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みすず
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創作
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冬人と水樹さん
風鈴
家から然程遠くない場所にガラス工房があると冬人が知ったのは、家を出た瞬間から戻りたくなるような酷暑日であった。
夏休みのこどもたちを狙ったのか、ガラス作りの体験ができるというチラシがポストに入っていたのだ。創英角ポップ体はなんやかんや目を惹く。
謳い文句は流し読みして、しっかり確認するのは条件。よろしい、成人お断りの文字はない。
ふむ、と頷いて、冬人はチラシを捨てずに取っておくことにした。
「──行く」
見せたチラシに目を輝かせる水樹がぴっと元気に手を挙げ、冬人は「ん」と短く頷く。
多分、水樹はこういうものも好きだろう、興味を持つだろうと思ったのだ。どうやら正解のようで、冬人は内心で善哉々々と唱える。
ではそのように、とチラシをじっくり読んでいる水樹を邪魔せぬように脇から工房の電話番号を確認して、冬人は予約の連絡を入れる。チラシに銘打たれている「夏休み」によって予約が埋まっていることも懸念したが、こちらはふたりとも成人した大人である。学校の年間予定に左右される身分ではない。
とはいえ、幸いにも近い日にちが空いていた。座卓を指で叩いて水樹に呼び掛ければスマホから漏れる声を聞いた彼も頷いたので、予約はつつがなく取ることができた。
「冬人さん、見て見て!」
「なに
……
見えない」
通話を切るなり中指を握って引かれ、冬人は水樹が突き出すようにして見せてくるスマホに目を眇める。近くてよく見えないので顎を引けば、視覚が夏を捉えた。
風鈴まつり。
風鈴と調べて出てきたのだろう。色とりどりの風鈴は絵に限らず形も様々で、ずらりと並んで短冊を風にそよがせている景色は不思議な郷愁を抱かせる。知らぬはずの昔懐かしさ。
「音が自然任せなのっていつ鳴るか分からなくて
……
いつ鳴っててもよくて、楽しい
……
ンン、趣深いですね」
おどけて重々しい声音に直した水樹だが、すぐに「風流ってやつ?」と元の調子に戻って笑う。
いつ鳴っていてもいい。
風物詩と愛でられ静寂に響くを好しとされる音も、聞き漏らしてはいけない音がある場所では可しとされないのだ。
手元に戻したスマホを眺める水樹の横顔はただ楽しげなのに、まるで行けない祭の気配を聴く蕭条さを見た気がするのは、冬人が目を開きすぎているのだろう。ないものを見ようとするのも、あると言うのも、人間の悪癖だ。
「今年、は終わってるか
……
来年行こうか」
「行く。いっぱいの風鈴ってどんな音だろうね。工房でも聴けるかな」
チラシをなぞり、角をかりかりと引っ掻いて丸くする水樹に、冬人は「どうだろうね」と返しながら窓辺を見遣る。薄いカーテンの隙間から真白の日差し。外から聞こえるこどものはしゃぎ声。きっと青い影はじりじりと揺れているだろう。
終わっていない夏が待ち遠しかった。
冬人と水樹が工房を訪ったとき、丁度入れ違いに親子が工房から出てきた。
きゃらきゃらと笑いながら両親の周りを飛び跳ねる少女と、はしゃぐ我が子を嗜めながらも愛おしげな笑みを浮かべる親子の姿は切り取って残したいほどに美しい。
「あの子はどんなの作ったんだろね」
風鈴以外も作れるんだよね、と親子の背中を見送った水樹が逸るように工房へ足を弾ませ「ごめんくださーい!」と声をかける。応じる従業員の気配と振り返り大きな手招きをする水樹に、冬人も早足で彼のもとへ向かった。
「予約された方ですよね? お名前を伺ってもよろしいですか」
「はい! あ、冬人さん、立花だよね?」
頭にタオルを巻いた男性従業員の確認に返事をしてから水樹が訊いてくるので、冬人は「冬人さんは立花であってるよ」と態とらしく頷く。従業員の方を困らせてはいけないので予約した時間と名前を改めて伝えれば、微笑ましそうな顔をした従業員が「では、ご案内します」と歩きだした。
「
……
知ってますけど?」
「ん?」
「立花冬人さん、存じておりますけど?」
きゅううっと寄せた眉を器用にも片方だけ持ち上げて、水樹は後ろ手を組みながら「ん?」「え?」と下から冬人を覗き込んでくる。
「
……
笑うからやめて」
「僕の顔がそんなにおかしい?」
「転ぶよ、前向いて」
「アナタってばそうやってすぐ話を逸らすのね
……
っ」
「ごめんゆるして」
「仲がいいんですねえ」
「そうなんですよー!」
にこにこする従業員、胸を張る水樹。冬人は顔を覆った。
ほんの少し、なにか
……
「こら」のひと言でも言いたくなって水樹に視線を向けるが、彼はそりゃもうぴかぴかと快晴の笑顔でいるのだ。
「ね!!」
喉に引っかかった言葉を面映ゆさが押し退けた。
「きみは
……
上手いな」
なにが? と言いかけた水樹の言葉に被さって、従業員が「こちらです」と作業場のドアを開けた。
──なかは突き飛ばすような素っ気ない空気が染み込んでいて、扱うのはガラスなのに、硬くて冷たい鉄の手触りがするようであった。無理やり浮かべた愛想笑いに似ている。
炉の前には作業場の雰囲気にそっくりな壮年男性が立っていて、彼がこの工房の職人であると従業員が誇らしそうに紹介した。彼は水樹の物怖じしない挨拶にも軽い会釈をするだけで目を逸らしている。
職人はじっと黙っているが、従業員は気さくにガラスについて、工程についてを分かりやすく説明してくれる。この工房は絵付けのみの体験も受け付けているが、冬人と水樹が挑むのはガラス吹きからだ。
ひと通りの注意と説明を受ければ、いよいよ炉の前に向かう。
「どっち先にやる? じゃんけんしよ」
「ん。じゃーんけーん
……
」
結果は利き手と逆の手で出したグーにより、水樹が勝利した。彼の必勝ジンクスかしら。
「わ、あっつ
……
!」
炉が開いた途端、離れている冬人にも伝わってくる熱気に、水樹が声を抑えながらも上体を後ろへ引いた。約千三百度は凄まじく、その炉を見つめる職人の落ち着いた面差しも凡ならざる気迫がある。
「そっと吹いて」
溶けたガラスを巻き取り補助する職人に頷いて、水樹が真剣な顔で吹き竿へ口をつけた。
冬人は従業員に視線を向け、取り出したデジカメを見せる。首を傾げれば笑顔で頷いてもらえたので、音を立てないように気をつけながら移動してデジカメを構えた。
豆電球のようだったガラスがゆるりと膨らむ。視線を一点に集中する水樹の額に浮いた汗。職人が教える吹き加減にまばたきでする返事。一度目を終えて脱力し、すぐに二度目の成形で細い指先以外が強張る。
「一気に!」
三度目、太い声の合図。
火の色を帯びてぷぅわりと丸いガラスは、夕陽そのものによく似ていた。
りん、と硬質な涼が鳴る。
できたばかりの風鈴が二つ、それぞれ冬人と水樹の手で僅かに異なる音色を立てる。
「おお
……
世界に一つだけの風鈴
……
唯一無二、オンリーワン
……
」
「ひまわり良いね」
感動して水樹がそうっと両手に包む風鈴は、冬人のデジカメに入っていた画像を見ながら描いたひまわりが咲いている。風鈴が鳴るのを聴けば、ふたりで行ったひまわり畑の記憶も鮮やかによみがえるようだった。
「まあね、やっぱり冬人さんに渡すとなったら気合いも入るよ」
得意気に、うんうん頷く水樹に冬人は片眉を上げる。
「俺? 自分のは?」
「冬人さんも格好いい金魚描いてくれてありがとね」
「いやいや
……
」
いやいや。冬人はまあ待ちなさいと風鈴を落とさないように気をつけながら、片手を水樹へ向ける。ぺちっとごく軽いハイファイブをされた。
「俺は一発で成功した大天才水樹先生とは違うから
……
」
風鈴の成形で冬人は盛大に失敗した。三度目の正直が叶って自分よりも喜ぶ水樹の隣、冬人は緊張によって疲弊し崩れ落ちていた。
絵付けでも朝顔を描こうとして失敗し、金魚にしようと描き直してどうにか海水魚だか淡水魚だか分からん愛嬌溢れる赤い小魚になった。抽象派ではなく印象派になりたかった冬人は「いやいや
……
」と首を振る。
そんな冬人に、水樹は鋭い目をするのだ。
「僕の風鈴をそんなふうに言わないで!」
「俺の風鈴だよ?」
「そんな冬人さんにこの風鈴は任せられない
……
」
「俺が作ったんだよ?」
「
……
だめなら仕方ないよね。無理言ってごめんなさい」
「いや、その
……
」
見守っていた従業員がくすくすと笑い声を上げる。視線を向ければ横を向いている職人も口角を上げて震えていた。
他者の目に怯んだ冬人が水樹に勝てるわけがない。他者の目がなくても自信はない。
夏。
冬人の自宅でひまわりが咲き、水樹の家では金魚が泳ぐことになる。
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