「作ったんだよ」
「大変じゃないッ?」
「まあ、真心を込めて作ったよ」
時間はかかったが一つひとつは作り慣れているし、実のところ水樹が好んでくれるコンソメのほうが大変だったりするが態々言うことではない。
「手をハートにしておまじないした?」
「コンカフェに勤めたことはないから
……
」
こう、と複雑に組んだハートを見せる水樹に冬人はゆるりと首を振る。コンカフェでも水樹の作るハートでおまじないはやらないと思われる。
「すごい
…………
僕、お子様ランチって初めてなんだよね」
座る位置を戻し、改めてプレートを見る水樹の大人立った表情。こういうとき、水樹は多くを語らないように思う。憂いた顔をせず、ただ静かに、波紋の描かれない湖面のような目をする。冬人も水樹に深く語るように促すことはない。ただ、彼が少なく零したものを拾えるように聴く
……
薄情だろうか。
「冬人さんのとこでいつもなに頼もうか悩んじゃうからさ、一編に食べられるのすごい贅沢!」
一転してにっぱりと満面の笑みを浮かべた水樹は「冷めないうちに食べないと
……
!」と音を立てながら両手を合わせる。
「いただきます!」
エビフライをひと口。ざく、と音が鳴る。
「あぢっ、おいし
……
!」
あつ、あっち、と繰り返しつつ、水樹はなんとも幸せそうな顔をする。晶晶としたビー玉のような目。
熱気の混じる息をはふ、と吐きながらエビフライを飲み込んで、水樹は「美味しい!」と最高の賛辞をくれた。
「すごくさっくさく
……
あのさ、お店のより香ばしい気がするんだけど
……
」
「個人で作ると好き勝手できるんだよね」
荒いパン粉に砕いたあられを混ぜたので、そのままでもしっかり味がついている。気づいてくれたこともだが、水樹が食べる前にソースをかけなかったことに冬人は作ったものとして嬉しくなった。
「えっ、ひょっとして他のも
……
?」
答えず、冬人は口角を上げるだけだ。
「これがシェフの本気
……
これもう、お子様じゃなくて大人様ランチじゃない
……
?」
大袈裟に片手で口元を隠した水樹に笑声ひとつ上げつつ面映ゆさを覚え、照れ隠しに冬人はそそくさと自分もお子様
……
大人様ランチを食べ始める。自分のなので盛り付けは雑だ。過度にくっつき合って味が混ざり合わなければよろしい。
ミニハンバーグをひと口で半分食べる。刻んだ蓮根を入れたので歯応えが楽しく、ちまちま食べるより食感がいいのだ。美味しい食べ方であるが、冬人はいちいち指示などしない。余程行儀が悪くない限り、食事は好きなように楽しむのが一番だ。
「
……
冬人さんの旗ないね」
オムライスから惜しそうに旗を抜いた水樹があんまりにも気遣わしそうに言うので、冬人は幼少期に食べたお子様ランチ、その旗に感じたときめきを思い出す。お子様ランチに誇らしく刺さる旗はとても重要だった。
「大丈夫? 無理してない? 僕いまから旗作ろうか?」
しかし、水樹ほどではない。旗がなくても冬人は強く前を向いて歩いていけるので「冷めないうちに食べてくれるほうが嬉しい」と気持ちだけ頂戴した。
神妙な顔で頷いた水樹が薄い卵に包まれたオムライスを頬張る。これも小さく作ってあるが、我ながらきれいに巻くことができた。
水樹は量があまり食べられないのでどれも量は少なめに、全部合わせても冬人にとって腹七分目ほどだろうか。途中で苦しくならないように、料理の美味しさは味だけではない。
──黄色い楕円のミニトマトを食べて「甘い
……
!」と驚いたところで、水樹の大人様ランチは完食された。
「すっごく美味しかった
……
ナポリタンあんまり酸味なくて、あの味好きだなあ。お店では出さないの?」
「ちょっと難しいかな
……
言ってくれればまた作るよ。なんなら作り方教えるし」
「シェフ秘伝の技を
……
」
「特別に伝授します」
冬人は重々しく頷いてからぱちんと手を鳴らす。
「実はデザートもあるんだけど」
「食べる!!」
「じゃあ、持ってくる」
「お待ちしております」
さっと正座した水樹の足が痺れる前に、と冬人は冷蔵庫で冷やしてあるデザートを取りに行く。
腹に重たくならないように、口がさっぱりするように。
菓子はあまり作らない冬人が用意したのはゼリーであった。
透明な丸っこいカップの中で淡い青の層を作るゼリーには、気泡に紛れて寒天で作られた金魚が泳ぐ。赤と黒の二匹。カップを持ち上げて底から見上げる水樹の頬に、ゼリーの青色が透けて落ちる。
「きれい
……
えー、食べるのもったいない
……
」
「でも食べる」ときりっとした顔で匙を手に、水樹は赤い金魚ごとゼリーを掬った。
「っしゅわってした!」
ゼリーと冬人の顔を何度も見て、もうひと掬い。
「しゅわしゅわする! 冬人さん冬人さん、これなに? どうなってるの?」
「サイダーゼリーです。文字通りサイダーを使っております」
「さいだーぜりー
……
この世にはそんなものが
……
」
「口に合う?」
水樹はこくこく激しく頷いて、上から底から傾けながらゼリーを見る。その様子が微笑ましくて、喜んでもらえたのが嬉しくて、ささやかではあるが遊び心を加えてよかったと冬人はゼリーを匙の先で突つく。匙は淡い青色のなかにつるりと沈んだ。
「ねえねえ、冬人さん」
「ん?」
「ありがとう。もう食べられないと思ってた」
……
お子様ランチには大抵年齢制限があって、水樹の年齢ではお断りされてしまうだろう。
完全なお子様仕様ではないけれど、おまけに付けられるおもちゃはないけれど。
「
……
美味しかった?」
光に透けるゼリーよりもきらきらとした水樹の笑顔。
「うん!!」
それならば冬人も満足であった。胸が満ちた。
「シェフ、また気まぐれ起こしてね」
黒い金魚が掬われる。
冬人の返事は決まっていた。
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