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みすず
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創作
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冬人と水樹さん
病院での写真
世界は広いと多くの人々が唱えるが、冬人が見る世界は小さな枠のなかに収まる程度のものであった。
レンズの外側にあるものを、視界にこそ広がるものを、冬人は幾つも見逃してきた。
見逃してきたことにさえ、気づいていなかったのだ。
たとえば流れる小川を往く青葉であれば気づいたであろう。夏の日差しにうなじを灼かれながら地鏡を撮ることもできるであろう。落ち葉の上を踊る犬を、雪に埋もれる椿を焦点に捉えることもできるのだ。
それでも小さな枠を外れた右に左、足元、頭上を冬人は見ていなかった。
青い空を見上げたとき、冬人はようやくそのことを知ったのだ。
古くに聴くカメラを模した機械的なシャッター音。頬に受ける風に目を眇めていた冬人は、振り返った向こうにカメラを構える水樹の得意気な笑みを見て、かつん、と松葉杖を鳴らした。
「面白いものでも撮れた?」
「良いものが撮れた」
差し出されたカメラの画面に映るのは、特筆するようなものが見受けられない
……
ただの冬人の後ろ姿。
自身の背中が写された一枚を見てきょとんとする冬人に、水樹が細い指で画面をなぞった。
「ひと房だけ跳ねてる」
つむじに沿わず吹いた風に、まるで触覚のように髪をひと房跳ねさせる冬人の頭。間の抜けたとも軽妙とも取れる一瞬が見事に切り取られている。
「
……
水樹くんはチャンスを逃さないな」
「そう? まだブレたりしちゃんだけどね」
「すぐに慣れるよ。俺よりも上手くなる」
嘘ではない。
冬人は自身の見たことがない世界、過ぎ去る一瞬を捉える水樹の目の冴えを知っている。自身の目に映るよりも生き生きと映える水樹の写真を見ると、ならば彼自身の目に映るものは如何ほどかと焦がれさえもするのだ。
「じゃあ、冬人さんにもっと教えてもらわないとね!」
「
……
それなら教材、被写体が必要だな」
水樹の手からカメラをするりと取り上げれば、彼は「あっ」と声を上げた。取り返そうと上げられた手は、結局伸ばしきられることなく下ろされる。
「事務所の許可はもらえるかな?」
「ふふっ、許可出ましたー!」
楽しそうに浮かぶ屈託のない笑みも、軽やかに弾む声も、賑やかで穏やかな公園に在ったような気がする。誰かの日常、幸いに在ったような気がする。
水樹を見て妙と胸に説かれるのであれば、想起したものも良いものだっただろう。それは美しいものだったと水樹に伝えられるだけの記憶がないことを、冬人は幾度悔いたか知れない。
「事務所から専属カメラマンにって言ってもらえようなの撮るよ」
「
……
冬人さんならいつでも歓迎されるよ」
そよぐ風に頬へかかった水樹の髪は色素が薄く、青空から降る光を帯びている。その髪に、耳へかける仕草に見る細い指に、淡くかかる青い首の影に、痛々しいと向けられる視線はどれほどか。冬人の顔の傷に今後向けられる数よりも、きっと多いだろう。
けれども。
冬人は水樹の姿に眩さを覚える。生きてそこにいる彼の全てに喜ぶ。
──倒れぬように松葉杖に寄りかかるのは慣れた。
構えたカメラの先にはこどものように目一杯、大人のように凛と微笑む水樹がいる。
ひたり、捉えて。
シャッター音。
「撮れたっ?」
「撮れたよ」
差し出したカメラに頬の血色を良くした水樹がわあっとはしゃいだ声を上げるのを聞きながら、冬人は自身も改めて画面を覗き込む。
そうして「やっぱり」と思うのだ。
この先どれほど技術を磨いたとしても、経験を積んだとしても。
「ねえ、僕ももう一枚撮りたい」
「いいよ。格好よく撮って」
「任せて!」
なにに遮られることなく見つめた目にこそ、なによりもうつくしく水樹は映るのだ。
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