なんとなく流していたテレビ番組がCMに切り替わり、やはりなんとなくチャンネルを変えれば職場でも話題を聞くドラマが放送されていた。
夜の橋の上、涙を流す女が「嘘吐き。ほんとうに私を愛してるの?」と詰るように男へ叫んでいる。実力派女優によるヒステリックな名演技。真朱は男の返答が映されるより早くチャンネルを変えた。
「いまの台詞、今月で三回は生で聞いてるんですよね」
「俺は四回かなー」
「お、社員としての働きが足りませんでした」
「先輩はめっちゃ働いてるよー!」
わしゃわしゃと兎織から撫でられて真朱はご機嫌な笑みを浮かべ、自身も「月村さんも働き者ですよぅ」と兎織の頬を両手で柔く揉む。
真朱と兎織が知り合ってからの年月は五年と短くないが、ふたりの距離感やじゃれ合いが現在のようなものに至るまでの期間はもっと、もっと短い。加えて傍目にも分かる阿吽の呼吸、つうと言えばかあ。双子よりも双子のような絵に描いた以心伝心は古馴染みと認識されることも珍しくなく、直接訊かれた際に「兄弟」「幼馴染」と言えば大体はそのまま疑われずに納得された。真朱は兎織と顔を見合わせおかしみを感じているが、疑問に対して「そんなにも?」と驚くことは実のところない。
真朱が実感することは終ぞないことであるが、血は水よりも濃いと云う。だが、所詮はワインよりも薄い。
血の一滴も交わらぬのに、真朱にとって兎織は自分の半分であった。
くふくふとひと通り顔を寄せて笑い合ううちに、テレビにはまたCMが流れていた。昨今のCMは長く、頻度も多い。
「月村さん、私のこと……愛してます?」
人気歌手のドラマチックな新曲がBGMに使われた車のCM。そのなかでも問われる愛が耳に入り、態とらしく深刻な顔と声音で真朱が問えば、兎織もまた態とらしく苦しそうな表情を浮かべ、情熱的に真朱を抱き締めてくれた。
「そんなこと言わせて、ごめんね……っ」
沈黙。数秒後、ふたりは互いの肩を叩き合いながら爆笑した。いつかSNSで流行った「恋人にややこしいこと言われたらこう言って抱きしめろ」という内容をそのまま再現したのだ。これはRooMで森の者と里の者の探り合いが始まった際にも交わしたやり取りである。兎織は甘いものを好まないので森の者でも里の者でもないことを真朱は知っているが、あの戦争は中立に冷ややかな目を向けるのだ。二人三脚で戦火を逃れるしかない。
「っはー……ふふ、先輩は俺のこと愛してる?」
笑いの名残りをそのままに兎織からも訊ねられ、真朱は「もちろん」と頷く。頷き、続ける。
「もし私が嘘を吐いていると思うなら、信じた振りをしてくださいな」
唐突な言葉にきょとんとまばたきをひとつして、はっと気づいた兎織がおかしそうに「そしたらどうするの?」と甘えるように真朱の手を握った。
「もっと大胆に愛してるって伝え始めます」
「えー、めっちゃ楽しみになっちゃうんだけど。先輩の正体ってなあに?」
「それは」
「それは?」
握り返した手に頬を寄せる。
「分かるまで一緒にいましょ」
ただの正直者がいるだけだから。
──誰かが嘘を吐いていると疑ったなら、その人を信じる振りをすべきである。そうすればその人はより大胆により派手に嘘を吐き、化けの皮を剥がすだろう。
アルトゥール・ショーペンハウアー
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