かなすい

服を買いに行く

 好きなひとが自分好みの服を着てデートしてくれる。喜ばない人間がいるのなら、自分とは話が合わないだろうなとかなえは思う。
「ど、どうかな……
 水蜜桃のように頬を染め、そわそわした様子で試着室から出てきた寿衣に、かなえはプロポーズを受けた女性のように口元を両手で覆って感動と喜びを噛み締めた。
「すごく……似合ってる」
 ぐるぐると寿衣の周りを歩いて、ようよう正面に戻ってきたかなえは腹の底から込み上げるまましわがれた声で言った。
 普段から洒落た装いの寿衣だが、彼自身が選ぶよりも可愛らしさに寄った服装は、完全にかなえの趣味によるものであった。体の線が細く際立つゆとりと指先だけが覗く長い袖が特徴的な服で「これを選んだやつは彼シャツや萌え袖が好きなんだな」と一発で分かる。間違っていない。
 ──寿衣が初めて好きな服を着てくれると言ってくれたとき、かなえはときめきと「趣味がばれる」という焦りに心臓が跳ね、呼吸が止まりそうになった。
 恋人に着てほしい服というのは、ただ相手に似合う服を選ぶのとはわけが違う。自分がどのようなものに魅力を感じて反応するかが明らかになるのだ。それは特殊であったり尖った趣味でなくとも関係ない。「へえ、こういうのが好きなんだ」と言われたなら、訳もなく罪悪感と羞恥心が湧き上がること間違いない。少なくともかなえは「そうですけど……?」ときょとんとした顔で返す自信は全くない。
 なので、かなえは呼吸を繋ぐことはできても「いいんですか……?」と口調が変わってしまったし、それはそれとして脳裏には寿衣に着てほしい服がバイナリコードの羅列が如く流れていった。殊勝な態度を見せるが、望ましい機会に遠慮しない男なのだ。
 その機会をかなえは今回もしっかりと握り締め、浮拍子で込み上げる気持ちも拳にぎゅっと握り締める。
「ほんとうに可愛い……
 こんなにも可愛いひとが恋人だなんて、なんてすごいことだろう。
「えへ、よかったあ……!」
 弾む声に嬉しさがいっぱいに湛えられた笑み。常から潤みがちな目もきらきらとかなえを見つめる寿衣が、袖からちょこんと出た指先で手を握ってくれた。その指が常よりもほんのり温かくて、かなえは胸にはちみつを溶いたミルクで満たされたような心地になる。
 寿衣の服を選ばせてもらうのはもう幾度目か。どうにか口に出さなくなったが、かなえはいまだに「いいんですか……?」と変わってしまった口調で毎回確認したくなる。そんなに嬉しいことを許していただけるんですか? と。
 ふわふわした期待を隠せないかなえを寿衣は彼シャツ余裕な身長差により自然と上目遣いに見上げて、やはり毎回「いいよぉ」と頷いてくれる。
「えとね……かなえくんが選んでくれる服着たい」
 機嫌の良さもふにゃふにゃと子子しく言われた際、かなえはどうして自分はデザイナーではなく銀行員になったのかと本気で不思議に思った。職業柄とっても計算の早い頭は「あの頃に寿衣と出会っていなかったからだな」とすぐに答えを出したし、自分には創造分野の才能がないので銀行員であることは正しいとも補足を添えた。
「このまま着ていって平気?」
「うん、着てく」
 この度もめでたく服を選ばせていただきデートと相成り、店を出て寿衣と繋いだかなえの手ははしゃぐ気持ちのままに揺れる。繋いでいるので寿衣の手も揺れることになっているのだが、彼は嫌がることもなくむしろ自身も嬉しそうにかなえの手を握ってくれる。時折かなえが親指で手の甲を撫でると照れた顔を隠すように肩を寄せるので、可愛くてかわいくて堪らないかなえは前に後ろに左へ右に声を大きくして自慢したくなるのだ。
 ──どうです? このとても可愛いひとは俺の恋人なんです。いいでしょう。羨ましくなるのは理解しますが、それ以上はだめです。このひとは俺の恋人なので。
……ねえ、寿衣」
「なぁに?」
 寿衣にだけ聞こえるように、かなえは少しだけ身を屈める。
「だいすき」
……俺も」
 へにゃりと見ているだけで蕩けてしまいそうな笑みも、続く甘やかな声もかなえだけのものだ。
「かなえくんがだいすき」
 かなえは寿衣の恋人なので。