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みすず
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創作
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冬人と水樹さん
ひまわり
夏の風景は眩しさに白み、影は青く揺れる。
例年の気温は今年も変わることがなく、悪あがきのように出発したのは午前中。かろうじて日差しはまだ淡い穏やかさを持っているが、二、三時間もせずに刺すような眩しさで炙ってくるのだろう。
「暑いねえ」
ジワジワと夏を主張するアブラゼミの鳴き声を聴くなかでも、弾んだ水樹の声は冬人の耳に零れず届く。
「流石に八月はな
……
吐き気とか眩暈とかしたら絶対に我慢しないで」
「はーい」
しっかりとした返事をする水樹の青空へ向かった腕が、時計の針のような影を足元へ作った。まだ細くともしなやかに伸びる水樹の腕に、冬人の口元へ自然に笑みが浮かぶ。
「あ、冬人さん。もう黄色見える!」
下ろそうとした腕が真っ直ぐに前方へ向けられ、ぴんと伸びた指が広大な黄色を差した。
「ああ
……
よかった。よく咲いてるみたいだ」
一面に広がる黄色。
冬人と水樹は、ひまわり畑へやってきたのだ。
「──ここ行きたい」
冬人が常連となっている喫茶店。冬人が好んでよく飲む珈琲を同じく注文した水樹が「香ばしくて
……
苦味と酸味があって
……
苦味が香ばしくて
…………
ミルクとお砂糖によるまろやかさが良く似合いますね」と努めて大人の顔を作るのに吹き出して怒られたあと、機嫌を直すのが早い水樹が取り出したのは観光雑誌。
夏季休暇の満喫を促す特集のなか、青々とした空の下に太陽を象ったかのような花が咲いている。
「ひまわりか」
「冬人さんは行ったことある?」
「ないかな。この時期は渓流とか
……
涼しいところへ行くことが多かったから」
「川かあ
……
そっちも行きたいな」
「
……
でも、今回はこっちなんだろう?」
「うん!!」
それこそひまわりのように元気の良い笑顔で頷く水樹に了解と頷き、冬人は予定を考える。盆には職場も休みになるのでそこへ合わせたほうが確実だろう。休暇時期、余計に混むかもしれないのが心配だが、花ともなればいつまでも咲いているわけではない。
「ひまわり畑だけならあちこちに結構あると思うけど、ここに載っている場所がいい?」
「んー
……
ここだとちょっと遠いのかな
……
?」
「待って、調べる」
雑誌のなかで広がるものに惹かれたのであれば、そこへ行くのが良い。見たいものを見るのが一番だ。冬人は伺うように自身を見上げる水樹に心配無用と、彼の髪をくしゃりと梳く。水樹の色素の薄い髪は、自身の髪よりも柔らかいと冬人は感じた。
文明の利器であるスマホをたぷたぷと叩き、集合知であるネットに検索をかければ欲しい情報はあっという間に手に入る。水樹にも見えるように画面を向ければ、彼は「電車
……
」と呟いて目を輝かせた。
公式サイトに乗るアクセス情報によれば最寄駅からバスに乗るのが一番歩かなくて済むので、冬人はこの経路を水樹へ勧めた。油断できない水樹の体調だけでなく、この季節は老若男女分け隔てなく熱中症の心配が必要なのだ。
「冬人さんってめちゃくちゃ話が早いよね。さくさく決まっちゃう」
「なんやかんやあちこち行くの自体は慣れてるから。なにより、俺も楽しみだし」
くすくすと笑う水樹の声に混じる嬉しさが、冬人にとっても嬉しい。
「そっかあ
……
じゃあ、どこへ行っても安心だね。まあ、僕もすぐに頼もしく冬人さんをガイドできるようになるんだけど!」
「既に水樹くんがいれば現地で迷子になっても安心だと思ってるよ」
水樹の人懐こさと他者と円滑に交流を図れる能力は、冬人にはないものである。あっても乏しい。道に迷った際、水樹は躊躇いなく道を訊きにいき、なんなら現地の人間おすすめの場所も仕入れてくれるだろう。
冬人の現在も、そんな水樹のおかげで在るのだ。
「またアルバムが増えそうだな」
「冬人さんの写真もね」
カメラを構える仕草をする水樹の手。当日には本物のカメラがあって、冬人へも向けられるのだろう。
「これも写真撮っておけばよかったかな?」と珈琲カップを持つ水樹の前、冬人も笑んだ口元へ珈琲カップを運ぶ。
──珈琲を恋のように甘いと称したのは誰であったかしら。
「ほんとうに広いね。想像してたよりすっごく迫力ある」
小径を歩けばひまわりは簡単に触れられる場所に咲いている。
道中はしゃいだ様子であった水樹は疲れた様子を見せず、きらきらとした目で周囲を見渡した。背伸びをしながら「ここに種ができるんだ
……
」とひまわりをしげしげと覗き込む水樹の被る麦わら帽子。青々とした太い茎の先に大きく花ひらかせるひまわりと併せ、夏を象徴するかのような姿。背中へ麦わら帽子の影を落とす背中へ、冬人はごく自然にパシャリと電子的な音をカメラで鳴らす。
「あ、撮ったでしょ! 僕にもブランディングっていうのがありますからね、困りますよー?」
振り向いた水樹が態とらしくやれやれと肩を竦める。
「ちゃんとポーズ取るからもう一回撮って!」
「分かってる分かってる、ちゃんと撮るよ。はい、にっこり笑ってー!」
麦わら帽子の影が落ちても眩しい笑顔、得意気なピースサインをする水樹にカメラを構えたところですぐ近くから観光客の声が聞こえた。
「はい、ひーまーわーり!」
シャッター音。カメラを構えた観光客が「もう一枚!」と声を上げ、再び繰り返される「ひまわり」の掛け声。ここでの定番、お約束であるらしい。
「冬人さん」
撮影が終わって散っていく観光客を見ている水樹。
「冬人さん」
繰り返される名前。夏にはほど遠い名前を、夏のよく似合う瑞々しい名前の持ち主が繰り返す。
「
…………
はい、ポーズ取ってー!」
先ほどよりも輝く笑みを浮かべた水樹へ、冬人はカメラを向ける。
「ひーまーわーり!!」
ひまわり畑に冬人のやけっぱちな声と、蝉の鳴き声にも負けない水樹の笑い声が響いた。
今日は幾度もこの声がするのだろう。
そして、青空の下でどこまでも続くひまわりに囲まれたふたりの写真、その側に貼られたメモが思い出として書き残すのだろう。
アルバムは増え続けるのだ。
やがて来る秋も、冬も、春も、またやってくる夏を何度も巡って。
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