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みすず
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創作
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かなすい
誤前提暗示
ふわりと鼻先を香った焦がした砂糖とバターの匂い。
ゆるりと足を遅くさせた寿衣の視線を追って、かなえは「バターサンドだって」と店先に掲げられた看板の洒落た文字を読む。
「寄る?」
寿衣が甘いものを好むのは知っているし、興味があるようだからかなえが訊くのは自然のことだった。感覚としても質問より確認に近い。
長いまつ毛が揺れて、寿衣の目がかなえを映す。
「
……
ううん。大丈夫」
浮かべられた小さな笑みは可愛らしかったけれど、かなえは「そっか」と返事をできたけれど、再開された歩に並ぶ心は浮かれ調子と程遠い。
(間違えたな
……
)
頭のなかで赤ペンの走る音がした。
恋は感情かもしれないが、恋を叶えるための手段は思考のもと実行される。
なにをすれば喜ぶか、好まれるか、気を引くことができるか。
人間は機械ではない。トライアンドエラーなどできない。失敗を重ねれば好転は叶わなくなり、ものによっては一度で次の機会が永遠に失われることもある。点数と地雷。質疑応答を繰り返すのはもっと悪い。回答が本音とは限らないのだから余計に。
相手の気持ちになって考えましょう。
円滑な人間関係構築において唱えられる高尚なお言葉は、極めていけばつまり詐欺師の才能を磨けということではないの。皮肉屋であれば吐き捨てるだろう。
かなえに皮肉屋の才能はない。斜に構えて物事を見るのは苦手だ。
詐欺師の才能は、最近になって少しばかり芽生えたかもしれない。
「──可愛いの見つけてね
……
どれがいい? 好きなの選んで」
店のロゴが印刷された紙袋から、かなえは個包装された菓子をひとつずつ並べた。
ナッツやドライフルーツで飾り立てられたチョコレート、ころんと丸っこいうさぎの形をしたフィナンシェ、絵に描いたようなアイスボックスクッキー。
フェア中の製菓売り場のようになったテーブルに、きょとんとしていた寿衣が「わ
……
」と小さく声を上げる。可愛らしいものを好むとはっきり聞いたことはないが、目を惹いたからと理由をつけるのに丁度いい。それでもし気に入ってもらえれば重畳だ。
「可愛いね
……
かなえ君、こういうの好きなの?」
「デパ地下行ったとき偶然
……
このうさぎが俺を見つめてきたんだよ。そうしたら他のも目に入って
……
」
態と悩ましい顔をするかなえに寿衣がくすくすと笑うので、かなえの表情もすぐに緩んだものに変わる。
「このうさぎがね
……
」
「うん、このうさぎがかなえ君を惑わしたんだねぇ」
寿衣はうさぎのフィナンシェをちょこんと手のひらに乗せて、今日もきれいに彩られた爪先でつん、突いた。
「じゃあ、これにする」
「ん、俺の仇を討って」
「うん、任せて!」
おかしそうに笑い続ける寿衣が丁寧に包装を解く前で、かなえも自分用に一枚クッキーを手に取った。用意した飲み物はいつもより砂糖を控えたカフェオレなので、甘い菓子と合わせれば丁度いいだろう。
「そういえば、かなえ君もデパ地下とか行くんだ」
うさぎとじっと見つめ合っていた寿衣がやや怯んだのか時間を稼ぐように訊くので、かなえは「うん」と頷く。
「
……
俺、得意っていうほど料理ができるわけじゃないから『美味しいもの食べよう!』って思いついたときに行くことあるよ」
「そこで外食じゃないんだ」
「家で嬉しいものが待ってるの、仕事終えるためのチカラにならない
……
?」
「分かる
……
かも」と寿衣が頷く。
「でしょ? 一番嬉しいのは寿衣がいてくれることだけどね」
「そ、そっかぁ
……
ん、へへ
……
」
照れて頬を染める寿衣に「そうなんだよ」とかなえは肯定を重ねる。
合鍵を渡しても、寿衣が連絡なくかなえの自宅にいたことはない。喜んでくれていたから訪うことを厭うているわけではないのは分かる。
自分からはなかなかかなえのほうへ来てくれない寿衣に、かなえはどうすれば寄りかかってくれるかと考え続けている。自分で立てないほど寄りかかってくれるには、どうしたらいいだろうかと考え続けている。
考えた末の一つが、いま照れ隠しに寿衣が齧ることを決めたうさぎだ。テーブルに並ぶ菓子だ。
かなえからしたいことだと言ったなら、寿衣は菓子を買いに行かないかと誘ってもおそらく断らない。だが、寿衣自身が気になっていることであれば、彼からかなえを誘う可能性は高くないだろう。
だめなのだ。それではだめだ。
かなえから手を伸ばすだけでは足りない。寿衣から手を伸ばして、歩み寄って、身を任せてもらわなければならないのだ。
だから、かなえは少しずつ慣らしている。いつものこと、当たり前の基準が上がるように仕向けている。
──好きなの選んで。
寿衣はうさぎの菓子を選んだ。
用意された茶菓子といえど、好む甘いものだといえど、いらないという選択肢もあるのに。
どうぞと差し出しただけならば手を出さないままでいたかもしれないから、かなえは「好きなの選んで」と、用意されたものを選ぶという前提で促したのだ。
誤前提暗示。
ほんのささやかなことから、かなえは寿衣の選択肢にある拒否を奪う。
「美味しい?」
「うん! 可愛いから
……
ちょっと可哀想だけど
……
」
へにゃりと下げられた眉に、少しだけ申し訳なくなる。しょんぼりした様子も可愛いなと思って申し訳ない。
「
……
そっか。他にも色々あったんだけど──」
あれと、これと、と具体的に挙げた品々。
興味を示して目をきらきらさせる寿衣が、そのまま気持ちを抑えることのないように。
「どれがいいかな?」
どうしたいかなんて訊かない。
寿衣の選択肢がかなえだけになるまで。
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